[ [ [  明日があるさ 2  ] ] ]


 「……マジでわかんねぇのか?」
たっぷり五分以上の時間が経過して、ゾロリは不審そうに低い声で呟いた。
「………………はい」
平伏したままロジャーは正直に答えると、上から大きな溜息が落ちてくる。
 ゾロリは年下をそのままにして、痛む全身を無理矢理動かして部屋から出た。ややして、一つの箱を抱えて戻ってくる。一辺三十センチの白い立方体に、ピンクのリボン。そこに挟まったカードには、Happy Birthdayの金文字。
 手にあるそれを見て、再びゾロリは嘆息する。彼の落胆は普通じゃなかった。完全に打ちのめされていた。
 まずロジャーが忘年会に行ったことがショックで、待っていたのに気づかないことがショックで、しかも今、正気に戻っても思い出さないことがショックだった。
 昨日は酒の所為で忘れたとしても―――仮にも、自分の誕生日じゃないか。同居人で天才的で優しくて素晴らしい俺様がそれを祝ってやるなんて、わかることだろう? 折角祝ってやるつもりだったのに、台無しだ。
 ゾロリは元の位置に戻って、どすんとそれを置く。

「ほらよ」

言われて、ロジャーはおずおずと顔を上げた。目の前のリボンで飾られたプレゼントの箱に、彼は驚いたようで、目をぱちくりと何度も瞬かせている。
 誕生日会を前々から企画して楽しみにしていたゾロリは、恋人の鈍感さに激しく落ち込んでいた。
 それは確かな事実だ。
 ―――が、ここで挫けて拗ねる程、やわな神経は持ち合わせていないのが彼の彼たる所以。一昨日から今に至るまでのショックは全て怒気に変わり、腹の底に溜りに溜っていたのである。
 キツネは腕を伸ばすと、目を白黒させている魔法使いの顎を軽く持ち上げ、そのままついと口を重ねる。珍しく彼から舌を絡めてやると、直ぐに相手は乗ってきた。ロジャーは身を起こしてキツネの肩を抱き、さらに深く貪ろうと押しのってくる。つい三分前まで反省していたくせに、と仕掛けたゾロリはどこかむかっ腹が立つ。
 だが、我慢我慢。
 ここで悟られてしまっては―――

 面 白 く な い 。

 ゾロリは後ろに隠していたそれを持ち上げて、そっとロジャーの後ろへ両手を回す。まるで抱きつくような仕草で、用心深いエージェントといえども不自然に思わない。恋人がほくそ笑んで居るにも気づかず、彼は自分の快楽に夢中だ。全身を摺り寄せて、ゾロリの感触を、匂いを、肌触りを味わう。否、貪り求める。
 だから、それは、彼にとっては突然の出来事だったのだ。

 がしゃん。
 ―――と、何だかとても気持ちの良い金属音が響いた。

「へ?」
と、ロジャーは思わず顔を離す。
 見れば、下にいるゾロリはニヤニヤと笑っているではないか。
 漸くそのときになって、魔法使いは気がついた。己の首に違和感があることに。
 何をしたっっ!? と目が語る。
 待ってましたとばかりにゾロリは爽やかな笑顔を浮べた。
「じゃーん」
何処からもって来たのだろう、二面鏡を背中から取り出して自分と魔法使いの間でぱかりと開く。
 そこに映るのは寝起きの自分の顔―――と―――黄色の花模様の赤い首輪。筋骨隆々な男の太い首に赤い首輪。正直めちゃめちゃ似合っていない。たとえ全世界の有名デザイナーから最低の烙印を押されたゾロリといえども、不釣合いすぎる面白さに負けて思わず噴いた。
 ―――だが、首輪というアクセサリーは人の征服感を刺激する。プライドが無駄に高い生意気な男だからこそ、首輪は最高のアイテムだ。
 ゾロリはある種の満足感を感じて、にまにまと満面の笑みを浮かべていた。実はこの二面鏡はマジックミラーで、後ろから恋人の慌てふためく顔がまじまじと覗けるのだ。
「な、な、な、な、な?」
事態が呑み込めず不思議な声を上げるロジャー。
 その隙に、ゾロリは鏡の裏側から携帯電話を構えた。

