[ [ [ I think it is so hard. 3 ] ] ]
※ロジャーの一人称。
薬物中毒ネタなので苦手な方はご注意下さい。
扉を開けば、目に入ったのは眩しすぎる夕日。
美しさと、目映さと、二重の意味で目がくらむ。
その透明の色彩で作られた蒼穹は、だが、残念なことに窓枠に嵌められた太い鉄格子がバラバラに区切っていた。部屋は窓の外とは対照的に暗かった。
明かりをつけるべきか。
―――否。そういえば、光の刺激も良くないと言っていたな。
四つの寝台が並び、その一つだけが使用中。そこへ足を進めると、どうやら病人も気づいたようだ。
「……緩め…………て……だ、さい。
ど…うか……」
息絶え絶えといった『風』に、ダポンは呟く。
病人の姿は、一言で言ってしまえば、異様だった。思っていた以上に。柔らかだが強い伸縮性の素材に全身を雁字搦めにされて、寝台にきつく固定されている。聞いたとおりだ。こうでもしないと、逃げ出すという。しかも、どこに隠したのかアレを直ぐに見つけ出してしまう。
だから治療が上手く行かないと担当の医師が嘆息していた。監獄中にも立て続けに事件が起きたので、懇意にしている医師と看護婦を特別に呼んできたが、彼らの誰もが口を揃えて言う。
―――治すつもりのない病人を治すのは無理だ。
顔は殆ど動かせないが、僅かに視線を向けた。
「……ロジャー……さん……どうか……」
「水、飲むか?」
「の……み…………たい。だから……どうか」
言葉を遮って横においている水差しを口に当てると、素直に水を含み始めた。
どこまで必要かと視線で問えば、もっとくれといっているようで、結局最後の一滴まで流し込んだ。
……喉が渇いていたのか。
軽くなったそれを持ち上げて、元の位置に戻す。
「大丈夫か?」
問えば、病人は首を縦に振る。
少し落ち着いているらしい。なら、そろそろ聞けるかもしれない。
マントの裏に手を突っ込んで、奥深くしまっているそれを取り出した。
「じゃあ早速質問させてもらおう。
これは他に何処にある?」
ひらり、と二本指で挟む小さな紙片。
監獄や情報局内部を大掃除したら、随所で見つかった。容疑者の持ち物だけではなく、差し入れ、トイレ、廊下その他様々なところから。見事に隠してあった。
俗な言葉で言えばアシッドペーパー。口に含むだけで簡単に摂取できる薬品。そこに含まれている成分を調べてもらったが、やはり今まで見たことのない種類だという。だが、強力な麻薬の一種であることは間違いないと薬品局の研究員達は太鼓判を押した。流石ダポン薬局だなぁ、と感心した同期には思い切り睨みつけてやると直ぐに黙った。
見上げてくる大きな丸い目。
そこに夕日の赤と、紙片とが映る。これが何かわかってないのか。アシッドペーパーを見易い様にと近づける。
突如。
病人の目が、冷たく据わる。
反射的に腕で顔を塞ぐ。そこに、勢い良く水がかかった。
……毒を口で混ぜたか。だがこのくらい、予想済みだ。何年付き合っていると思っている。
水から僅かに異臭がした。服が溶けた。乾燥と浄化を織り交ぜた呪文を手早く唱える。強制乾燥で熱を持った服から湯気が立ち上る。
視界が明るくなったとき、しおらしかった病人は一変していた。
「っはぁ、っはぁ……っ。
っにしてんだっ!? それは俺のだ、ふざけるなっ!」
血走った眼を見開いて、縛られているというのに必死で全身を動かす。
ぎしぎしと悲鳴をあげる寝台。彼の右手を縛る拘束帯がびしびしと限界値まで伸びる。
「ふざけていない。
何処にある。言え。誰から買った。どうやってここに運んだ。何処に隠した。いつから使っている。どれだけ使っているんだ」
返されるのは意味不明の怒声。
瞳が震え、呼吸は荒く、不自由な体を矢鱈滅多ら動かす。
大丈夫だと思ったが、また、禁断症状の時間らしい。間隔が短くなっているのは良くなる兆候なのかもしれない。
この容疑者の様子については、前々から少しおかしいと感じていた。
数時間取調べが続くと、ある瞬間ぶつりと糸が切れた様に力がぬける。休憩を取り部屋に戻すと普通に戻っている。それに、動かないからといっても食欲がなさ過ぎた。
