[ [ [ No pain,no heart. 1 ] ] ]
「おいダポン、まだ切るんじゃねえよ」
予想外にも電話から憎たらしい声が聞こえてきて、思わず携帯電話を落としそうになった。
瞠目してダポンが黙っていると、くつくつと低く哂う声。
「イシシとノシシを先に行かせたんだ。
薬よく効いたぜ、アリガトな」
逃亡犯と電話している自覚はあるのだろうか、と問い詰めたくなるくらいに和やかな調子でゾロリは言ってきた。
なんのつもりだ、と注意深く相手の後ろの音を探る。
確かについ先ほど扉が開かれるような音はあった。それに双子の出す雑音は消えた。あの子供たちに演技させることはまず不可能だから、今彼の傍にはいないのは間違いない。だが、医師はまだ近くにいるはずだ。
……エージェントたちを待つために、時間稼ぎをしているのか?
しかし、その疑惑は直ぐに晴れた。
幼きイノシシの彼を急かす声が遠くから聞こえた。ゾロリはそれに対して玄関で待ってろと大声で返している。
がらがらと音を立てて椅子を引き、続いて軋む音がする。電話をしながらそこに腰を下ろしたのだろう。
さらに、扉が閉じる。その足音から、傍に居た医師が出て行ったものだと断定できる。彼以外の音が全て消えた。
「会う前に、尋ねたいことがあるんだ。
別に大したことじゃないんだけどよー、うーん、確認ってヤツかな」
合いの手のように、ぎしぎしと音を立てる。
膝を揺らして寛いだ姿勢をしている様が、自然と目の前に浮かぶようだ。
答えが戻ってくるのを確信している口振りは癪障ったが、別に、話さないというつもりではない。それに、彼が臍を曲げて来ないとかなると、また話がややこしくなってしまう。
得られる限りの情報の分析を終えたダポンは、ごくりと生唾を飲んで気を落ち着けてから、やっとのことで口を開いた。
「……答えられる限りでは」
「わぁーってるさ」
ゾロリは、多分、微かに笑ったのだろう。
ようやくお前と落ち着いて話せるなぁ、と弾んだ語調が受話器から伝わってきてタヌキは眉根を顰めた。
こっちは話すことなんか無い。
心の裏で即答したが、外には洩らさなかった。
―――お前はただの英雄だ。悪役を倒すための勇者だ。
「で。あの傷薬はなんの気まぐれなわけだ?」
「気まぐれですよ」
答えにならない答えで淡々と言い返す。
本当は双子のイノシシたちのためなのだが、この感情は他人には説明しがたい。ならば口に出さないに越したことはない。
「気まぐれかー。まさかお前に助けられるとはなぁ。
寝首掻っ切るくらいのことをすると思っていたんだけど」
「そうですか」
鬱陶しいという感情を前面に押し出して口吻を洩らすが、ゾロリは綺麗に無視をした。くすりと笑みが零れた。
「ああすまねぇ、話が逸れた。いや、なんだかここの先生がえらく驚いていてさぁ。
まあなんだ。その調合の方法、教えてやってくれないか?
ここに来ている子供たちに、使ってやりたいんだとよ。痛みで苦しんでるだってさ。
いいだろ?」
数秒の沈黙が電波を往来した。薬剤師は考えるために一瞬空を見上げて、調合の失敗と予想される副作用を考えた。薬局ほどとはいかないが、国立魔法病院なら信用に足る医師もいる。あの薬の調合方法を教えても問題を引き起こすことはあるまい。
天秤にかければ凄い勢いで傾いて、気づけば静かな声で応じていた。
「わかりました。
では、メモをお願いできますか。マルヒデ藻の花弁と六角触手の毛を八宗調合にかけて分散させてから―――」
「おいおいおいおいっ! ちょっと待て、頼むから待てって。
俺様、専門家じゃねえからそんな早くに言われてもわかんねーよっ!
ええと、なに? マルヒレ触手?」
雑音とともに必死に呼び止める声。
「いえ。マルヒデ藻の花弁と六角触手の毛です。それを八宗調合にかけけてから分量を測りますが、そこで煮沸したハロードルを使って慎重にお願いします。割合は後でいいますね。それを乾燥器に入れておいて、50時間そのままで。その間にアンダコリャの花弁を集めてそれも同じく乾燥させます。アンダコリャの傍にハラッペオもあるので、必ず採取してくるようにお願いしますね。それで―――」
滔滔と語り出す元薬剤師の言葉に、びきっとゾロリの額に怒りのマークが浮かぶ。少しはメモをしようと努力したものの、無理だと悟った。当たり前だ。
……わかるわけねええええっ。
と、その怒りが無音にも関わらずなんとなくだがダポンにも伝わってきて、にやりと笑った。
「ちょっと待て。いいから待て。今だけ病院の先生に代わるわっ」
とんでもないことを言い出す英雄に、あえて鋭く舌打ちする。
「何でお前なんかに電話をかけたと思っているんですか。
さっさとメモして下さいよー」
「おまえ……俺様に出来ないことわかってて言ってるだろぉ……」
「……ああもう。仕方ないですねぇ。じゃ。こちらへみえたときにメモに書いてお渡ししますよ」
ダポンは劇がかった調子で言ってやると、なにぉうっと向こうから怒声。
うんまあ、初めからそのつもりでしたけどね。
と、ぺろりと赤い舌。
素人が一度や二度聞いたくらいではわかるわけがない、魔法の薬の作り方なんて。
安堵の息が聞こえて、ダポンは胸のつかえがすっと下りた。これでゾロリは来るのをやめることはできなくなった。主導権をとっているのはあくまでこちらなのだ。
「はいはい。そうしていただけると助かりますのでお願い致しますっ!」
「了解しました。では」
「ああっ。ちょっ、待て、切るな」
まだあるのか、と頭が痛くなる。
彼の携帯電話は特殊な電波を使っている。幾ら会話を引き伸ばされても、それだけで居場所が判明される心配は無い。
だが、無駄な時間を費やすのは嫌いなのだ。
これ見よがしに溜息をついて不快感を露にするが、まあ、予想はしていたがゾロリは気にかけない。そういう繊細な感情は欠落しているのは知っている。
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