[ [ [  By relay  ] ] ]

 
 魔法学校の給食時間。半数の教師は各自のクラスで生徒たちとともに食べるのだが、受け持ちクラスのない教師陣は職員室で給食をとる。特別講師のダポンには専用の机が無いが、部屋の隅の応接キットが彼の席と決まっていた。
 今日のメニューはカレー。老若男女問わず好きなメニューの五位以内にはあがる定番メニューに、人々の頬も緩む。
 それは性格が捻じ曲がって固まってしまったダポンにとっても同じで、くんくんと鼻を鳴らして香りを味わうと笑みを綻ばせた。十年前と変わらないこの安っぽい香辛料。大好きだ。
「はいな。ダポンさん。
 今日の給食はどうだい?」
食堂のおばさんが、自分の分のトレイを持って横に座る。
「んんー。大丈夫ですね」
いつもの答えが返ってきた。これは二人の間の一種の確認作業のようなもので、食中毒が発生しかけているとそれ以外の返答が戻ってくる。良かったわとおばちゃんは胸を撫で下ろした。
 その間にも、教頭と校長がダポンの前に次々と座る。眼鏡の優男の教頭が、その会話を聞きとがめた。
「そういう時は、美味しそうですねとか言ったほうが良いですよ」
「えー。食べてもないのに、嘘っぽいじゃないですか」
「それでも、そう言った方が聞こえが良いでしょう。
 本当に美味しいかどうかは、また後で言えば良い。大丈夫ですねなんて、作ってもらった人へ失礼です。
 お行儀の問題。わかったわね、ダポンくん」
彼に子供扱いされてしまうと、元生徒だっただけに立場が弱い。
 顎を引き上目遣いをして、不満を露にする。が、教頭も負けじとじっとその顔を見つめて目を逸らさなかった。
 ……結局根負けしたダポンは、ぷいと顔を背けて渋々と返事をした。
「はいはい」
「はいは一回」
「…………はーい」
行儀なんて、と心の裏でそっと小馬鹿にしているのが元生徒の横顔からありありと読み取れる。そっと教頭は溜息をついた。昔から素直ではなかったが、全く、今も相変わらず素直じゃない子だ。
 その気苦労を察して、おばちゃんと校長はかすかに笑みを浮かべる。
 教頭と校長とおばちゃんは、給食を一緒に食べるのを数十年以上習慣としてきていた。事件を起こした元生徒を教師として引き取って以来は、その場にダポンを引き入れて四人で食べるようになったのである。
「じゃ、いただきましょうか。頂きます」
『いただきます』
校長先生の言葉をきっかけに、三人の声が唱和する。
 そしてその声を聞いた他の教師たちも、スプーンを持ち上げた。
 二口ほどカレーを食べた後で、校長は唐突に自分の周囲を見渡した。目当てであるリモコンを教頭先生の横に見つけて、手を伸ばし持ち上げる。職員室にある唯一のテレビが点いた。電話の人生相談を放映しているチャンネルに切り替わった。
 校長先生はこの番組が見たいがために出世してクラスを持たなくなったとまで実しやかに囁かれるほど、お気に入りだった。ダポンは「そんな低俗なやらせ番組見て楽しいんですか?」と初め来たときに真顔で尋ねたら、校長先生は憮然としたがおばちゃんと教頭先生、さらに他の教師陣は大笑いをしていた。
 いったん習慣となってしまったものは変えがたい。
 たとえ若人からツッコまれても、見たいものは見たいのだ。
 その低俗なやらせ番組は、今日も今日とで、人生相談を受けていた。
『はい。じゃあ、今日の相談は……。
 同居している恋人が素直にならない? なんとも熱い相談ですね。羨ましいなぁー、こういう頃が一番楽しいんですよね。実際結婚してしまうと……。え? ああ、そうね。相談前にこんな話をするべきじゃないね。
 …………こんにちはー。モノモンタです。あれ? 通じてるかな?』

