[ [ [ ぐるっとまわって1回転 3 ] ] ]
「遅いじゃないか!」
「遅くはないだろ。着いたのは予定時間の三分前じゃねえか」
「……え? ああ、う、うむ、すまん。
少々浮ついていてな」
赤面するガオンは素直に謝りながら先導する。
イノシシたちに手を引かれて、ペペロは城内をキョロキョロ見渡しながらその後を着いて行った。ガオンは彼専用の小館の玄関で待っており、車が着くなり飛び出してきたのだ。
ペペロの姿に僅かに戸惑ったようだが、ゾロリが「俺様を利用しようとした不届きなヤツだけど、ま、俺様の凄さを正確に理解しているヤツでもある。アルジャン国でデイジー姫絡みで色々あってな。今、たまたま会ったから連れて来たんだよ」と口ぞえすると直ぐに緊張を解いて握手を求める手を伸ばしてきた。
その一瞬の判断でペペロはこの王子の懐の深さと素早い判断力を見抜いた。
ゾロリの言葉で旅人であるという情報を得た。
ゾロリの知り合いならば間違いはない、王子としてではなく対等な個人として対応すべきだと選んだ。
そして次に、デイジー姫がらみという言葉で彼女の結婚のことを思い出し、新しい王子が深く感謝をしている猫の青年の噂を芋づる式に思い当てたのだろう。身元がしっかりしているならば刺客の可能性は極めて低い。ゆえに、安全であると判断した。
噂に違わぬ、とペペロは繰り返し呟きながら廊下を進む。
ガオンはその背中の動きだけを見ても、隙がない。良い王子だ。
「そうだゾロリ。
この前王子様連合会でお前を知っているっぽいヤツがいてな。連れて来たぞ」
「えー?
王子に知り合いはいないぞ」
それは俺もか、と言おうと思ったが止める。なんだか悔しいからだ。また友達いないんだとこの師弟にからかわれてはたまらない。
「お前が忘れているだけだそれは」
むすっとオオカミは口をへの字に結んで、ある扉の前で足を止めた。
彼らを認識して、扉は自動的に左右に開いた。
温室に隣接した、テラス。
天井は一面大きな硝子で、日差しが降り注ぎ、大理石で作られた小川の上で反射する。テラスの中には植物はないが、硝子一枚隔てた周囲は濃い緑に囲まれて一種の清涼感が漂っていた。
美味しそうな香りにつられて、双子はダッシュする。勿論、手をつながれていたペペロも強制的に一緒だ。
「うまそうなクッキーだぁ!」
「チョコレートもあるだよっ」
「お、おいっ」
三人は中央のテーブルに着くなりバリバリと食べ始めた。テラスはかなり広いので、その様子は最早、点。相変わらず食が絡むと……とゾロリは溜息をつく。
ガオンの連れてきた待ち人は扉の傍に居て、温室にある変わった花を観賞していた。その姿に、ゾロリは目を丸くした。
ぴんと立つ三角の耳、黒く柔らかな毛、そしてゾロリやガオンにはないすらりとした尻尾。ピンクのほっぺが愛くるしい、レバンナ王国の王子。
「……アーサーっ!?」
「ぞ、ゾロリっ!」
いきなり一メートル内に天敵がいて、双方驚いて飛び跳ねて間合いを取る。
そして真っ向から掴みかからんばかりの形相で睨みあった。不倶戴天。天敵同士だ。
刀を抜かんばかりの勢いに、ガオンは間に入って双方を制止した。
「やはり知り合いだったのですね。アーサー王子」
「……ガオン王子も、まったく、人が悪い。
まさか貴方のおっしゃる会わせたい人がゾロリだったなんてっ。この男が何をしたのか知ってらっしゃるのですかっっ!? これ以上のないくらい、最低な男ですよ」
「さいてい〜?
