[ [ [  ぐるっとまわって1回転 6  ] ] ]


 一陣の風が吹く。
 煙が一瞬で晴れて、現れた光景。
 完全に傍観者気取りだったゾロリ、ガオン、アーサーは顔色を失った。

 イシシとノシシはブックラコイータを二人で持ってまっすぐに構える。そして、ありったけの精神力を注ぎ込んでいる。精神力の強さがオヤジギャグの強さに比例する。次の一発は、最高の攻撃となるだろう。

 メカイシシとメカノシシは特製ガオンミサイルZZを体内から取り出す。あまりに危険なミサイルゆえに、ガオンもどうしようもないときだけに使うよう、最高プロテクトをかけておいたはずなのに。

 ペペロは鏡を構えた。
 その秘宝は、青く輝いていた。
 青く輝く鏡といえば、あのレバンナ王国の魔法の鏡以外存在しない。

 もし、攻撃が放たれたら―――
 ブックラコイータの冷気は魔法の鏡が跳ね返す。
 その跳ね返された冷気は、乱反射して、迫り来るミサイルを巻き込む。ミサイルは急激な温度変化に堪えられず、空中爆発を起こす。
 爆発自体は鏡が防いでも、その衝撃で引き起こされる地割れや飛んでくる岩に、周囲に居る者が巻き込まれるのは必至ではないか。
 彼らは一瞬で状況を判断した。

「イシシっ、ノシシっ! やめろっ」
「駄目だっ、撃つんじゃないっ!」

観客席から飛び降りて闘技場を駆ける。
 だが弟子達は、己の戦闘に夢中。
 師匠たちのことは気づかない。
『いくだよっ!』
イシシとノシシの声が唱和した。
『発射です』
メカイシシとメカノシシが淡々と告げる。
 二箇所からペペロへ一直線に攻撃が向かう。
 猫の青年は、その攻撃を見て、悠長に笑う。

 と。

 なんと構えていた鏡を下ろして、背を返して逃げ出した。作戦にない行動。ゾロリもガオンも予想していない動きだった。
 一直線にしか向かわないブックラコイータの攻撃と違い、ミサイルはペペロ自身へと誘導される。軌道を大きく変えて、とりあえず大爆発だけは避けられた。ブックラコイータの攻撃は、ペペロが元居た位置を完全に凍てつかせたに済んだ。
 ペペロを追う二発の巨大ミサイル。
 走って逃げられるようなものではない。
 ガオンは審判ロボを、ゾロリはゾロリンボール(MAX)を向かわせる。このままでは猫の青年が地上から消滅してしまう。

「……お前は、全く」

前を見ずに走っていたペペロには、何にぶつかったのか一瞬理解できなかった。
 彼の小さな身は、アーサーの胸の中にすっぽりと納まっていたのだ。
 黒ヒョウの王子は弟子を持ったまま、二発のミサイルが眼前に迫っても顔色一つ変えず。懐から、一枚の鏡を取り出して手を伸ばす。
 本物の、青く光る魔法の鏡。
 全てを反射するそれによって軌道をずらされたミサイルは、勢い余って上へ上へと昇っていく。しかしドームのギリギリのところで一回転すると、再びペペロを狙うために戻ってきた。アーサーはペペロを下ろすと、軽やかに大地を蹴って飛び上がった。
 腰元の剣を抜くとき、彼は薄く笑っていた。
 命を賭ける戦場の風。硝煙の匂い。この緊張感。
 ……嫌いじゃない。

 一閃。

 衝撃信管部分だけを完全に切り落として、アーサーは着地する。
 弾道を失った二本のミサイルは平和的に大地に突き刺さった。その横で、疲れきった猫はぺたりと大地にしゃがみこんでいた。
「……やはり先生がお持ちでしたか。鏡」
首を上げて、ペペロは真剣な眼差しで言った。
 言わずにはいられなかったのだ。
 しかし王子は剣を腰に収めると、肩を竦めて言い返す。
「剣を持たない主義は、いいかげん止めにしたら?」
そんな主義を貫くから、どこの国もお前を騎士として評価してくれないというのに。血を被ることが生業だった師匠への反動なのか、ペペロは常に、誰もが決して傷つくことのない道を選ぼうとする。
 今回だって、ガオンとゾロリが同時に弟子を助ける状況を組み上げることは他にもいくつも手段があった。単に、ブックラコイータのフル攻撃と、特製ガオンミサイルZZを向かい合わせに放てば十分だ。なのに自分を犠牲にして、あの四人が決して傷つかず、それでいて、ガオンとゾロリを動かす方法を的確にくみ上げた。
 ペペロはふらふらと立ちあがって、アーサーの腰に下げられた真実の鏡をそっと持ち上げる。その感触。幾ら真似しようと思っても出来ない。毎日ずっとそのニセモノを抱えて旅をしてきた……たった一人で。
 ペペロは顔を上げない。
 アーサーも、鏡を取り上げない。
 長い沈黙があった、が、先に口を開いたのはやはり弟子の方だった。

「先生が、助けに、来るのは……予想外でした」

 ペペロにも予想できないことがあるもんだ。僕を見誤っていたのかい? 修行が足りないよ。
 ―――アーサーの中でいくつかの選択肢がめぐる。……が、どれをとっても同じだと黒ヒョウは額に手を置いて空を仰ぎながら嘆息した。鏡が自分が持っていると、おそらく知っていたのだろう。ならば、アーサーの気持ちもほぼ全て見透かされているはずだ。
 旅に出た方がいい、と強く勧めたのは彼だ。これからは己の身は己で守るんだ、一人立ちすべきだ、お前は騎士としてもう僕を超えなければならないよ、と言った。仲間を作って騎士にならないというのもいい。旅にはそれだけの価値がある。
 そう言った、その夜に。
 アーサーはこの鏡を盗み出した。
 悪魔が囁いた。
 手放すと決心した瞬間、どうしようもない不安感が芽生えてしまった。ペペロの実力は知っているけれども。―――それはわかっているのだけれども。

