[ [ [ His saying... ] ] ]
春のぽかぽかの日差しが差し込む窓辺で仰向けに寝そべっていた丸い狸は、一世を風靡した大悪人とは思えないほどだらけきった表情で外を眺めていた。
彼の胸の上には読みかけの本。目の先には、雲がのんびりと行き交う青空。その透明な明るさに心奪われて、ダポンはぼぉーっと見入っていた。口は半開き、目は完全に止まっている。
そこへ、自室から珈琲を求めて出てきたロジャーが通りがかった。
無防備な狸の様子に、思わず足が止まる。
どこか間の抜けた色の腹部の毛に日が照らされて、ぬくぬくとしていてとても気持ち良さそうだ。一見固そうに見てその実非常に柔らかな毛。手で触れた瞬間の感触がロジャーの脳裏を過ぎる。それを契機に、この同居人を好きに鳴かせた夜の記憶が芋づる式に出てきた。
……可愛い。
長い指が、すっと獲物へ向かって差し伸ばされる。
と。
「ねえ、ロジャーさん」
触れる前に、声があがった。
不埒な思いを見透かされたような気がした。勿論、それは気のせいなのだが。
鋼鉄の心臓が飛び跳ねる。ばくばくと耳の中に響き渡る血流。良かった、何もしなくて良かった……っ! 太陽が昇る、しかもリビングで、真っ昼間からやりたいなんて流石に軽蔑されてしまいそうな気がする。
「ど、どうした!?」
動揺を隠すために返事をしたつもりだったが、声が上擦ってしまう。
ダポンはくるりと横を向いて、ぱちくりと瞬いた。それは予想外に相手の声が大きかったせいなのだが、またどうせ変なことでも考えていたのだろうと軽く片付けて言葉を繋げる。
「今、鳥が風に舞っているんですよ」
彼の太くて丸い指が空を指した。確かにそこには、必死で飛ぶ黒い塊が見える。その飛び方、どこか可笑しい、と、ロジャーは首を傾げる。彼はすぐに、その鳥はまだ非常に小さく、巣立ったばかりだと気が付いた。まだ上手く飛べないので春の強い風に負けてしまっているのだ。
「なかなか上手く飛べないものなんですね。鳥でも。
他の鳥が卒なく普通に飛んでいるので、そんな難しいとは思わなかったんですけれど……」
「そうだな」
ばたばたとその小さな鳥はまた風に錐揉みされている。長閑で時が止まったような世界に、その鳥の周りだけは生命力が溢れていた。その必死な様子に、ロジャーは頬を和ませた。なんだかその愛くるしさは一番思っている者とよく似ている気がする。
「だから、まあ、ロジャーさんがとっても下手でも仕方ないんだなぁー」
*****
「こんな昼日中から盛るとか、本当に引くんですけれど。
私的には」
ロジャーはダポンの短い足を掴んでずるずると廊下を引きずった。向かう先は寝室。
抵抗する気は無いが進んで参加する気もない狸は、ただされるが侭だ。背中痛いなぁと暢気な悲鳴を思い出したように上げている。
「五月蝿いっっ!
貴様、今の言葉、体で思い知らせてやるっ。後悔させてやるっ」
ぽりぽりとダポンは頬をかく。
がんっ、と荒々しい音。どうやら寝室の扉を蹴破ったらしい。十円単位まで正確な修理代が脳内を過ぎる。あまり高い材木ではなかったのでそんなに気にならないが。しかしそれにしても家を破壊するのはやめて欲しいものだ。
「……縛って……絶対許さん……泣いても謝っても許してやるものか……だいたいこいつはすぐに付け上がって……少し優しくすれば…………」
ぼそぼそと唇から零れた黒い言葉が床に落ちる。
ふと、狸は気が付いた。
ぽん、と手を打って―――
「あ。それってまさに本末転倒だ」
「うるさいわぁぁぁっ!」
火に油を注いだ結果を身をもって思い知るのは数時間後のことである。
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