そんな嬉しいこと言われちまったらたまんないねぇ、アーサー君。ガオンっ、コイツだけは俺様の手で地獄へ送ってやらなければ気がすまん。お城がとりそこなったのはこいつの所為だぞ!」
「もともとエルゼのお城だぞ、ゾロリ!」
「エルゼ姫も取りやがったな、お前がっ」
口汚く罵りあう言葉を聞いて大まかな関係を知ったガオンは、説得する相手はアーサーだと判断した。ゾロリは完全な逆恨みだが、アーサーは本気で恨んでいるし、それに足るイタズラをされている。
ただ、いつもアーサーが勝ってしまう、というのが不動の関係なのだろう。
「ま。
今だけは私の友人ということでご容赦頂きたい」
そういわれると、王子同士ということもあってこれ以上騒ぐのは見苦しい。大きく息をつき、アーサーは柄から手を下ろした。
くるりと首を返して、ガオンはゾロリに視線をやる。
「―――前々から、お前の知り合いには興味があってな。一度会ってみたかったんだ、お前を交えて。
それにお前だって今日は別のヤツを連れてきただろう?」
イタズラの王者は大変不満そうだったが、しぶしぶと頷いた。この席を設けたのはガオンなのだから強くはいえない。
納得しきっていないのはアーサーも同じようで、ガオンをはさんで二人は目と動作で牽制しあう。アーサーは何度もゾロリに煮え湯を飲まされているし、ゾロリとてアーサーは存在自体が面白くない相手だ。倒せるならば今すぐにでも倒してやりたい。
危機一髪的な状況に冷や汗を流しながら、オオカミは引き攣った作り笑いを浮べつつ真ん中のテーブルへ案内を始めた。菓子の用意は既に出来ている。双子がコロコロと美味しそうに食べ始めている。
「……ペペロ?」
ぽそり、とアーサーが呟くのがゾロリに聞こえた。
え?と顔を向けたときには、そこに姿がない。
変わった不思議なお菓子をどう食べれば良いのか戸惑うイシシとノシシに、小柄な青年は冗談を交えつつお菓子の食べ方を指導していて、気がつかない。
アーサーは既に身を低くして疾駆していた。
ガオンとゾロリは、その身のこなし方に驚いた。
まるで、軽やかに、流れる様に、音も無く。
―――その動きは王子ではなく、暗殺者の動きだと経験豊富な二人は瞬時に理解する。
次の瞬間。
ペペロの後ろをアーサーがとると、座った青年の脇に腕を通して思いっきり抱きしめていた。
「ペペロじゃないかぁぁぁぁぁぁ〜」
「げぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」
……げっ、て。
ガオンは思ったが口には出さない。
黒ヒョウの王子は目に見えるようなハートのオーラを飛ばしている。頬で頬をすりすりと愛撫する腕の中で、逃れようと必死にもがく半泣きの猫。さっきまでは、大国の王子を前にしても余裕綽綽といった笑みを湛えていて、なかなか肝の据わった相手だとガオンも感心していたのに、今や完全に混乱している。普段の沈着冷静な彼からは想像がつかない慌てっぷりだ。
オオカミの横にいたゾロリは、色々と思ったがあえて口に出さなかった。
―――代わりに、幼い弟子二人が遠慮なく言ってくれるからだ。
「あれ? ペペロとアーサーは知り合いだか?」
「しかもアーサーのことを凄く嫌っているみたいだぁ」
「なに言ってるんだい。
ペペロは僕の可愛い可愛い可愛い弟子だよ。
嫌っているなんて、ありえない。嬉しくて驚いているだけさ」
アーサーの尻尾は激しく左右に振られているから、その言葉に嘘はないのだろう。
アーサーの弟子。
という驚愕の事実よりも、イシシとノシシは別のことに注目した。
「全然、驚いているようじゃないだよ」
「むしろ嬉しくなさそうだよ」
ぴっとイシシは指を指して指摘する。時折子供は鋭いのだ。
「ち、ち、違うっ!