 ペペロには傷ついて欲しくない。絶望したり、怪我をしたり、どんなことが起こるかわからない旅なんかに出したくない。この国で、ずっと手元に居て欲しい。見えるところで元気で居て欲しい。心配だ。心配だ。心配だ。

 国宝である魔法の鏡がなくなれば、探すのは騎士団の役目。
 アーサーが王子になり、騎士団の長の役を退いた今、そういう任務が割り当てられるのはペペロだった。彼は若すぎるし体力もないが、人望もあり、頭が切れることは誰もが分かっている。国防などの重要任務は無理だとしても、平和時の警護や物探しを任せるのは一番適任者だ。
 国王は早速、盗まれた魔法の鏡を探して来いとペペロに命じた。そこまでは王子の予想通りだった。
 が、しかし、そこからは完全に裏切られた。
 その命令を受け取った可愛い弟子は、直ぐに、犯人の居るはずの無い国外へと旅立ってしまったのだ。そのときから薄々、盗んだことはわかっているのだろうと予想はついたのだけれども。
 一方、アーサーが何と声をかけるべきか迷っている間、ペペロは、鏡をしっかりと握り締めたまま、手放さないでいた。
 おや、と黒ヒョウはその弟子の様子が普通ではないことに気づく。

 ゾロリと、イシシとノシシだな。

 再会したときから、ペペロがどこか元気がなかった。沈んでいる精神を必死で隠しているのがバレバレで、不安がさらに加速した。ペペロの視線から、その原因がイノシシたちにあるのはすぐにわかったが。
 それが何故なのかアーサーにはわからなかったが、今になってやっと理解した。
 今、猫の青年の心には悪魔が囁いているのだ。

 これをもって帰れば、レバンナ王国へ戻れる。任務を果たしたということで、昔の時間へ帰ることが出来るのだ。―――だから、帰りたい。……帰りたい。

 ペペロは必死で悪魔と戦う。泣き崩れたい衝動を堪えて、手放せと己に命令して、だが、悪魔は薄く笑うだけだ。

 夢は騎士になることだ。そのために旅をしている。
 しかし、何処の国の王も言うのだ。
   「君には騎士団を任せられない」と。
   「才能ある君には勿体無い」と。
   「どうか国賓としていてれ」と。
 彼らの目には、嫉妬と憎しみの炎、そして己の気持ちを暴かれることへの恐れが浮かんでいた。人助けが好きで、争いを好まなくて、困った人を放って置けなくて、平和的に物事を解決する。―――自分は居るだけで王よりも容易く人望を集めてしまうし、まるで心が読めるかのように察しがいい。
 もう行ってくれ、と、面と向かっては言わないが、その気持ちはわかってしまった。わかってしまうと、其処には居られない。
 ピエールは優しかった。友人としてならいて欲しいといってくれた。その言葉は、決して自分の願望を満たすことは出来ないものだったが、救ってくれた。嬉しかった。
 一緒に旅をしてくれる相手は何人もいた。
 だが、一ヶ月も経たぬうちに別れ話を切り出された。
 口では「俺は旅を止めるから」と言うけれども、誰もが同じ目だ。才能に嫉妬し、そして心を読まれる恐れを覚え、そして嫉妬した自分に苦しんでいるのだ。
 お前が好きだから、対等でない俺は、一緒には居られない。一緒に居たくない。君を嫌いになりたくない。
 ゾロリと夢の森で再会する数日前に別れた相手は、そうはっきりと言ってくれた。正直は美徳だとわかっている。わかっているけれども、傷つかないことは出来ない。
 悲しい別れを、慣れることなんか出来ない。

 どうして、このままの俺を、このまま傍に置いてくれる人は、こんなにも少ないのだろう?

 イシシとノシシを見ていると、師匠を交えてずっと楽しそう旅をしている三人が、どうしようもなく羨ましかった。そしてどうしようもなく苦しくなった。明日という時間が永遠にこなければいいのに。こうやって、和気藹々と馬鹿騒ぎをし続けられたらいいのに。
 だから悪魔が囁く。この鏡を奪って帰ろう。あの国へ。生まれ育ったあの国ならば。
 アーサーはその頭を優しく撫でた。ペペロの揺れる気持ちを見透かして、内心苦笑する。しょうのない子だ。悪魔と協力することも、悪魔を叩き伏せることも出来ずに、立ち竦んでしまうなんて。
 今回だけは、軽く背中をおしてやろう、師匠としての餞別だ。気持ちが落ち着けば、きっと歩き出せる。自分は悪魔に負けたけれども、お前まであの苦い思いをさせる必要はない。

「王子に守られるようじゃ、まだまだだ。
 もう少し、修行を積んでおいで」

 鏡はまだ渡さない。
 だから、旅をすればいい。
 旅の中で君の探す道が見つかったならば、それでいい。
 でもホンモノの騎士になったら、僕は必ず迎えに行くよ。
 剣を持たない。人助けはしたい。情に脆い。それでも忠誠を誓うという。
 君みたいな我侭な騎士を受容れられるなんて、うちのような愚かな国王だけだろう?

 次に会うまでには弟子離れできない自分を何とかしなくてはな、と苦笑しながら。
 アーサーは鏡を優しくペペロの手から取り上げた。




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