[ [ [  Have a bad day,  1  ] ] ]


 「ああああー。面倒だなぁー」
車から降りた瞬間、溜息とともに言葉が出た。
 周りには当然人がいないが、それでもダポンは一応周囲に首を振って確かめる。監視機械も魔法もかかっている様子はない。そこでもう一度溜息を吐いた。
 情報局の本部は魔法の国の中央にある。
 ……ある、のだが。その情報局の周囲に鬱蒼と茂る森があり、川があり、湖があるのだ。上空を飛べれば十分程度で行くことが出来るが、車道は回り道が多い。門をくぐってからこの塔にたどり着くまで半時間もかかってしまった。情報局までまず半時間はかかる。これだけの時間があれば魔法の森の入り口くらいまで行けてしまう。
 しかも、この聳え立つ塔―――高さも広さも空間もどれだけ広がっているのか見当のつかない―――の隅から隅まで、三十箇所以上の部屋の薬を点検しなければならない。だったら自分や父のような魔法を使えない人間よりは、魔法で早く走れる者に行かせたほうが良いに決まっている。
「最大のお得意様なんですけどねー」
ダポン薬局は薬を卸す契約をしている店が依頼すれば必ず『社長が自ら出向く』というのが暗黙の了解になっていた。
 自分自身が出向くことはそんな特典になるとは思えないのだが、ある種の目的を持つ人にとっては良いのだろう多分。もっとも情報局がその行動を求めたのは、そういう問題ではなく、たんに良い御用聞きが毎月来れば便利だということだったが。

 こっちが便利じゃないんだ、便利じゃっ。半日でもあれば薬の一つでも開発しているっつーのにっ。

 地上から受付のある十階まで上るエレベーターを待っているとき、ダポンの苛つきは最絶頂に達した。頭上では魔法使いが上の箒の昇降口がひっきりなしに出入りしている。下のエレベーターは殆ど使われていないのでかなり古く、一方上の階の入り口は新築したばかりだ。余程の大型荷物を運ぶ時以外はこの通路は利用されない。
 チン、と古びた音と共にゆっくりと扉が開く。
 慌てて台車を押して乗り込んだ。
 受付の女性に丁寧に頭を下げて、いつもの通り入館用の書類に必要事項を書きサインをして提出する。彼女は事務的にそれを受けとって、通行証代わりのバッチを差し出した。
「ありがとうございます」
人形のように美しい女性は彼の言葉を無視して、とっとと自分の仕事を始めている。いつものことだ。
 ダポンはバッチを胸元につけると、重量のある台車を押して暗い廊下を進んだ。入ったときとは違うエレベーターに乗り、最地下のG-6倉庫へのボタンを押した。低い機械音を聞きながら彼は今回の薬の補充の順序やその他諸々の指令を一つずつ思い起こした。
 ダポン薬局と魔法情報局との契約には、一般薬と指定薬の二種類の薬がある。
 一般薬は三ヶ月毎の契約で種類と量を決めた薬で、毎月その量に足りない分を補充する。指定薬は三ヶ月毎の契約には定めていない薬であり、補充日の数日前に届けられる書類にのっとって加える。
 ダポンは決められた日までに補充をし、消費した分の薬まとめた請求書を三ヶ月毎に提出して代金を受け取る。そしてその日に契約の更新をお願いする。三ヶ月でも後払いされるとかなり困るのだが、一方で、契約を切られる恐怖を何度も味わうのはきつい。そのぎりぎりの攻防の結果が三ヶ月という期間なのだ。
 天井すら見えないほどの巨大なホールにたどり着いた。エレベーターの昇降口の青く薄暗い非常灯くらいしか、灯かりはない。箱から取り出した小さな懐中電灯を、頭にとりつける。彼にとって懐中電灯は必須器具だ。情報局は不要な部分には殆ど電灯を置かない。ぱちっとスイッチを入れると、数メートル先の真っ青な廊下が照らされた。
 そういえば、とふと記憶が数ヶ月前に遡る。
 懐中電灯を初めて見た情報局の職員は、ご苦労なこって、と嘲い、見せびらかすように『灯かり』の魔法を浮かべ去っていった。その魔法が使えない者はそういないのだから、楽しいのかもしれない。ダポンはその行動の意味はわからなかったが、魔法使いは分からないものだといういつもの理論で片付けて仕事を再開した。
 どうでも良い記憶に蓋をして、台車を押す。
 一般薬はよく使用するので取り出しやすい位置にあり、そこの補充は直ぐに終わった。問題は、指定薬の方だ。
 ある程度魔法に長けた者ならば箒で飛んでなんとかなるのだろうが、彼では棚の上部にある箱を下ろすことは出来ない。かなりの重労働。特別な機械を倉庫の隅から持ってきて、上に乗り、スイッチを入れて自身ごと持ち上げる。そして、箱のある段と同じ高さで止めて、静かに目的の箱を機械の上へ移動させた。
 倉庫の温度は低温に保たれているはずなのに、全身から汗が噴出す。一つの箱はかなりの重さがある。短い手足を使って、細心の注意を払い、慎重に引っぱる。がたり、と小さな音がするだけでも肝が冷えた。何せこの箱一つで、百万以上はするのだから。
 完全に機械に移ってから地面に下ろし、持ってきた薬を入れ、同じように元の位置へ戻す。
 このとき、何度も何度も繰り返し心の中で毒づく。

 ―――お前らにとって便利だろうがなんだろうが、こっちは大迷惑だ。

 三時間程費やしてして指定薬の補充は終わった。これはだいたいいつもの通りだ。
 後は細かく回るだけ、と思って、ふと台車を見て気がついた。
 ―――一般薬が、もう半分に減っているではないか。
「……うわぁ」
その場で跪きたくなるくらいの疲労感が襲ってきて頭が痛くなった。
 もしかしたら今日持ってきた量では一般薬が足りないかもしれない。
 売れたことに素直に喜べない自分がいる。
「今日また来なきゃいけないのかぁ……」
今日中に全部補充できなければ、代金を三十パーセント削減する契約の条項が、脳内にちらつく。一年に一度くらい、こういう月がある。
 どーか上では薬を消費していませんよーに、と合掌して祈ってから、彼は軽くなった荷台を押した。


MAIN  ・ BACK  ・ NEXT