[ [ [  the worst pharmacist 3  ] ] ]

 
 眠るような死に顔に、多くの人が涙していた。
 人柄は尊敬出来る。
 身内ですらそう思えるのだから、他所様にはずいぶんよく思われていたのだろう。金がないのに葬式は盛大に開かなければならなかった。全く、最後まで迷惑な人だ、と喪主になったダポンはちょっとだけ思った。借りた葬儀場でも帰らない人が溢れて大変な騒ぎになったのは、昨晩のことだ。本当に疲れた。
 「ダポン君。お疲れ様」
声をかけられたのは、納骨までの全てが終わった時だった。
 振り向くと、今まで完全に無視をしていた親戚が愛想笑いを浮かべて立っていた。父の弟と妹。自分の年齢を倍にしても届かない男女に、ダポンは作り物の笑顔を浮かべてから深々と一礼をする。
 疲れているときに、また来たのか。
 二人ともダポン薬局とは別の薬屋を開いて、そこの社長職に収まっている。故人とは全く違って、自分と同じように、利に聡く欲に深い人種。二人の態度も顔も数十年後の己の姿そのもののような気がして、いつも思うのだ。彼らこそが、本当に血の繋がった血族ではないだろうか、と。
「この度は、ご協力本当にありがとうございました。お陰様で父の葬儀が滞りなく終わりました。予想以上の方が来て下さったので、助かりました」
「いやいや、当然のことをしただけだよ」
「兄の、しかも本家のことならば、いくらでも協力しますわ」
納骨堂の脇の待合室には、今日の葬儀の親戚関係者が数名いるだけだ。
 深い青色の絨毯と白い壁の色が、豪華なつくりにも関わらずダポンにはなんだか間の抜けた組み合わせにしか見えなかった。とにかく蛍光灯の光が最悪だ、と思った。
 二人の親戚は、口々に『今後のこと』について尋ねているようだった。

 曰く、年若い君に本家を背負うのは難しいだろう、とか。
 曰く、会社の経営は任せてもらってもいい、とか。
 曰く、後見役があったほうが君のためにもなる、とか。

 どうでも良いことを言っているうちに、兄妹の間で利益対立が起こったのか小さな口喧嘩が勃発している。ある程度のきりの良いところを見計らって、ダポンは漸く口を開いた。
 酷く億劫だったが、面倒がらずに言っておかねばなるまい。
 牽制は、最大の攻撃で防御になる。

「まあまあ、そうご心配なさらないで下さい。経営もなにもかも、一昨年からダポン薬局の社長は私になっておりますから」

 二人の顔が一瞬で強張った。
 ―――嗚呼、この顔。小気味がよくて、たまらない。
 ダポンは噴出してしまいそうになるのを必死で堪えた。
 彼らはこの社長職が欲しいために昔から何度も殺そうとしてきたのだが、その全てが無駄になったということだ。
「まさか、だが、その宗家の引継ぎは―――」
「終わってますよ。
 発表する前に父が亡くなってしまったので、本当に残念です。ああ、でも公証人はおりますので。皆様にはキチンと納得いく説明が出来ますから」
 ダポン薬局の社長職。
 ダポン一族に伝わる秘伝の書物。
 宝石よりも高価な様々な薬草。
 ―――その全ては、彼に引き継がれたということだ。長子単独相続なんて時代錯誤の因習が延々と続いているこの家の決まり。それゆえに、毒殺なんかもこの歴史の中では珍しいものではなかった。
 叔父の目が怪しげな光を帯びた。
「ほう。
 ……そうだったのかい」
「ええ。そうなのですよ」
含むような問いに、ダポンはゆっくりと頷く。
 彼が宗家の長に収まってしまった以上、そう簡単に殺すことは最早出来なくなった。一子相伝の秘密を彼の口から割らせなければならなくなったのだから。
 叔父と叔母は、一度視線を交わし、それからダポンの方へ振り返る。
 だからといって、何も思うことはない。挑発するように彼はただ笑顔を浮かべていた。
 その小さな身体を、後ろから強い力で引きずられた。
「若っ」
振り返れば、目を真っ赤に腫らした秘書の一人が、いつのまにか傍まで来ていたようだ。親戚しかはいれないはずだったが、あまりに遅いので職員たちが気になったのだろう。幼い頃から知っているダポンを若社長というのが面倒なので、社員は「若」と呼ぶのが癖になっている。
「……もう宜しいですか?」
彼は頭一つ小さいダポンを引き寄せて腕の中に収めると、男女に対して不審げな目を向ける。何かされたのではないかという心情がありありと伝わってきて、二人は面白くなさそうに顔を歪めて背を返した。憎しみはあんな表情を見せるのか、とダポンは思った。そのときの二人の表情は親戚という取り繕った仮面がすっかり落ちていた。
 秘書は力を込めて、ダポンを守るように腕を締める。
 彼が首を回すと、再び目を潤ませて真っ直ぐ遠くを見ていた。
「……若。どうぞ、最後のお別れはお一人でなさって下さい。
 他の方は、私が払っておきますから」
「別れ? って、もう散々しましたが」
「お一人で、どうぞ」
そう優しい低い声で言われた後、絡め取らっていた手が身体から離れた。彼は言葉どおり、叔父と叔母とそのほかの親戚を誘導して、連れ出してくれた。
 納骨堂への扉はまだ閉まっていない。
 気づけば、自然と足はそこへ向かっていた。
 薄暗い乾燥した空間の一番手前には、まだ炎がともされいる。その炎が風もないのに揺れ動く様子を、じっと見詰めていた。炎の下には四角い桐で出来た箱。その中にあるのは、勿論、カルシウムの塊だ。
「……最低な、経営者でしたよ」
一言口をついて出ると、言葉は次々と出てきた。
「それに、薬だって、私の方がうまく作れるし。売れない薬ばかり作って、赤字経営だってわかっているのに、お金を取ろうとしないし、本当に、何を考えているんですかっ。お金を取らなければ次の薬は作れないし、私たちだって食べ物や着る物に困るんですよっ。魔法使いどもなんか、決して貴方の薬に感謝しているわけないでしょう。彼らは自分の力で全て治していると思っているじゃないですか。なのに、何で、どうして、貴方はいつもそうなんだっ。
 八方美人で、いい人ぶって、どれだけ苦労させられたか―――」
そう、文句ならいくらでもある。
 塵が積もって山になってそのまま大陸になるくらいにある。
 でも、文句はこれだけあるというのに。
 
「……貴方だけが、世界で、唯一、私が、尊敬できる薬剤師でした」

 その一言を言った途端、堰を切ったように涙が零れ落ちる。嗚呼、こんなに泣いたのはいったいどれだけ久しぶりだろう。葬式の間は少しも悲しいなんて思わなかったのに、全身が溶けてしまいそうになるくらいに涙が落ちる。胸を張り裂かんばかりの慟哭は空間に吸われて反響せずに消えていく。

 貴方のようになりたいなんて、絶対に言えない。だって薬を売る為ならば何でもするし、何でも出来てしまうのだ。こんな自分にそんなことを言える資格はない。
 父さん、御免なさい。
   本当に、御免なさい。
     貴方の期待は今ですら全て裏切ってしまっている。
 でも、貴方は理想だった。
   それだけは嘘ではないんです。
     どうか、信じてください。







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