『通じているが、どうかしたか?』

 一瞬。全ての人間の時間が止まった。
 変声魔法を通した声は、ぶっきら棒で愛想が欠片も無かった。
 テレビに映っていることを全く考慮しない口ぶりに、硬直の解けた観客の一部がざわつく。司会者側も少したじろいだようだったが、流石に長い間芸能生活の経験がものをいって、直ぐにいつものスマイルを取り戻した。
『あ、ええと。はい、初めまして。
 じゃあ、相談内容を詳しく話してもらえるかな』
『……先ほど述べた通りだが。ったく、まあいいだろう。
 将来の結婚を前提に付き合いをしている人と同じ家で生活をしている。
 今年の五月五十四日の午後三時二十八分から同居を始めて、もはや六ヶ月と十四日二十時間以上が経過している。
 相手は一歳年下だ。同じ小学校に通っていたので、八歳の頃から知り合ったことになる。一時期音信不通だったが、三年前に再会して現在に至る。交際期間は累積すれば十年は超えるだろう。
 だが同居を始めたにもかかわらず素直さと愛らしさが無い。どうすれば妥当な解決が図れるか、具体的な提案して欲しい』

 ――――――。

 録画している会場はもちろん、見ている職員室までもが絶対零度になった。おそらく魔法の国の至るところで同じような風景が出現していたに違いない。聖典ブックラコイータ並の威力の寒波が一瞬で国を襲ったようだ。
 誰もが予想し得ないほどの傲慢さ。全国中継のテレビ番組で、長者番付二十位以内に入るこの司会者に対して、この口が聞ける奴の顔が見てみたい―――と一万人弱の思いが一つになるという奇跡が起きた。まあ、奇跡が起こったからといって現実が変わるわけではないのだが。
 その一方で人々は思った。今まで散々やらせ番組の悪評を立っていたけれど、あれ、嘘だったんだ……と。
『で?』
相手の空気を一切読まず、依頼人は返答を促す。
 おもむろにダポンはスプーンを置いて、立ち上がった。
『いや、で、と、言われても。
 ちょっと待ってて下さいね。今ボードに書いてみんなに説明するから。あなたは小学校の頃の、一切年下の相手と、数年前に再会して今付き合っているんだよね』
ボードに、依頼人、相手、と二つの単語が書き込まれ、その下に小学校からの知り合いと書かれる。
『違う。小学校の頃から付き合って……』

 プルルルルルル―――

 やたらけたたましい音が、依頼人の言葉を遮る。無機質で無特徴な単音。初期設定そのままの携帯電話の着信音だ。
 がちゃり。と独特の音がした。
『どうした? 珍しいな、お前からかけてくるのは』


 出るのかよっっっ!


 声にならない声が、魔法の国で一つになる。
 そもそも登場から神経そのものを疑いたくなるような人物であったが、電話で人と(中継中)話している間に出るとは……っ。相談役の人気コメンテイターは呆れてものが言えないという言葉通りの表情を作って固まってしまっていた。困惑した司会者は画面の外のディレクターとなにやら必死に合図を取り合っている。
 テレビの中で起きている無音の混乱に、おばちゃんと校長先生は吃驚してあんぐりと口を開いていた。頭の切れる教頭先生は、はっと何かを頓悟して首を回す。
 そこには、すでに若き特別講師の姿はなかった。

