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 迎えの車が来て、一行が乗り込むと直ぐに発車した。あまりの高級車に色々と目立っていたが、これでも一応ゾロリはガオンに「普通の迎えを寄越せ」とメールしたのである。彼の普通を侮っていたと青筋を立てつつ腕を組むゾロリの横には、ペペロがちょこんと座っていた。
 彼が同席することになった理由は二つ。
 一つは、イシシとノシシがもっと一緒に居たいと誘ったからだ。どうやらお年玉の美味しかった料理の話がまだし足りないらしい。「お寿司がすごかっただよぉ」とイシシが言えば、ノシシが「いーや茶碗蒸しが凄かっただ」と対抗する。そこで小さな小競り合いが起きてしまい、周りの視線を気にしていたゾロリはさっさと出発するためにはペペロを連れて行く他なかったのだ。
 そしてもう一つの理由は、ペペロがガオンに会ってみたいと申し出た。
 ガオン王子ではなくても、ゾロリの知り合いならば会ってみたいんだ、と正直に言われてしまい、真っ直ぐ過ぎる褒め言葉にもはやゾロリは断ることが出来なかった。
 この猫が相当の策士であることは理解しているが、彼の謀略は嵌められても嫌な気分にならない。それはイタズラの王者を目指す者としてどうだ、とゾロリは少しばかり反省する。
 後部座席に四人が並んでも、なお余裕があった。
 とんでもない車幅だ。
「ガオン王子なら、なるほどゾロリには良さそうだ」
「どういう意味だよ」
発車してから五分。
 旅の疲れが出たのか、それともさっきまで見ていた夢の続きを見るためか、双子はゾロリの横で穏やかな寝息を立てている。
 ペペロはそれを察して小さな声で囁いた。
「品行方正、やること為すこと完璧かつ行動発言に一切の無駄はなし。
 いつかお姫様とお城を手に入れるんだろう? 最高のお手本じゃないか」
「あんなのがお手本になるかっつーのっ!
 俺様の真似ばっかりしやがるんだぜっ。それに、俺様以上の王子がいてたまるかい」
「へえ。
 どういう出会いなんだ、お前達は? 是非聞かせてもらいたいな。凄く興味がある」
「しゃーねーなー。特別に俺様直々に話してやるか」
ゾロリの話は聖典ブックラコイータを得た話から始まって、凍てつく山の中で遭難したこと、その国が危機的状況であったこと、ガオンと対決したこと、よっちゃん烏賊での再会―――等等、まるで御伽噺。荒唐無稽でハチャメチャな冒険を、キツネは目を伏せて思い出しながら語りだす。
 一応運転席と後部座席の間には硝子で区切られているから、王子の秘密が外に洩れる心配はない。
 疑ってしまいそうな内容にもかかわらず、ペペロは一切口を挟まなかった。ただ只管、感心したように相槌を打っつだけだ。
 このキツネがたとえ、想像の数歩先を行くような奇想天外な『実体験』を語っても、嘘だとは思わない。嘘を言って自分を大きく見せるような真似は好まない奴だ、と、ゾロリの潔くも強すぎる精神をペペロはきちんと理解していたからだ。
 イタズラの王者の語りが一段落つくと、ペペロはぱちぱちと盛大な拍手を送る。
 そして、遠い目で一言。

「いやぁ、やっぱり凄いねぇ。
 ………………。
 ………………ガオン王子は」

「今の話では俺様だろうがっ! 凄いのはっ」
どこを聞いていやがったと噛み付くゾロリを押しのけながら、まあまあと宥めるようにぱたぱたと手を振る。けしかけておいて、これだ。なんだか憎めない表情を見ていると、気が抜けてしまう。これで許してしまいそうになる自分がいる。
「まあまあ、単身で魔法の国へ行くなんて普通じゃないぜ。あそこに至る街道は俺も行ってみたことはあるけれど、難所だらけだな」
「俺様は何度も往復したんですけどー!?」
「……違うぜゾロリ。
 お前はその程度のことどうってことない、ってことさ。
 イタズラの王者には、今更そんな程度じゃ褒め言葉にならない。
 それに―――そいつらが居れば、夢の森を越えるのだって難しい話じゃない」
夢の森。
 ―――ふと、ゾロリは思い出す。
 そういえばこの前会ったのは、魔法の国への帰り道で、地元では「夢の森」と呼ばれている摩訶不思議な森の中だった。魔法の国に通じる街道はいくつもあるが、一番安全な道沿いにそれはある。今まで安全と聞いていた故に使わなかったが、この前はミリーさんとネリーちゃんがわざわざゾロリたちをその道の入り口まで送ってくれたので初めて通ったのだ。
 安全という道の横に夢に囚われるかもしれない危険な森がある。そう聞けばいかないわけにはいかない。
 助けられたとは思わないが、ペペロがいなければもう少し時間を食っていただろう。
 己の望んだ夢を見ることのできるという素敵な、だが、素敵過ぎるゆえに取り込まれる危険のある場所だ。
 安全な道ならばガオンは間違いなくそこを選ぶ。
 一体あいつはどんな夢を見たのだろうか?

