[ [ [  End up adding fuel to the flames.  ] ] ]

 それは、聖なる夜のこと。
 クリスマスケーキやプレゼントを買いに行き交う人々、流れるポップな音楽、美しい照明に彩られて街は浮き足立つ不思議な空気に包まれていた。夜空にはプレゼントを配るために走り回る、天駆けるトナカイたちの鈴の音がひっきりなしに響いている。今夜のプレゼントを楽しみにしている子供の甲高い声、仲睦まじい老夫婦の昔を懐かしむささやかな歓談、恋人同士の甘い語らい。ラジオから流れるメロディはどこもがクリスマスの特別仕様になっていた。
 遠く離れた森の奥での一軒家にも、その甘い空気は僅かにあった。
 僅かに、であるが。
「あれ。豪華ですね」
「……悪いか」
ロジャーに文句を言われる前に研究室から出てきたダポンは、ダポン的には良い事を言ったつもりだ。普段はいくら凄い料理を用意していても殆ど気にしない。せいぜい、食中毒が湧いていたら注意する程度。
 が、料理を用意した同居人はその言葉にいたく不満そうに凍てつく様な目で睨みつけていた。
 テーブルの上にはワイングラスが二つ、七面鳥が一つ、スパゲッティサラダ、コンソメスープ、変わったケーキなどなど、見たこともない料理の数々。水色のテーブルクロスの上には銀食器。蝋燭には赤、緑、青と次々に色の変わる魔法の火がともっている。もともと凝り性な人だったが、最近料理に関しては異常なほど執着心を見せるようになった気がする。
 そこまで判断して、ふと沸き起こる一つの疑問。
「悪くはないですけど。何かあったんですか」
「クリスマスだっっっ!」
「だから?」
フランスパンを置きながら怒鳴る男の答えに、タヌキは思ったままを言い返す。
 くわっと目を見開いて、わなわなと唇の端を奮わせたが、魔法使いはそれ以上は何も言わなかった。

 ここでごめんなさいとか素直に謝ってくれれば少し許してやろうと思っていたのに。
 思っていたのに。
 …………俺の純情を踏みにじった罪、絶対赦さんっ!

 などと壮大な下らない復讐計画を考えていることなんか全く気に留めず、優秀な薬剤師は席について白ワインの瓶を取り上げた。良く聞く銘柄だが、口にするのは初めてだ。自分らの年齢よりも年上のそれが一体いくらするのか聞くだけで空恐ろしい。
「美味しそうだなー」
そんな言葉が自然とダポンの口から漏れる。
 顔は幼顔だが案外酒は嗜む方で、オープナーは愛用のものを持っている。戸棚に閉まってあったそれが瓶の横に置いてあったから、開けろという意思表示なのだろう。
 エプロンを置いて戻ってきた獅子が、どしんと音を立てて目の前の椅子に腰を下ろした。むっすりと口をへの字に結んで、腕を組み、不快そうに眉根をしかめてそっぽを向いている。―――どうやら、まだ臍を曲げているようだが、怒りっぽい彼が怒る理由なんかよりも、ダポンにはこの高級なワインの方が何倍も興味があった。
 滑らかな動きでワインオープナーを回してコルクに差しこむ。奥まで刺さったことを確認してコルクを慎重に回す。幾年もの封印を切って、豊潤な香りがダポンの鼻を擽った。その香りだけで、眩暈がするくらいに素晴らしい。
 少しコルクについた芳香を味わって、それから、ロジャーの方へ顔を向けた。男の前にあるワイングラスを取るためだ。
「大変だったぞ。
 せっかくワインもケーキもチキンも用意したのに。お前はクリスマスなんか全っ然忘れていたみたいだけどなっ! どうせっ!」
女々しくも言い募る恨み言を百分の一も聞かず、まあまあとタヌキは宥める。
 脳の三分の二ではワインの味に心が奪われて、殆ど上の空。
「クリスマスとおっしゃっても、私たちは二人とも信者というわけではないんですし。もうプレゼントを貰える年でもないんですから。
 だいたいクリスマスなんて、どうせ、子供のいる家庭か恋人だけのイベントごとじゃないですか」

 ぶす。

 ダポン的なフォローは、エリート魔法使いの心の蔵をずぶりと突き刺す。
 言ってはならぬ言葉。
 知ってはならぬ事実。
 二人の間にあるうち砕けない大きな壁。
 一瞬皮膚呼吸まで止めてしまったが、すぐに復活した魔法使いは、椅子を蹴ってたちが上がる。

「私たちが恋人ではないというつもりかっ!?」

ワインを注いでいたタヌキが、突然の大声にぱちくりと目を瞬かせる。
 その高級酒の味に盗られていた意識が戻って、脳の中で、過去から現在に至るまでの様々な記憶が浮かんでは消える。重たく、ゆっくりと。
 恋人。……恋人? って私たちが、恋人? この家には三人目がいたのだろうか。うむ、知らなかった。
 ―――なんて下らない現実逃避をしてみるが流石にそれは無いだろうと口にする前に否定する。
 こんな思考を経て、結局、ダポンもある記憶に辿り着く。古いような新しいような記憶。
 それを思い出したとき、彼は思わず朗らかに笑ってしまった。
 はっはっはとやおら明るい声の後。

「ありましたねー。
 そんな設定」

 パキンっっ

 ワイングラスがダポンの目の前で粉砕した。
 酒を楽しみにしていた酒飲みにとって、目の前で酒が失われる事ほど喧嘩を売る行為はない。
 首を上げた瞬間の目は、殺意に溢れている―――どころではなかった。
 その後予定通り素敵な戦闘は始まり、聖なる夜に相応しい爆撃音が鳴り響き、最終的には血を血で洗う惨劇のクリスマスになったが。
 次の日の朝にはロジャーはこっそり隠していたプレゼントをダポンにあげたのだった。







MAIN  ・ BACK  ・ NEXT