『お忙しいところ申し訳御座いません。
 特に大した用ではないのですが、今から二度と俺の前に現れないで頂けますか?』

口調は丁寧だが、内容は三行半以上の絶縁状。
 依頼人の驚愕が、電話と電波を伝わって国中に波紋の様に広がる。
『お、おいちょっと待てっ! な、ど、どうして』
『いえ、そんな……。
 この世から消え失せやがれとか心の底では切望していますが、そこまでは要求致しませんよー。嫌だなぁ』
あははは、と朗らかに笑う一方で、依頼人は慌てふためく。
 明らかに話がかみ合っていない。
 ―――だが、まあ、話は噛みあっていないものの、傍観している者たちにはその電話先の相手の感情は非常によくわかった。そして同情した。
『何を言い出すんだっ、突然っ!
 私が何かしたとでも言うのかっ!?』
しただろう。思いっきり。現在進行形で。
 なんてことが分かれば、多分こんな番組に電話をかけたりしないし、出演したとしてもここまで人に衝撃を与えることはない。
『ああ、そうそう。
 声も聞きたくないですから、喋らないで頂けるとこれ以上ないくらい嬉しいのですが』
相手の言葉につられて、はっと息を呑む音が伝わる。
 その瞬間、ぶっと回線の切れた音がした。
 修羅場という言葉がこれ以上ないほど良く似合う状況。その様子が、テレビを見て居る者全員にまざまざと目の前に浮かび上がった。
『お、おい。
 ネリー君っ!? どういうことだっ!?』
『どういうって……。アタシの名前出すの止めて下さい』
『君が、ここに相談したら良いと言ったじゃないかっ』
『ええ。
 先輩が悩んでいるようなので、恋の悩みでもなんでもこの番組にかけると上手く解消できますよ、とは言いました。
 マジで取り上げられるとは思ってなかったんですが。
 いやその前に、マジでかけるとか信じられないんですけど。
 言うまでもないことですが、こんな所に相談したら火を噴く勢いで怒りますよ♪ 普通。
 大変だぁ』
『何いぃぃぃぃぃぃ―――っっ!?』

 ぶっ。ツー、ツー、ツー―――

 電話が、切れた。
「はい。
 じゃあCM入ります」
正気を取り戻した司会者が、いつもの馴染みのスマイルを作って朗らかな声で告げる。
 そして画面は柔らかな柔軟材の話に切り替わったのだが―――
 がらり、と職員室の扉が開いてタヌキが戻ってきた。
「ダポン君、ど、何処へ行ってたのかな?」
教頭が眼鏡を動かしながら恐る恐る尋ねると、座りかけていた若き教師はにこりと微笑んだ。
「……ちょっと急用を思いつきまして、電話を。
 どうっっっっっでもいいくらい些細な用件なんですけれど、一応言っておかないと色々後々面倒なことになりそうだったのですみません食事中に席を立つのは行儀が悪いとはわかっていたんですけれど今思い知らせてやらねば勝手に暴走しやがるので―――」
「そうかいっ。わかった、いや、わからなくてもいいからっ! 言わなくてもなんとなくわかってきたからっ!」
言葉を遮られて一瞬不思議そうな表情を浮かべたものの、すぐに席についてスプーンを持ち上げ食事を再開する。
 教師たちは顔をあわせていたが、この場で言い出すにはあまりに勇気が必要で、仕方なく一人、二人と食事を再開した。ただ黙々とスプーンを動かし、無意味に重い沈黙が横たわる。賑々しい食堂のおばちゃんですら、教頭と校長に目配せをするものの、口を開くことができない。
 唯一テレビから聞こえるCMの甲高い声が響く。

 ブィィーブィィーブィィー―――

 静寂な空間に、携帯特有の振動音が響いた。
 ダポンは面倒くさそうな顔して、懐から携帯電話を取り出す。緑色の開閉式。三世代以上前の機種だ。ちかちかと振動に合わせてライトが光る。
 震えるそれを手に持って、数秒眺めていたが。

 ばきっ

 彼は大きく腕を振って、テレビへ勢いよく投げつけた。衝撃で画面の硝子が壊れ、振動音が止まる。その元携帯電話はぱらりと落ちると、下のゴミ箱へ上手く入った。
「……校長先生」
「ど、どうしたっ!?」
ターゲットにロックオンされた哀れな校長は、びくりと姿勢を正した。
「食事中テレビを見るのはやはり行儀が悪いと思うんですよ。
 ……ねえ」
抑揚のない声と鋭い視線で元生徒にきつく注意されてしまい。
 ―――今日ばかりは、校長先生も、大好きなやらせ(ではないことが判明した)電話相談番組を諦めなければならなかったのである。

 めでたし。めでたし。







MAIN  ・ BACK  ・ NEXT