 ママのおっぱいとかだったりなぁー。もしくはトモダチ百人出来てみんなで山に登っておべんとうを食べるとか。あいつなんだかんだ幼稚だもんなぁ。

 と心の中で王子を盛大に扱き下ろす。実はそこに真実が含まれており、ガオンは後で赤面したり喧嘩をしたり色々起こるのだが、それは別の話。
 ペペロは膝に手を置いて、真剣な表情で呟いた。
「……やっぱりガオン王子は凄いなぁ。
 噂に違わない」
小さく、まるで己に聞かせるような声だったが、ゾロリは耳聡くそれを拾い上げる。
「だから」
「わかってるよ。勿論お前も凄いさ。だけどまあ、お前の凄さは目の当たりにしているもんでね。
 ……早くお前も王子になってくれればいいんだがなぁ。
 もしお前が王子になったら、お前ならば―――」
言いかけたペペロの口が、止まった。
 青年は刹那的に完全に凍てついて、が、強張った笑みを浮かべる。誤魔化すためだ。
 後悔先に立たず。ゾロリの話があまりに面白くて、流れにつられてつい口が滑ってしまった。
 ゾロリはぽかんとした表情で顔一杯に疑問符を浮べているが、それは直ぐに鋭い視線に変わる。イタズラの王者を目指すという目標は伊達や酔狂じゃない。
 どう話をそらそうと必死に考えるペペロの中で、一年前にもなる記憶が鮮明に蘇った。
 そう、それは、初めてこのキツネに会ったときの事件の後のことだ。
 夕食後、ペペロはピエール王子の部屋を訪れた。純粋で優しい男は突然の来訪にもかかわらず、大変嬉しそうだった。だから、ペペロは言うことが出来たのだ。

 この国の騎士として、俺を雇ってくれないか? ピエール。

 アルジャン国の王子はその言葉に元から大きい目をさらに大きくしてぱちくりと瞬いた。決して美形ではないが、人を安心させるような穏やかな顔の王子は、腕を組み、深く考えはじめる。

 これでも、騎士としての心得はあるつもりなんだ。

 猫は結果を待った。
 ―――待ちながら、無理だと悟った。
 ピエールならば自分の提案にすぐに乗ってくる。乗ってこないのは、つまり、それは受容れられないということなのだ。

 君は、親友だ。……いや、恩人だ。
 だから、部下になんか、出来ないよ。ましてや騎士なんて。お願いだ、僕の生涯の友人として、このまま此処に居てくれよ―――

 ピエールは優しくて残酷な決断を下した。
 次の日、ペペロはアルジャン国を去った。また必ず来るから、と手紙を残して。
 自分の仕える主を探すために彼は歩き始めなければならなかったのだ。
「……ああ、ええっと。
 まー。世の中、良い王子だけじゃないからな。うん。駄目なヤツはまったく駄目だし、とんでもないヤツはとんでもないし、王子って人種は一本飛びぬけておかしくなっている方が多いもんだ」
必死で誤魔化す青年を追い詰めようかとも思ったが、まあこの場で聞き出す必要もないだろう、とゾロリは考える。
「ふーん。
 王子といえば、色々なヤツに会ったけどなぁ」
「会っただなぁ。
 せんせの王子遭遇率はやっぱ凄いだよ!」
「凄いだぁー」
いつの間に起きたのか、双子が横で師匠を口々に褒めた。
 ……遭遇率が凄いってどこの国の王子も逃げ出しているもんだなぁ……。
 ペペロがこっそり突っ込む隣で、それほどでもありありだぜ!といつものように浸っているキツネ。
「まぁーどこの王子も俺様には少しもちっとも足元にも及ばなかったけどな。
 だいたいヘナチョコか優柔不断か変態か。
 俺様のようにイタズラの天才で野望があって行動力と決断力に優れた王子様は見たことがない」
ふさぁとない前髪をかきあげる動作。
「んだ。センセが一番凄いだ。
 一番凄いけどお姫様はやってこないだ!」
「んだ。センセはお姫様は来ないけれど、王子になったら一番凄い王子になるに決まってるだ!」

ゴンゴンッ

 連打の拳が双子の脳天で炸裂し、星が飛ぶ。
「あはははははは。
 ―――ま、俺の知る限り一人だけ、お前のように野望があって行動力と決断力に優れた王子がいるぜ」
ペペロの聞き捨てならない言葉に、ゾロリはぎらりと目を輝かせて振り返る。
 が、猫の表情を見た途端、言葉を失った。
 ペペロは笑っているのかと思いきや、まるで死人のように顔色を悪くして、ぼんやりと中空を眺めているのだ。ぶるぶると小刻みに全身が震えている。歯の根が合ってない。ピエールの記憶が勇気をくれる思い出だとしたら、今ペペロが思い出している記憶は、多分、トラウマという類のものだ。
 まさかこの生意気な策謀家がこんな姿をするなんて。
 驚きで言葉を失うゾロリの前で、彼は続ける。
「ただ……その王子がするのはイタズラじゃなくて、洒落にならん命に関わるような攻撃を問答無用で繰り出してきて―――ていうかまあストレートに言うと殺意満々なんだけど―――しかも、人の嫌がること怯えさせこと泣き出すようなことをピンポイントで実行するんだよなぁ。嬉々として。
 心臓に毛が生えているどころか、心がないんじゃないか的な残酷で冷酷な性格で、四六時中猫を被って生きていける人外ていうか悪魔。
 人としてどうかと思うけど、あれだけ人格に難ありのド鬼畜でも王子なんだよなぁ……」
沈鬱な顔をして血を吐くように語る。
 うふふふ、とちょっぴり目じりに涙が浮かんでいるのはイシシとノシシの見間違いではない。
 あまりに辛そうな旅人にかける言葉の思いつかない師弟は、きょとんと顔を見合わせた。その時、ちょうど車が止まったのだった。




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