[ [ [  溝  ] ] ]


 泣かれるのは、嫌だ。

 嗚咽を我慢する声は、まるで脳に直接響いているようだ。
 力のない態度は、普段の高慢なそれと違いすぎる所為で、胃がむかつくのを通り越して痛くなる。
 泣いているくせにそれを見せまいと無駄な努力をしているのを見るだけで―――そうだ、昔からそういう癖だった―――神経が高ぶって精神がぐらつく。平静で居られなくなる。
 ほら、その所為で、仕事すら手に付かない。
 こんな仕事好きでもないし遣り甲斐も何もないけれど、俺はこれに失敗したことはないんだ。魚が泳ぐことが出来る様に、鳥が飛べることが出来る様に、昔から無意識かつ意識的に幾度も幾度も同じ作業をこなしてきたんだ。
 魔法の薬を手にしている時だけは、集中して、無心になって、何もかも忘れられる。だから目を瞑っていても出来るはずなのに。それすら覚束なくなる。
 気分が悪いことこの上ない。

「嘘臭い、と自分でも思うのですけれどね。
 これでも、俺は、貴女には、多少とも嫌な思いはして欲しくないんですよ。
 俺の味方をすることは、百害あって一利もない。
 敬遠されるとか嫌がられるとか、悪い噂が立つとか。……そういう可愛い程度では済まないんです。
 魔法が使えなくて、しかも前科者。その上被害は魔法の国全土にも及ぶ。あの事件を知らぬ者は居ない。貴女だって大人でしょう、ネリーちゃんとは違う、わかっているのでしょう?
 だから、これ以上不必要に関わらないで下さい」

嗚咽は止まらないのに、必死に手の甲で目を拭って、顔を上げてきた。
 大きな目だなぁ、と、いつも思う。
 力強くて、真っ直ぐで、俺を攻撃しようとする目だ。
 容赦のない目だ。

「……偽善的だ、って、私もわかっているけど。
 貴方もいい加減に理解してよ。
 トモダチが苦しんでいるのに見ているだけなんて、そっちの方が余計に苦しいのよ。
 だから、ぐだぐだと煩いことを言うな馬鹿タヌキ」

 ―――――――――。

 何を、今更、そんなこと。

 ……俺がわかってない筈ないでしょう。

 十分理解しているからこそ、まあ、だからこそ、言ってるんじゃないですか。だからこんなにも気持ちがぐらつくんじゃないですか。

 俺だって、トモダチの貴女に泣かれるのは凄く凄く嫌なんだ。




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