[ [ [ Battle ―― TV vs Work!? 2 ] ] ]
「異議とかじゃなくって、無理なんですっ。もう、今すぐにでも帰らなきゃ遅れちゃうんですよ。
今日は見たい番組あるんですからっ!
『オキタの冒険! 人類未踏の密林、何があるその奥には。我々は発見できるのか、幻の生物ツチノコをっ』
先月から楽しみにしていたんですっ。絶対見るんですから、今日は仕事は一切お請け出来ません」
ぶち。
脳内で、そんな不思議な音をロジャーは聞いた。
今朝方厄介な事件が勃発し、その指揮を任命された。食事もままならない殺人的忙しさ。しかも下らない上層部と王族との対立相俟って、事態は難航の一途を辿っていた。人間関係の調整という最も無駄な作業に最も時間を割かねばならなかった。
そんな中で、研究部から頼み込まれて仕方なくロジャーは彼を連れて来たのだ。この囚人はロジャー以外の情報局職員による接触行為は禁止されている―――それを決めたのは、自分自身だから積極的に文句も言えない。
それにしても今のダポンの一言は、効いた。よく効いた。神経を思いきり逆撫でしてくれた。
額に数本の血管を浮かべながら、何度も何度も浅い呼吸を繰り返して気を落ち着かせる。
おぞましい形相。血走った眼。その憤怒は、流石に魔法が見えぬタヌキにも感じ取れたが、平然と見返していた。彼は、恐怖という感情が丸っと抜け落ちているのだ。
……だが、結局。
このエリート魔法使いにしては、非常に珍しいことに、懐柔策に出ることを選ぶ。精神的疲労が全てを億劫にさせた。
喧嘩をするのも、命令するのも、仕置をするのも―――何もかもが面倒だ。
「あんな三文番組、録画しといてやるから文句を言うなっ!」
忌々しそうに言い散らす。
が、エリートは失念していた。
ロジャーの予想と想像を超えるどころか裏切って反対方向に突っ走る、それがダポンという男なのだ。
「あのですね、三文番組だからリアルタイムで見ないと駄目なんでしょ。見つかった瞬間にテレビを見ていてこそ価値があるんじゃないですか。
録画なんて、流石にそこまで暇人じゃないですよ。
ていうかそれだけ暇ならば、金になる情報局の仕事を請けてもいいくらいだし。なので帰ります」
薬剤師が至極当然といった表情で言い切る一方で、わなわなと魔法使いの唇が震える。
ダンっ、と固い靴底で青い石床を踏み鳴らした。
「あぁぁぁ〜のぉぉぉ〜なぁっ!
だいたい、本当にツチノコが発見されていたらニュースで報道されているだろうがっ! 番組内で都合よく見つかるかぁぁっ!」
「そんなの、わかんないじゃないですか。
報道規制かかっているかもしれないし」
ぷうとタヌキは頬を膨らませて反論する。正論が通じる相手ならば、あの馬鹿げた番組を楽しみにするはずがないのだ。
このマメタヌキはどこか大人になりきれない部分があるのは、ロジャーもとてもよく知っている。攻めるならば、そこしかない。
仕事に急いで戻らなければとか、上層部を如何にして説得させようとか、そういう考えは捨てた。
放り投げた。
前髪をかきあげて、深い溜息を吐きながら見下ろす。
どこか必死そうな丸く大きな目。テレビ番組に間に合わなくなりそうで焦っているのだろう。
朝から溜って練り上げられたストレスは、もはやLv10の攻撃魔法10発分程度になる。この怒りは、そう、相手にとって最も『困る方法』でやり返さなければ収りがつかない。
ダポンは、仕事よりもテレビが楽しみなのか。そんなに気になる番組なのか……あはははは、そうなのか。
獅子は半眼に目を細めてほほうと嫌味っぽく呟いた。
腰元から携帯電話を取り出し、かちゃり、と開いて耳に当てる。
それだけの所作でタヌキの顔色が変わった。聡い彼は、男の行動の意味を一瞬で悟ったのだ。
ひしっと己の耳に手を当ててて塞ぐが、直接脳内に言葉が届いた。
”局に問い合わせて聞いてやろうか? 見つかったかどうか”
「ぎゃぁぁーっ!
