[ [ [ A lovely young witch 2 ] ] ]
ネリーさん、ですね。
優しそうな声は、その時の自分の心を震わせた。
あれだけ沢山生徒はいるのに、彼が名前まで覚えているとは思わなかった。上から見ていて気づいてたのだけれども。
問答無用で思った。この人は安心できる、と。
それはただの勘だが、子供の持つ鋭い嗅覚の表れだ。
ネリーが箒から降りててくてくと横を歩き始めると、ちょっと驚いたようだったが、彼は嬉しそうに笑ってくれた。見上げた少女の透き通った目に映るその穏やかな顔。子供の自分にこんな風に接してくれる人は珍しいと思った。なんとなく、そう、ゾロリを思い出した。
急がなくていいのなら、と軽く前置きを置いて。
そこのドラゴン牧場まで一緒に行きませんか? 宜しければ。
言いながら取り出したのは、スティックのついたチョコレート。見たこともない包装紙。小さな手でおずおずとそれを受けとり、ダポンは自分の分も取り出す。
ネリーが上についている紙を破ると、いきなり、小さな爆発が起きた。
魂消て落としそうになったが、その煙から甘い良い香りが漂ってすぐに気持ちは収まった。
見れば、ダポンは笑っている。
イチゴ味は苦手でないとよいのですが。
「ううん。大好き」
チョコはとても美味しかった。ダポンは青いチョコを口に頬張っていた。
それを皮切りに話が弾んだ。
好きな食べ物、好きな乗り物、好きな授業に好きな先生。ネリーの言葉を黙って聞いて、時折話をまぜっかえして、一緒に笑って。何を話したかはよく覚えていないが、楽しかったことはきちんと覚えている。
「そうだ。
ダポンさん、このチョコ、どこで買ったんですか?」
舐めても噛んでも殆ど減らない魔法菓子。味もとてもよいし、あの紙を破ったときは本当に吃驚した。お小遣いで買えるのならば、是非とも友達や姉にも食べさせてあげたい。
しかし、こんなものを売っているのは見たことがない。綺麗な銀の包装紙だが、本来書いてあるはずの情報が一切書かれていない。
これは、うちで作っているんです。……いいえ、一般販売用ではないですよ。言ってみれば、オマケなのかな? あまった薬の一部を使って味を出すんです。こんなイチゴ味だったら嫌いな薬でも飲めそうでしょう?
「本当っ!
これならたくさん魔法の薬飲めちゃうわ」
あはは……。たくさん飲んじゃ駄目ですよ。何事も過ぎ足れば毒です。
その言葉を聞いて数歩進んでから、俄かに、自分の立場というものを思い出した。
そうだ、この人は。
魔法薬の薬剤師で、薬問屋さんだ。
私はこの人から、魔法の森を奪ったんだ。
胸のあたりが急に苦しくなって、声が出なくなっていた。俯いて歩いていたが、胸の痛みは全身に広がり、身体の奥で押さえきれないものが競り上げてくる。頑張って閉じた唇から洩れる呻き声のような嗚咽。
少し顔を上げた。
ダポンが如何したのだろうと案じている視線と、かちあった。
自分を―――こんな自分を―――この人は心配している。
そう理解した瞬間、何かが壊れた。
涙がぶわりと溢れて、慌てて掌で覆った。制御できない嗚咽も唇を噛んで堪えた。でも、多分、ダポンさんは全てを判っている。
ネリーさん?
指の隙間から彼の足を見る。
それが、こちらを向いている。
すなわち彼は、自分を見ているということだ。
もうどうにもならなくて、そのまま思い切りしがみ付いた。
「……ゴメン……なさい…………」
一言言えば、堰を切ったように溢れ出す言葉。感情。
涙と嗚咽でぐちゃぐちゃになった顔を清浄な香りのする服に押し付けて、隠して、声をあげる。
「……ダポンさん……本当に…………本当に、ゴメンなさい…………。
絶対に、なおしますっ。
魔法の森を、元の通りにしますっ。
……しますっ………絶対に……何があっても……私……私……。
薬が……なくなって………大変な迷惑をかけて……―――…本当に、本当に、本当にゴメンなさい……っ」
薬剤師は暫く止まってその言葉を聞いていた。静かに。
名前を呼んでくれる暖かな人の手が、震える肩に優しく置かれる。
悲鳴にも近い嗚咽が収まる頃になって、その手は静かに頭を撫でてくれた。
……大丈夫ですよ。
あの事件は、貴女の所為ではありません。全く。
それにね、在庫だってあるんだし。
まあ魔法の薬がなくても、なんとかなりますよ。この国には優秀な魔法使いはたくさんいる。あなたも、そういう人になって下さいね。
だから、そんなに落ち込まないで下さい。そんな責任を背負ってはいけませんよ。
嗚呼、なんて優しいことを言うのだろう。
大丈夫。平気ですよ、あの程度のこと。
森が封印されたくらい。
でも、それは違う。
うぅぅぅーと低く呻く。服を強く握り締めて、少女は必死に首を振った。何を否定するべきなのかわからないけれども、きっぱりと拒絶の意思を示した。
「森が、なくなったら、誰もが、困るわっ。
魔法の薬、は、凄く、大切な、もの……だからっ。
ダポンさん、優しいから、そう言ってくれるの、わかる。
でも、駄目なの。駄目なのよ―――」
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