[ [ [  We meet agein,so... 3  ] ] ]

 
『情報局が専門に買い付けている薬問屋さ。
 ったく、魔法使いでもないのに、こんな席に来やがってなぁ。図々しい』
いつの間にか彼の後を追って来ていた同僚が、魔法でロジャーに耳打ちする。どうやら彼は顔見知りらしい。
 魔法が使えない。
 ―――そうだ、彼の一族は魔法が使えないのだ。
 だが反面、優秀な胃袋と舌を持ち、新種の薬草を発見する能力に長け、薬剤の知識に関してはダポン一族の右に並ぶものはないという。しかも彼は、長の晩年に生まれた長男で、幼い頃から調合の技術が優れ大人顔負けの薬剤師だった。彼が薬を作り、ロジャーがそれで大魔法を使って学校中を阿鼻叫喚の渦に巻き込んだ。
 昔の輝かしい思い出が、ロジャーに少しの勇気を与えてくれた。
 昔から、自分はずいぶん変わってしまっている。もしかしたら、ロジャーというその名前だけでは昔の自分と結びつかないのかもしれない。嗚呼、そうに違いない。それ以外の理由があるだろうか?
 ありがとな、と魔法で返答を返しながら、ロジャーは翁に振り返る。
「いつも薬草にはお世話になっております。
 ダポン殿の魔法薬は格別ですね。一度使うと、本当に他のものが使う気がしなくなってしまいます」
「そんなそんな……。
 情報局のロジャー殿に、そう言って頂けたとなればこれ程光栄なことはありません。なあ? お前も新聞で目にしたことがあるだろ、この方の英雄譚を?」
「そうですね。
 東の森で復活したドラゴンを倒したとか倒さなかったとかありましたね」
「そうだ。あのドラゴンもっ!
 他にも烏賊とかフクロウの話は凄いなぁ。片手で捕まえたのだそうだ」
「ああ、ねえ」
「こんなお若いのに、全く素晴らしい」
「そうですねー」
ダポンは父親に相槌を返す。だが言葉の端々で、興味のなさが伺えた。
 思わず親子のほのぼのとした会話になりそうだったので、老翁の言葉の切れた瞬間を狙って、待っていたとばかりにロジャーが口を挟んだ。
「ありがとうございます。
 あの、ダポンさんは……どちらの魔法学校をご出身で?」
ダポンは質問の意味がわからず目を瞬かせて、ひとまず、父親を見上げる。
 ダポンという名前は二人に共通の名なのだ。
 ロジャーはきちんと特定できるよう、年若い狸に向かって、ねえ、といいながらにこりと微笑んだ。
「西の森の奥の小学校を」
と、その大事な一言を豆ダヌキはあっさりと言い返す。
 だったら、わかっているだろう? 俺が誰か。
 寸でのところまででかかった言葉を、苦い思いと共に呑み込んだ。
 もう少し待てば彼は思い出してくれるかもしれない。
 ロジャー先輩、とあの声で、あの憎たらしい顔で呼んでくれるかもしれない。
 淡い期待を抱いて次の言葉を待っていた。
「……なあ、西の森っつったら、お前の出身校じゃないか?
 それより、あっちで上官が呼んでいるぜ」
いつまでたっても戻ってこないロジャーに痺れを切らした同僚が、後ろから入り込んできた。手にはグラスを持ったウサギの彼は、顔はロジャーよりも甘いマスクをしている。ダポンは見知らぬその男に、再び先ほどロジャーに向かっていったのと同じ挨拶を繰り返していた。お得意様なのだ。
『何をするんだっ!?』
『……何をって。
 逃げられないかと思って助け舟を。お前こそ何をしてんだよ?』
「同じって……じゃあ、お前はロジャー殿が通っていた学校にいたのか? まさか、同じ学年だったとかはあるまいな」
「いや同じ学年ではないでしょうね。確か一つ上でしたよ。
 お引止めしてしまい申し訳ございません」
その言葉は、ロジャーの淡い期待を完全に裏切った。

 狸は、ロジャーと気づいていなかったわけではないのだ。

 一緒の魔法学校の頃の記憶を忘れているわけではないのだ。


 彼は、単に、それを覚えていてもなお、ロジャーに再び会えたことに何も思わないのだ。

 果てしない絶望を抱いて、同僚に引っ張られるがままにその場を去った。否、気づけば去っていたのだ。
 己の中で何かが音を立てて崩壊していっていた。バイオリンののた打ち回るような音が幾重にも重なって作られた不可思議なメロディが無色透明な自分を通り過ぎていく。甘い酒の味も、談笑のさざめきも、光溢れたシャンデリアも何もかもが遠いもののような気がした。自分がここで立って居られるのが不思議だった。
 交わしたあの約束。
 それを忘れないで大切に大切に抱いてここまで来た自分が、本当に愚かで、どうしようもない存在に思えて、腹の奥底から込み上げる羞恥心が全身を焦がす。血の気の引いた顔に血流が戻ってくる。
 目に宿る殺意にも似た光に、狸は気づかず人込みの中へと消えていく。その名前を胸中何度も何度も呼び続けてみるが、その影は戻ってくることはない。
 ロジャーは人をかき分けて外に出た。幾人かに呼び止められたが、体調が悪いからと誰にも嘘とわかる言い訳を告げて足早に外へ行く。
 その足はまっすぐ森へと向かっていた。
 王族の所有する公園はよく手入れが行き届いていて、馬鹿馬鹿しいくらい凝った木のオーナメントが立ち並ぶ。体内で煮えたぎる魔法の力を深く呼吸しながら抑制するが、それは体外に出ない分、体内で嫌な渦を巻いて沈殿していくのを感じた。
 良き日を祝福するかのように輝いていた太陽を、雲が覆い隠した。
 頭を上げたロジャーは、その光を見た。
 厚い雲に覆われた光の塊は、奇妙で、胸をざわつかせる不気味な物質に変わり果てていた。
 彼は自分でも知らぬうちに、薄く笑っていた。顔だけの笑みが全身を震わせる哄笑に変わるにはそう時間は要さなかった。
 取り得る道は幾つもあった。
 だが、この優秀な魔法使いにはもはや一つの道しか見えていなかった。残されていなかった。
 彼は、救いようのないくらいに愚か者で、そして純粋だから。

 許すものか。許すものか。許すものか。許すものか。許すものか。

 ―――その言葉だけが彼を支配した。








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