[ [ [ I have known you for a long time. 1 ] ] ]
二人の人影が、魔法の森にあった。
正当派魔法使い然とした者が先頭を行き、後ろから、群青色の帽子を目深に被った男がついてくる。それは、この森に眠りを与えた大罪人だ。手渡した不可思議な地図を見ながら、男は、低い声で後ろの罪人に尋ねていた。ここは、どこだ、と。
彼は端的に答える。
もう着いたんですよ。……って、私がわらからない場所だって言ったら、普通もう妖精の場所だって気づくでしょ。
そのあっさりながらも人のカンに触る物言いに、小競り合いが勃発し始めたのを見て、周りの妖精たちが笑う。私だって、つい笑ってしまいそうになる。
込み上げる気持ちを抑えて、ふわりと飛んで近くの木の枝に座った。
「こんにちは」
こんな普通の挨拶なんて、王は、と後ろの妖精たちがまたコロコロと鈴を鳴らしたような声で笑う。
「こんにちは、初めまして」
いけしゃあしゃあとダポンは言って頭を下げた。
「ダポンさん。ようやくお越し下さいましたね」
妖精の国と魔法の国は、実はこの森で繋がっている。この森の正しき道を通れば、私達の住まう妖精の国が訪れる。その道を教えたのはあのゾロリが数千年ぶりだった。もっともあの旅人はその重大さをあまり理解していないようだったが。
まあ、だからこそ、彼に教えたのだ。
護衛の様についている男は首を回して警戒をあらわにするが、タヌキは暢気に近くの切り株に腰掛けて、ごそごそと背中から荷物を下ろした。取り出したのは、一冊の本。
重さを感じさせない動きで、二人の前に降り立つ。
近くで見れば、どうやら魔法使いの方はかなり緊張しているらしい。その男に、イタズラっぽく睨んでやった。
「……写本、あったでしょう。ロジャーさん」
「禁断の魔法の本については何もしてない、と、言っていたから騙された」
「騙してないですよ。その本にはしてないだけで。内容を書き写しておくくらい研究者として当然です。書き写しがないと思うほうが悪いんじゃないですか?」
「そ・れ・が・騙したというのだぁぁぁあああーっ」
くわっと目を見開いて、一瞬でロジャーはダポンの頬を抓て持ち上げる。
「痛いっ。痛いですよっ。
あーやだなー。言葉で返せないとすぐ暴力振るう人は。ていうか低能は」
「お前はっ! 反省する気がないのかっ!」
ぎゃあぎゃあと罵りあう二人に苦笑しながら、ひょいと右手を上に上げた。その動作にあわせて本が中空に浮かび、勝手に開く。
優秀な薬剤師の字は、彼の性格を反映してか、均一で美しくないが非常に読みやすい字だ。機械的に見えてその実ひどく生命的な雰囲気がある。
単に目を通すつもりだけだった。
だが、数ページ捲っているうちに、その予定は変更される。
「……まさか」
知らず内に声が漏れた。思わず目を疑った。
後ろの妖精たちからも、不穏なざわめきが立つ。彼らも、私の目を通して見ているのだ、この完璧すぎる本を。
それは自分たちが考えていたような写本では『なかった』。
古語や超古語で書かれていた禁断の魔法の本。
それを、見事に現代語へ訳している。横の端書も興味を引くものばかりだ。文字を写し取られていただけでも困るのに、その中身を理解されていたとは。
魔法の国の創立から存在するダポン薬局が有している知識の量を、どうやら侮りすぎていたらしい。それは他の妖精も同じ様で、感嘆に近い吐息がここそこで聞こえている。
まあ、だからこそ、森を封印する呪文を正確に読み当てられたのですね。
ふと、顔を上げると、闖入者たちの視線がきつくなっていた。ダポンはともかく、ロジャーの目がかなり鋭い。……どうやら無駄に不安を与えてしまったらしい。
苦笑を浮かべて害意がないことを示してから、読むスピードを上げた。とりあえず最後まで目を通しておきたい。最終ページまでいくと、ぱたん、と本は自動的に閉じられてそのまま中空に浮んでいた。
全てを知ってしまった。
……真実の歴史を見てしまったのか。
「ロジャーさん。ありがとうございます」
ロジャーの額から噴出す冷や汗が、頬を伝って流れ落ちる。
ここはほぼ妖精の国の領域だ。そうじゃなくても気配に鋭い男だから、この異常状態に最大の警戒を払っているのだろう。
「この本をどうしても宜しいですか?」
「俺に選択権あるんですか?」
答えたのは薬剤師。つまらなそうな声には少しだけ残念そうな響きがある。
……反省してない子だ。
愛しいからこそ、甘やかすつもりはない。甘やかしたからこそああなったのだと思うと、今回の責任の一端は自分にもあると思う。そういう意味も籠めて、あえて、強く言い放った。
「勿論、ありませんよ」
きつい言葉と同時に本は青い炎に包まれる。
特殊な炎で焼かれた本は、液体になって地面に流れ落ちた。
柑橘系の爽やかな香りが漂って風に掻き消される。
異様な光景に、ロジャーは生唾を飲んだ。だがそんなものにも、罪人の方は飲まれないらしい。先に口を開いたのはダポンだった。
「で。
俺を、どうしますか?
あの本に書かれていた内容は、魔法使いには見られてはまずいものなんですよね。それを知ったからには」
「……覚悟は決めていらっしゃったんですね」
「何故貴女方が今まで見逃して頂いていたのか、その理由の方がわかりませんよ」
肩を竦めてやれやれと首を振る。
本が読めたならば妖精からの報復は容易に想像がつく。それなのに本を持っていた。ずっと妖精たちが手を下すのを待っていたということか。
―――命の危険よりも、目的を優先していたのか。
やはり、ゾロリさんから聞いたとおりだ。
そんなにも大事な目的のその理由そのものを、その本人が忘れてしまうなんて。悲劇なんて安直な言葉がこれ以上似合う男もそうはいない。
この青年は気づいていないだろうが、彼は魔法の森にかなり頻繁に訪れていたから、私達は良く見ていた。彼の先代も、何代前も―――そう、森の住人のようなものだ。
この魔法の国で一番この森のことを知っている。森を知り、森の法を守り、採取した以上の『何か』をお礼として返していく。その慎み深い態度がゆえに、森は千年以上も快く受容れていた。だから……
考え込んでいると、ダポンの間に、ロジャーが無言で割り込んできた。
力強い光を宿す赤い瞳。守ると覚悟を決めたのか、ようやく。
「ナジョー。
写本は返した。それに、彼の口から情報が洩れることがないように私がきちんと管理をする。
もし……もしどうしても、というならば、記憶を弄る」
「嫌ですよ。廃人になる可能性が六割、死亡の確率三割九分九厘って無理ってことじゃないですか」
「―――成功した例が無いわけじゃないっ」
魔法使いは荒々しい口調で言い切って、真っ直ぐに見つめてきた。
彼の魔法の力は目の当たりにしているから良く知っている。一戦交えるとしたら多少の犠牲は覚悟しなければならない。魔力のオーラは、今は攻撃的ではない。
その後ろで、大きな指でぽりぽりと頬を掻くダポン。まるで傍観者気取り。自分の命がかかっているというのに。
全く、なんて子だ。
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