止めて下さいっ、聞きたくありませんっ!
聞きたくないですぅっ! ワクワクして見たいんですっ!」
ぶるぶると首を振っても無駄な足掻きだ。
ロジャーが携帯のボタンを操作すると、もはや堪えきれなくなったダポンは一生懸命ジャンプをしてそれを必死に妨害する。しかし頭二つ分大きい男には届かないので、ぽかぽかとその腹を叩き始めた。
彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
一ヶ月。……一ヶ月も待っていたのだから、その番組を。
「あ。蜩テレビですか? セミナキ社長に繋いでください。
……ああ、申し訳御座いません。情報局エージェントの、ロジャーです」
「やだー! やだー! やだぁぁぁぁっ!
止めて下さい……止めて下さいってばぁぁっ」
服を掴んで引張るが、ロジャーは身を返して振り払う。
「……え? ああ、セミナキさん? ご無沙汰しております。今回は報道規制の話ではありませんよ、そんな固くならないで下さい。
いえ、今晩、七時に放映される番組なんですけれどね」
「結果を言ったら、口ききませんよっ! 薬も作りませんっ!」
「……おや、プロデューサーを? すみません。直ぐにお願いします……。
………………。
はじめまして、ロジャーと申します。情報局のエージェントをしております。実は今夜の放送される番組について二三質問がありまして」
もう、時間がない。
「わぁぁぁああああああっ!
もう、わかりましたらか、なんでもしますからぁぁぁ―――っ!」
にんまり
―――不気味な効果音が似合う、勝ち誇った笑みが浮かんだ。
小さなタヌキの目の前で、ぱちんと携帯を閉じた。話していた相手のことなどどうでもいい。
視線を下ろせば、うううぅぅ……と愛らしい声で呻いてダポンが上目遣いで睨みつけている。だが、蛙の面になんとやらだ。
何だか急に心が晴れとしてきた。活力が沸いてきた。今までの疲労感が嘘のようだ。これならばあの厄介な一件も片付けそうな気がする。
「ならばさっさと終わらせることだな。
……ツチノコが発見される前に終わればいいのだろう? まだ三時間はあるではないか。頑張れよ、優秀な薬剤師。
おい、私は別室で仕事をしている。
ダポンに話しかけたり触ったり五秒以上見つめた奴は減給の上暴力的制裁を加えるからな。話しかける必要が出来たら私を通せっ。以上だ」
周りに脅しをきかせてから、ロジャーはマントを翻すとさっさと出て行った。
元扉をくぐった後で、軽く呪文を唱えて壊れたはずのそれを一瞬で復元していってしまう。
しばらく出来上がったばかりの扉を見つめていたタヌキは、盛大に溜息をついた。今から仕事だなんて、間に合うかどうか。
……いや。一ヶ月も待ってたんだ。絶・対・見てやる。
「……どーして魔法使いのための薬なんか」
口ではぼやいたものの、いったん薬を作り始めれば彼は中途半端なものは作らない。その薬剤師としてのプライドにロジャーは信を置いている。
普段の情報局はどうせ古典的だから、ウワバミの肝とレーズドの実をベースにしているんだろ? 材料に糸目はつけなくていいな。なら、ちょっとは楽しいものを作ってやるか。
薬剤師の目にある種の輝きが浮かぶ。
まるで自分の研究室かのように、彼は奥の薬棚から次々と薬草とベースになる薬品を選び出した。高価な材料から廉価なものまで、そのあまりの多さに遠目で見ていた研究員たちは驚嘆の声を漏らす。種類が多くなればなるほど、薬の調合の難易度は上がる。殺人蜂の駆除にあんなにも使うなんて、聞いたこともない。
そして三時間という時間を一杯一杯を使ってエリートの期待以上の一品を作り上げた。
ロジャーの執務室で手に汗を握りながら番組を鑑賞していると、暇になったネリーやその友達から様々な情報局の職員まで来て。
何だか無駄に盛り上ってしまい、結局は、激怒したロジャーも含めて皆でツチノコが発見されるか番組を見守ったのである。
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