嬉しい、嬉しいですから、本当に嬉しくてたまらないですぅぅぅ。
で、ですから、せんせぇ、どうか腕を……ぐふぅっ」
こういうときだけ異常な勘の良さを見せる子供達に、焦ったのはペペロだ。アーサーの抱擁(拷問)が強くなるにつれて、身悶え方の激しさが増す。頭一つ分の体格差がある上に、この黒ヒョウは騎士の出身。その体力は推して知るべし。
酸欠と激痛に、一瞬、ペペロは太陽のそれとは違う白光が見えた。
あ、まずいかも……
と悠長に自分でツッコミながら急速に意識が遠のいていくのを感じる。
「そういえばさっき、とんでもなく性格の悪くて人としてどうかと思うような王子がいるとか言ってたけど、こりゃアーサーに間違いないだね」
「んだ。違いないだ」
そんな青年の危機的状況を一切理解せず、互いに見合ってんだんだと言い合った。
それがさらにペペロを死に導くとは知らないで。
かくん、と全身の力が抜けたのがゾロリには見えた。
アーサーが、動揺したのか、感情のままに両腕に力を込めてしまったのだ。
軽く殺人未遂をしつつも、ぷうと黒ヒョウはピンク色の頬を膨らませて双子を見下ろす。
「何言ってるんだよまったく。
僕のペペロがそんなこと言うはずないだろう。
ねー、ペペロー?」
脇をもって、高い高いをするように青年をつるし上げた。
顔色は青い上に、目からは涙が零れ落ち、ふるふるとひげが震えている。四肢は力が入らないのか、ぷらりと手の先が風に揺れていた。漸く腕の拘束からぬけられて、ひくひくと鼻を啜っている。
「あれ?
ペペロ、お返事は?」
笑顔で、気さくな口調で尋ねる。
アーサーにとっては親愛を表すフレンドリー言い方なのだろうが、どう見ても脅迫としか思えない。
「……ええ、勿論先生じゃありません。
ありません。本当です。
先生に会えて嬉しくて涙が止まらないんです。
言葉も出ないんです。
どうか、どうか……下ろして………く……だ……さ……」
「はいはい。照れ屋さんだなぁ、相変らず」
弟子の感触をタップリ堪能したアーサーは、優しくペペロを床に置いた。そして、ふらふらとする猫の小さな頬っぺたを、アーサーは嬉しそうにつんつんとつつく。所作は愛らしいが、その後ペペロが突かれた一点を抑えてうずくまっているところを見るとなにやら相当な攻撃力らしい。
呆れ顔のゾロリとガオンがやって来て、イシシとノシシの隣に座った。そうすると、ペペロの分がまだ用意されていないため席は残り一つしかなくて、極自然な動作でアーサーは弟子を自分の膝に置いた。
逃げ出したくてたまらないという蒼褪めた顔。視線を動かし、なんとか後ろの動向を探ろうと必死な様子は、哀れという以外言葉が思い浮かばない。
「……アーサーの弟子だったのか」
ちろりん、と視線を送りながらゾロリは尋ねた。
「うん。
騎士の頃のね。こんな小さくても、嵌めるような作戦や和平交渉にかけてはなかなかなモンなんだ。
頭も良くて、誰からも好かれて、そしてこんなにも可愛いだろう? 長靴を履いたペペロって各地で噂になっているしさ。いい子なんだよねぇ〜」
言いながら嫌がるペペロの頭をぐりぐりと撫で回す。
撫で回した後に髭を引張る。ペペロから大粒の涙が零れる。
「ふーん。
ま、俺様の弟子の方が凄いけどなー。
イタズラも出来て、おならパワーもあって、可愛いさだったらこの俺様以外には負けたりしねぇ。
地球を救った七人のおなら名人にも選ばれたんだぜ! なぁ」
弟子自慢に触発されて、ついつい負けず嫌いのゾロリが言い返した。
手放しで褒められたイシシとノシシはとても幸せそうだ。頬を手で覆いながら、嬉しいだよぉとくねくねしている。
さっきまでの険悪な雰囲気はどこへやら。ゾロリとアーサーは交互に弟子の良い点や逸話を滔滔と並べ立てて自慢しあうと、嫌いな相手だったはずなのに何故だか心が躍る。弟子を果てしなく愛するという一点で、彼らは共通するのだ。
