[ [ [  A lovely young witch  3  ] ] ]


 少女は思い出しながらぽろぽろと涙を零した。
 飛んでいたナジョーもゾロリの傍に来て、一緒に聞いていた。精霊の瞳が悲しそうに歪むのをキツネは見て、そして、自分も同じような顔をしているのだろうと思った。
 少女の話は、その後のドラゴン牧場の一件に続き、あのドラゴン使いさんを救ってくれたのだから、ダポンはいい人に違いないと言った。
 ―――その結論が強引であることに幼き少女は少しはわかっていたが、そう言いきった。彼女は本能的にダポンを信じている。たとえどれだけの裏切り行為が重ねられても、その気持ちはもう変えることが出来ないのだ。姉やロジャーにはわかってもらえないけれども、きっと、この男なら理解してくれると信じて―――。
 横に座っていたゾロリは、ただ黙って全てを聞いていた。
 正確に言えば、黙っていたのではない。青ざめていることに、幼き魔法使いは気づかなかったのだ。衝撃の深さのあまり動けないゾロリが、口を挟むなど出来るだろうか。
 ゾロリの中で、一本の線が出来上がった。
 今回の犯人の行動原理には、理解できない不可解な点が多すぎた。もし少女の話を元に作り上げた仮定を現実だとしたら、それらは全て快刀乱麻の勢いで解き明かされる。

 ……だが、イタズラの王者を目指しながらも優し過ぎる彼には。
 それを現実を認めるのには、少し勇気が必要だった。



 ダポンは薬剤師の家柄で、魔法が使えない。使えない故に差別されていたと聞いた。
 その話を彼にしてくれた、暇を持て余していた薬局の店員は、
「社長ですけど、本当は、あんな無能力者に使われたくはないですよ。LV1の回復魔法が使えないなんて。給料くれるから面と向かっては文句は言いませんけどね」
と旅人に語って話を締めた。
 ぎょっと瞠目している相手の表情に、店員は気づかない。ごく当たり前のことを言ったつもりなのだ。
 二人の会話を後ろで聞いていた別の客が、嘲笑った。
「魔法が使えないくせに、無駄に働くからいかんのだよ。家に籠もってればいいものを。馬鹿な奴だ。
 ああ、旅人の方はご存知ないでしょうね。この国には魔法のレベルが低い者は要保護者と認定されるんだよ。
 面白半分で狙われるくせに、わざわざ一人で動くから悪いんだ。
 だから襲われて、結局税金を投入して救ってもらいやがって。全く忌々しい奴らでしょう。税金ドロボーだ」
忌々しい?
 今、この男は、本当に、そんな言葉を言ったのか?
 耳を疑うゾロリの前で、やれやれといった顔で店員が息をつく。
「ボルドーさんねー。
 魔法が使えないんですよー。そんな程度のことがわかるはずないでしょうが?」
「がっはっはっはっは。いやはやこれは一本とられたな。
 ダポンどもの馬鹿さ加減には呆れ果てるよ全く。特に先代は輪にかけて馬鹿だったな。ま、今のは少しマシな方だ」
「この前だって、腕を怪我して、貧血で倒れたんですよ。
 はっ、信じられます?
 思わず店中みんなで笑ってやりましたよ。
 ま、仕方ないから、治ましたけど」
尻尾の先まで凍る思いがした。狂っている、という言葉では片付けられない異常性を感じて、逃げるように店から出た。異常だ。オカシイ。そんな言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡って胸が一杯になった。
 よくもまあこんな国で生活してこれたもんだ。
 と、ゾロリはある種の尊敬の念すら覚え、しばらくして、同情した。
 ロジャーをはじめ魔法使いへの怒りは普通じゃない。
 普通じゃない怒りを抱くには、相応の理由が必要になる。……そしてこの国の現状は、相応の理由といっても不足は無い。

 だが、今回。
 ネリーちゃんが建築木材の端まで追い詰められて落ちたとき、ゾロリはギリギリのところで救い出した。その瞬間、箒が過ぎる一瞬だけ逃亡者の顔が見えた。

 真っ青で、泣きそうで、震えて。
 ―――それが、助けられたと知ると喜びに変わった。無邪気な笑みだった。

 箒に捕まりながら、その驚いた。てっきり、少女を殺すためにあそこへ追い詰めたのだと思っていた。一つの罪を犯せば、二つも三つも変わりは無い。追い詰められた犯罪者はそう思うものだ。そして、彼には魔法使いに対しては強烈過ぎる動機がある。
 そうだ。そもそも、少女一人どうこうするなら、薬剤師なのだから良い薬もあっただろう。
 なのに。

「……魔法使いが嫌いなのは、間違いねえ」

 こんな狂った国にいれば、嫌でも精神がおかしくなる。魔法使いが悪いわけではないが、魔法使いが彼にした所業は、断片を聞いていただけでもゾロリが耳を塞ぎたくなるような代物ばかりだった。イシシとノシシには聞かせないようにした。真っ直ぐな子供達には受容れられ難い話ばかりだ。
 だが、それにしては、ネリーちゃんに対する態度は彼の行動原理の逆をいく。
 それはつまり、あの男にとってネリーちゃんだけが特別ということ。
 そして特別な原因には、もっと深い理由があるに違いないと、漠然と思っていた。なのに、その原因はドラゴン牧場へ続く道のどこかにあっただけなのだという。

「…………。
 魔法の薬が、大切だ、と、言われた、とか。
 そんな下らない理由じゃないだろうな……」

言ってから、胸から競りあがる気分の悪さに思い切り顔を顰める。
 ダポンはこの国で魔法が使えない一族。
 差別され、保護され、卑しまれ、それでもここに這い蹲って生きてきた。それは魔法薬の薬剤師だからだ。
 徹底的に生きる価値を否定され続けた者の唯一の生存理由。

「今までだってずっと薬を作ってきたんだろ。
 それで、多くの魔法使いを救ってきたんだろ。なあ、そうじゃないか。
 魔法の薬が大切なんて、当たり前のことじゃないか。現に森が封印されれば困った人がたくさん出た。
 当たり前のことだ。喜ぶようなことじゃない」

 そんな喜ぶようなことじゃないことが、魔法使いへの憎しみを全て消して、少女を特別視するほどに嬉しかったとしたら?
 そうだとしたら?
 ……今の今まで、ただ一度も、魔法の薬を―――つまり彼自身を―――評価されず、必要とされず、ただ差別され、保護され、卑しまれて生きてきたとでもいうのか。

 ゾロリは顔が火照って熱くなった。
 空を仰ぐ。真っ青の、雲ひとつ無い、晴天。
 この国の空気は暖かくて気持ちがよいのに、何かが足りない。時折強烈な息苦しさを覚える。あの柔らかな光に溢れる空の上まで行けば、気持ちよく深呼吸できるのではないだろうか。
 ネリーがいつの間にかこちらを向いて見つめていた。振り返ったゾロリは、照れ隠しの笑いを浮かべる。
「……確かに、悪い奴じゃねえみたいだな」
「……うん。そうなの……そうなのよ」
やっと自分の話しをわかってくれた人を見つけて、少女は泣きながら笑った。指で涙を拭きながら何度も同じ言葉を繰り返していた。

 そうだ、悪い奴じゃない。

 ゾロリは心の裏で呟く。

 ―――ただ、哀れな奴だ。








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