 ピンポーン

 フラッシュと共に、独特な機械音。
 上手く写真が撮れたことを確認して、ゾロリはロジャーを押しのけて寝台の横に座った。そこになって漸くゾロリの企みを魔法使いも理解したのである。
「いやさぁ、なんだかお前に自分の立場ってもんをちぃっとばかし分からせてやらねぇとなぁーって思って前々から開発していたのよ。
 可愛い首輪だろぉ。花柄でさ。あー、よく似合うよく似合う」
「ふざけるのは大概にして下さいっ」
素早く魔法を唱えるが、なんと、その首輪は一切の魔法を寄せ付けない。
 ダポンの薬かっ!
 と、ロジャーは睨みつけるが、恋人は携帯を弄ってこちらを見ようとしない。
「……なんのつもりですか?」
昨日の仕出かしたことを考えると大きく出ることができなくて、ロジャーは、一応丁寧な言葉遣いで尋ねてみた。
「なんのって……。
 お前、この箱見ても何もわからんのかっ!?」
だんっ、とゾロリは寝台を叩くが、ロジャーは眉を顰めるばかりだ。
 ピンクのリボンのかかったHappy Birthdayのカードが挟まった白い箱。それが何なのかは理解できるが、何を意味するのかさっぱりわからない。
 むぅぅ〜とゾロリは頬を膨らませると、ぴょんと寝台から降りて窓辺に向かった。
「あーそーかいっ!
 なんかむかつくからこの写真ダポンにメールしてやるっ!」
「何するんですかっ!
 だいたい、そんなにも誰かにあげるプレゼントを俺に自慢したいんですか貴方はっ! ああ、はいはい、素敵な嫌がらせですね。
 俺の先月の誕生日は完全に何もしなかったのにっっ!」



『………………』



《ピンポーン。メールを一件送信しました》


「うわぁぁぁっ!
 しまったっ。弾みで送っちまった」
「弾みってっ!?」
ゾロリの元に駆け寄るロジャーは、慌てすぎて布団に足をとられて大袈裟に転ぶ。その間にも、キツネは昨夜の疲れなどすっかり忘れていつものオーバーリアクションで携帯電話を片手に騒ぎ回っていた。
 素敵なタイミングで、携帯電話から着信音。
 魂消たゾロリはそれを落としてしまい、下に居たロジャーが上手くキャッチをして躊躇わず通話ボタンを押した。
『もしもし。
 面白い画像ありがとうござ―――』
「ダポン。
 今、すぐ、先ほど送った画像を消去しろ。でないと来週の野外演習の許可を取り消すぞ」
電話の先の主は予想外の相手が出たことに一驚を喫して押し黙ったが、すぐに、低く不気味な笑い声を洩らす。
『っくっくっく。
 ……たいそうマニアックなプレイを楽しみのようですね。あまりに似合いすぎて腹を抱えて笑ってしまいましたよ』
「御託はいい。
 消せ。今すぐだ」
『はいはい、構いませんよ。
 ―――まあ。
 ―――どう足掻いても、手遅れですけどね。
 とっくにミリーさんに送信しましたから』
ロジャーが声にならぬ悲鳴をあげた瞬間、サイドテーブルに置いてあった彼の携帯電話が鳴動する。部屋中に響く振動音。
 黒の飾り気のないそれをゾロリが取って、すぐさま開いた。

『せんぽーい☆ 昨日は三次会と二次会の支払いアリガトウございまいしたー。
 あ、それと、朝から面白い映像見て貫徹組で笑いましたよー。
 『言われたとおり』情報局中に一斉送信しておきましたから』

高いが決して耳障りではないミリーの明るい声。徹夜をした時の特有のハイテンションの雰囲気があった。
 ぎゃははははは―――とロジャーのもつ携帯電話から笑い声が響く。その声だけで、電話の先の彼がどんなことをしているのか目に浮かぶ。腹を抱えて笑っているのだ、間違いなく。
「……ダポン……貴様」
『えーっ。
 俺を怒るのは筋違いですよ。ちゃんと消しましたからね、画像。
 悪いのは、ゾロリさんと―――
 わざわざ俺からの画像なのに配信したミリーさんじゃないかな?』
その問いに答えたのは、何故だか、ゾロリのもっている携帯電話だ。
『あら?
 アタシに責任を擦りつけようとするならば、画像の添付したメールに『暗号画像なので至急配信頼む』って一文が加わっていた理由を教えてくれるかしら、薬剤師さん?』

『でもそれに騙されてないでしょう。……まったく酷い人だ』
『騙されないってわかっていて送ったんでしょ、貴方も。どっちが最低なのかしら?』

寝室を介した携帯電話の口喧嘩はなおも続く。
 その横で、放心状態でロジャーはへたりと座りこんだ。
 ……が、彼も、こそこそと逃亡を図ろうとする無駄にプライドの高い首輪のよく似合う恋人を逃がすような馬鹿な真似はしない。手を伸ばし、一瞬で、戸を完全に閉める魔法をかけた。逃げられなくなったゾロリは蒼褪めながらそこでジタバタしていた。
 結局、半泣き半怒り状態の魔法使いに、ゾロリは土下座して謝り倒し、かつ、この花柄で赤い首輪をつけて数日過ごす羽目に陥り。(勿論それをダポンとミリーは嫌がらせのために見学に来た)
 一方、人の噂は七十五日とばかりに、首輪をつけた魔法の国一のエージェントの写真は約二ヶ月半の長きに渡って人々に語り継がれたのである。



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