そして、決定打は数日前のことだ。
扉に挟まれて夕食を食べているとき、視線が部屋の壁の染みで止まり、そこから殆ど動かない。話をしていても、何度もそちらを向く。警戒している。その染みを。
幻覚だ、と、気づいたのはエージェントしての勘か。嫌がる男を引き摺って医務室に怒鳴り込んで血液検査をすれば、まさしく薬物依存。
息が切れるまで罵詈雑言を撒き散らしていたが、それが効果がないと知ると泣き落としに代わっていた。
「……ねぇ、ねがい……ですから。
今だけ……今回だけ…………それを……下さい…………ねえ、どうか、お願いします…助けて………お願い……です」
「どうやってここに運んだ」
「…本当に……一回……だけ……ですよ。で……すから」
「やらん」
きっぱりと言い放っても、何度も哀願を繰り返す。薬物中毒特有の嘘八百。目の前の薬を手に入れるためならどんな言葉だっていう、そのくらい、こんな仕事に就けば何度も経験している。
無駄だと分かると再び暴れ出した。
瞳孔が開き、唇を震わせて泣き咽ぶ。体を無理矢理跳ねさせると寝台が床に打ち付けられて部屋全体が揺れるような音が響いた。
夕日は落ちて、空は糠星が輝き始めている。
よく見れば、一番良く動く手首周りは酷い怪我をしていた。傷の上に傷が出来、じくじくと膿んでいる。痛みを感じないのか、それでもなお手を動かそうと必死だ。
取調べ中に薬物依存なんて、あってはならないことだと直接取り調べを担当するエージェントたちは顔色を変えた。この前にも、彼らの一人が不用意にダポンの食事を食べて死にかけたりと、どうにも彼らは隙が大きすぎる。
……ったく、使えない。
「……ないかっ。
いいじゃないか、いいじゃないかっ、いいじゃないかっ!」
突然の大声に、吃驚して病人へ振り返る。
見れば、感情を剥き出しにして、天井を白眼で睨みつけて咆哮している。
牙を剥き、まるでそこに何か居るようだ。
「なんで、邪魔をするっ!? このくらいのこと、問題ないだろうがっ」
もう、俺を見ていない。
また幻覚に囚われてしまっている。誰に言い訳をしているのか、喉から搾り出す声が空しく暗い病室に響く。
ふと、思い出す。
あの面会室で、彼が極自然に人に虫を仕込んでいたところを。止めなければ殺していた。
昔から罪悪感というのが薄かったが、今はそれに輪をかけて、消え失せている。おちおち目を放していられない。
「……裁判が終るまで、生きるんだろ」
死にたいに決まっているだろう、とゾロリに教えられたとき、足元が崩れそうになった。
だから、即座に嘘だと否定した。思いつく限りの言葉でその言葉を拒絶した。キツネは真っ直ぐな目をしたまま何も答えてはくれなかった。―――だが、冷静に見れば、やはり真実は一つしかない。そこまでこの青年が追い詰められていたことに、少しも気づかなかった自分が悔しい。
勝手に思い込んでいた。お前が昔のままだと。そうに違いないと。
「そうだ。そうだよっ。そうなんだよっ。
だから、その為にしているだけじゃないかっ!
返せっ。返せっ。返せぇぇぇっっ。
何が悪いっ!? 何がいけないっ!? どうして駄目だというんだっ。
邪魔なんだっ。寝ることも、食べることも、考えることも何もかもが邪魔なんだっ。俺の邪魔をするんだっ。だからいいだろうがっっ!」
いいじゃないですか、死ぬくらい。
だって、死ぬだけじゃないですか。
誰にも出来ることなんですよ。
生きろなんて無理なことを言ってるんじゃない。
そんな言葉を、さも当然といった顔をして吐いた。
「……もう少しだから、待て」
「寄越せっ。それは俺のだっ。俺のだぁぁぁっ」
でも、大変なんですよ、生きているのは。
嗚呼、そうだ、確かに大変だ、生きるのは。間違っちゃいない。
だが、お前の言う『大変』とは全く別物なんだ。薬で体を壊さなければ生きていけないなんて、おかしいんだ。当然じゃない。普通じゃない。
ここまで傷つけられて、苦しめられて、追い詰められて。
だから、せめて、こんなことしか言えない。
「――――――。」
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