[ [ [  the worst pharmacist 2  ] ] ]

 
 大きく聳え立つ病院に着いたのは結局、夜も七時を回った頃だった。裏の関係者用の駐車場に車を止めて降り立つと、秋の虫の音がふわりと耳に届く。今はよく見えないが、直ぐ目の前には広い林が広がっている。この病院は患者の精神的安定と療養を売りにしていたなぁ、と思いながら荷物を整理した。この前店に来た愛らしいウサギの老婆が言っていた。
 院長先生がとてもカッコ良くてねぇ。まあ、それだけじゃなくても、他もとてもとてもよかったよ。あの病院に入院したら、必ず今度もあそこにしたいと思うねぇ―――と。
 へえ、と答えた自分の態度は、少し冷たかったように思う。その時は顔が強張ってないだろうかとか声が変に上擦ったりしていないかとか別のところに必死だった。父の横で、動揺を見せるわけにはいかない。
 関係者用のベルを押すと、二分も待たずに中から人が走ってきた。扉が勢いよく開かれる。現れた人影に、ダポンは呆気にとられた。
 すらりとした身体を白衣に包み、涼しげな目元には薔薇が飛ぶようなフェロモンが漂う。白くて気品のある猫耳はつんと上に立っていたが、今は彼の呼吸に合わせて前後にぴくぴくと動いていた。
「ダポン君っ、遅いぞっ」
「……ええと、あの……渋滞に巻き込まれたもので。申し訳ございません」
いきなりこの病院の最高権力者、院長が関係者用の玄関に来れば、それは驚きもする。
 ダポンはしばらくダンボール一箱分の薬箱を持ったまま立ち竦んでいたが、はっと気づいて、慌てて頭を下げた。半分は、相手を怒らせないため。半分は、侮蔑という感情はとかく伝わりやすいためだ。顔を下げてしまえば、相手には見えなくてすむ。
 全く、下らない男だ、と薬箱を見ながら思った。
 いつまでもダポンが頭を上げないので、ナーゴは咳払いをして取り繕うようにしてから口を開いた。流石にいきなり怒鳴り散らしたのは大人げないと思い至ったのだろう。
「と、とにかく早く上がってくれたまえ」
「はい。
 では、いつもの通り薬を変えてから、院長室に伺います」
「……いや、今日は第六診察室に来い」
男は言うと同時に一通の封筒をダポンの薬箱の上に置いた。白衣に手をつっこむと、踵を返して去っていく。
 嗚呼、今日も残業決定らしい。
 今まで重みを感じなかった薬の箱が、急に、まるで鋼を抱えているかのように冷たく重く感じた。腕が痺れだした。
 大きく息を吐いて、感情を整理する。脳内に今後の予定を思い描いた。
 まずは薬を取り替える。
 そして、請求書を渡す。
 それから、いつもの通りにすればいい。
 ―――心中何度も予定を確かめて、消灯された暗い廊下をてくてくと進んでいった。以前の薬はかなり減っていて、新しいのがずいぶん必要だった。なるほど、確かに経営状態は悪くないようだ。あの老婆が言った言葉がよみがえる。お得意様としては絶対に逃がすことができないのだ、この病院は。
 今回の分の請求書を看護婦のいるナースセンターに手渡す。疲れている彼女たちに、試供品のオマケですといって疲労回復薬を渡した。
「これ、何が新しいんですか?」
「じ・つ・は。太らない疲労回復薬なんですよね」
と笑顔を添えて言えば、予想通りの歓声がナースセンターで広がった。
 ほら、こういう薬こそ求められているんだ。―――たとえその後体内に疲労が蓄積されようとも、これが売れる薬だ。
 おそらく、父親はこれを売りだせば必ず止めるだろう。だからダポンも大々的には商品化しないし、こうやって試供品としてこっそり渡しているのだ。たまに試供品以上に欲しいといった者にだけ売ってやっている。
「あら、降ってきましたね」
その言葉につられて顔を窓に向ければ、大粒の雨粒が硝子を叩いていた。あの見事な夕焼けは、おそらくこの雨の布石だったのだろう。
 もう時間だ。
 引き伸ばすにも限りがある。
「では、今度使った感想お聞かせ下さい。お願いしますー」
『ありがとう』
 暗い廊下を進みながら、封筒を開いた。
 そこから出てきた写真は、なるほどあの猫男が好みそうな、幼少の少女の猫だ。おそらくテレビから写した写真なのだろう、青いラインが全体に掛かっている。彼がもう少し世相に詳しければそれが現在有名なゲームの皇女であることがわかっただろう。
 ポケットから取り出した首輪をつけて、無理矢理声帯を押さえる。これで声は出なくなる。頭にいつもの葉っぱを乗せて、ぱちんと合掌すれば、すぐに写真どおりの娘が現れた。
 第六診察室までは、そう時間は掛からなかった。扉をおずおずと開くと、待っていた医師は満面の笑みを浮かべて両手を広げた。
 来い、ということだ。
 思いつく限りの媚態を作って、しなりしなりと恥ずかしげに進む。彼は清純な子供が好みなのだ。医師の前でどうしようか敢えて逡巡していると、男は太い腕でその肩を掴んで押し倒した。そのまま流れるような動作で男が服を破って身体を開いていく。声を出せない少女がじたばたとする可愛らしい抵抗なんかないもののように、彼は荒々しく身体を開いていく。
 猫の皇女が涙を零して哀願する。
 その様は、下半身に直撃する。理性が止められなくなるのもしょうがない話だ。
 雨が窓を強く叩く。
 雷が時折思いついたように光って、そしてまた去っていく。土砂降りの雨。医薬品の清清しい芳香に混じる湿気た重苦しい悪臭。
 数時間後、薬屋はまた駐車場にいた。ただその手には、大きな荷物も何もなかったのに、全身が気だるく痺れがあった。作ったばかりの疲労回復薬を飲んだから、そう、身体は大丈夫なはずなのに。
 全身に当たる雨粒を払い避けもしないで、しばらくそのまま立ち尽くす。雷がまた声を上げたので、次は光るかと思って空を見上げた。だが光はいつまで経っても来ない。

 明日は晴れるといいなぁ

 そういったつもりだったが、声が出なかった。
 誰にともなく苦笑を浮かべて、首の周りにあったそれをぱちんと外す。
 意識がはっきりしてきたのを自覚してから、彼は車に乗り込んだ。そのときになってようやく、秋の寒さを感じていた。

 


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