その頃になってようやくペペロの分の席が来て、名残惜しむ暴君からペペロはこっそりと抜け出した。ゾロリの旅の話やアーサーの弟子語り。テラスで楽しい会話の花が咲く。
その様子を横目で眺めていたガオンは、徐に立ち上がって部屋を出た。
しかし、ゾロリもアーサーも気づかない。
ペペロ一人、少し嫌な予感を抱きつつその背中を見送ったのだが―――
「待たせたな」
オオカミの王子は、十分も経たずに戻ってきたのだ。
メカイシシ、メカノシシを引き連れて。
『あ〜っ!』
イシシとノシシは最強のライバル出現にぴょんと椅子から下りて真っ向から対峙して牙をむく。だが久しぶりにガオン博士に呼ばれた嬉しさにメカたちは一切気にしない。
「おやおや。メカイシシとメカノシシ。
まさか君の作品だったのかい?」
「な、何故それをっ!?」
「いや、有名だから。君のお遊びは」
……実は、ペペロも知っていた。この二人のメカのことを。
ゾロリとガオンが知り合いだと知ったときから薄々とガオンの作品ではないかと予想を立てていたのだが。それが見事に当たった喜びよりも、策謀家は自分の別の予想に不安になる。
「ま、まあ。
これが私の愛すべき弟子たるメカイシシとメカノシシだ。
そんじょそこらの弟子とは違うぞっ!
空は飛べるしミサイルは撃てる。しかも食事だって不要だ。太陽エネルギーを自己で取り込んで半永久的に活動できる不思議エンジン搭載だからな。しかも秒速3000メートルでの移動が可能。ミサイルも山一つ吹っ飛ばす特製ガオンミサイルZZ(ダブルゼータ)が一本ずつ内臓されているんだ。
見ろっ。今だって魔法の国にいた所を呼び出したら10分と経たなかったんだぞ」
とんでもない発明品にも関わらず、品評家たちは冷ややかだ。
「そりゃ空だって飛べるけど。
お前は空を飛べないからなぁー。
俺様の弟子のように一緒に居てくれないだろぉ? へへん」
言って、ゾロリは鼻をかく。
「半永久的に動けるかもしれないけど。
ペペロはこう見えても料理も得意でさ、美味しいものが分かる舌の持ち主だからこそってヤツ? そういうの、出来ないだろ?」
アーサーは両手を顔の前に合わせて、うちのペペロはねぇとまた語り始めた。軽くあしらわれたガオンは、自分の弟子メカがいかに凄いのかを力説し始める。
まずい、まずい、まずい。
―――と、猫の顔色が悪くなるのに比例して、三人の議論が白熱していく。
アーサーとゾロリの口喧嘩ならばガオンが抑止力になるが、ガオンまで参戦したとなるとストッパー役がいなくなってしまう。三人とも、揃いも揃って負けず嫌い。互いに弟子を自慢しあえば、そのうちに必ず『誰の弟子が一番か?』と決めたくなる。……それが、人情というものだ。
ばんっ、と強くガオンがテーブルを叩いた。
全ての食器が僅かに持ち上がった。
「私の弟子に不可能はない!」
と、朗々と良い声で叫びながら立ち上がる。
挑発されたゾロリとアーサーは、ざっと椅子を引いて立ちあがり、対峙した。
「俺様の弟子が弱いだってぇ? ああん?」
「ペペロが一番に決まってるじゃないか。何言ってるんだよ二人とも」
あーあーあーあーあーあー……っ
内心号泣しながらペペロは頭を抱えた。
予想通りの最悪の展開。
イシシとノシシは事態が読めず、メカイシシとメカノシシも同じように状況が把握しきれず、きょときょとと頭を回して自分の師匠を見つめている。
「ふっふっふっ―――」
「はっはっはっ―――」
「うふふふふふ―――」
三人は不気味な含み笑いを浮べていた。
……そして。
『勝負だ』
と、誰ともなく呟いたのだった。
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