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朝食が完成して起こしに来たロジャーは、寝台の上で動かない同居人に近づいた。普段ならもう着替えてダイニングの椅子に座っているはずである。
「おい、ダポン。朝食が出来たぞ」
僅かに揺すると、狸は恐ろしい速さで首を回して、じっと睨みつけてきた。
だが、睨みつけてくるだけ動こうとはしない。
無言。
―――涙の跡が残る頬に、潤んだ瞳で見上げられると、流石の天上天下唯我独尊を地で行くエリート魔法使いの良心にも痛みが走る。
しかも昨夜の所業―――調子にのって色々してしまった―――を思い起こすと、後ろめたさも少なからず覚えなくもない。隈どりのように青黒い隈が、体調不良の状態を雄弁に代弁していた。
「今朝は、軽いサラダとスープにしてみたんだが」
無言。
「お前が好きなトマトもキュウリもたっぷりある。勿論、ドレッシングはサザンアイランド風味だ」
さらに、無言。
「ああ、そうか、スープだな。
日曜に知り合いの牧場から一級品の腿が入ったから、うむ、それをつかったコンソメを作っておいた。凄いだろう?」
再三、無言。
……流石に、ロジャーも料理に関する話題が思い浮かばなくなった。
二人の間に重い沈黙が圧し掛かる。
カチ、と時計が僅かな音を立てた。
重い空気に、突然、つんざくような目覚ましの鐘が鳴り響く。
ばんっ
―――が、一瞬で終わった。
「……おはようございます」
掠れた声で、漸くダポンが口を開いた。
「お、おはよう。
あ、動けそうに無いらば、うむ。
朝食はこちらに運んできてやろうか?」
「……今日、出かける予定があるって、俺、言いませんでしたっけ?」
質問を質問で返されて、ロジャーは押し黙る。
二人とも魔法医学には精通している。
彼の容態を和らげるいくつかの手段は思い浮かぶが、それのどれもが完璧でないことも知っている。おそらく今日の外出は不可能だろう。
だが、とロジャーは心の中で言い訳をする。
一方でダポンは、その言い訳が手に取るように読める。そして怒りがさらに加速する。
言葉のない攻防に、部屋の緊張は否応なしに高まった。
沈黙を破ったのは、ダポンだ。
「…………食事、いりませんので」
にこり。
――狸は、率然、愛らしく微笑んだ。
――彼が今、荒ぶる神の如き精神状態であることは間違いないのに。
――その笑顔はとても可愛いが、何故かロジャーは悪寒が大爆走するのを感じた。
明確な理屈はないが、それはひどく恐ろしいもののような感じがする。理性ではなく本能がそう告げる。そうか、と頷くのが精一杯で、気づけば逃げ出すように部屋から出ていた。
俊才なエリートがその笑顔の意味を理解するのは、半日を要した。
優れもの携帯食料なる魔法薬を開発したダポンは、その日から一週間以上―――正確には、ロジャーが土下座して謝るまで―――同居人の手作り料理に手をつけることはなかったのである。
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