[ [ [ Battle ―― TV vs Work!? ] ] ]
夕陽に照らされた情報局の発着口に、一つの箒が物凄い速さでつっこんできた。
箒の上に乗るという非常に特異な走行スタイル。にもかかわらず、魔法使いは見事にバランスを取り、まるで魔法ジェット飛行機の如き速さで疾走してもぐらつかない。
しかし、発着場に止まるにしては彼の今出している速度は速すぎた。
急ブレーキをかけても、慣性の力で重い鉄の扉が眼前に迫る。
限られた狭い空間に、逃げ場はない。
ふう、と軽く息を呑む。
床すれすれで飛行していたある瞬間、左足に重心を移して右足を上げた。箒の先端は天井を向く。急な方向転換と加速度の向きとが相俟って、箒は大回転する。その頂上のところで取っ手を蹴り、黒いマントを翻して華麗に着地した。
サングラスを外して胸元にしまい、扉の前に設置された機械に顔を近づける。
「77777の7。ロジャー」
その声は息の乱れは一つもない。
だが。
彼が右手で抱えられていた人物はそうではなかった。
ダポンは目に渦巻きを浮かべて、非難とも呻き声ともつかぬ声を上げていた。
「だからロジャーさんの箒嫌なのに……嫌だっつってるのにぃぃぃ………………うあぁぁ、気持ち悪い」
『77777の7。ロジャー。了解しましたっちゅ』
解析の終った機械が鍵の言葉を告げると重苦しい扉が開かれる。そこにはすでにエレベーターが控えていた。
小脇にタヌキを抱えたまま、ロジャーは高い足音をたてて廊下を突っ切る。
運悪く彼らとすれ違ってしまった情報局局員たちは、その姿を見た途端、壁にへばりついて道を開けた。それは本能の動きだ。自分が死ぬなんて冗談でも思いたくないが、そんな想像が過ぎった。息が詰まる。滝のように汗が噴き出す。
ロジャーから洩れる殺気は空間を飽和状態に変えた。
そんな微妙な迷惑を振りまきながらも、地下三階の実験場に辿りつく。研究室ZZのプレートがついた扉は、情報局ではどこでも見られるように、取っ手の部分に音声証明とキーナンバーとの複合鍵が取り付けられていた。よく訪れる部屋ならばキーナンバーを暗記しているが、滅多に訪れない他部署なんか知っているはずもない。
ひくっ、と獅子の頬が引き攣る。
それを見ていたダポンは、手を動かして耳を閉じた。
どがっ!
扉は勢い良く開かれる。
中の研究員たちは手を止めて一斉に振り返った。
何せその扉は左右に開く形式であって、決して前後に動くはずはない。その有り得ない方向で、そこはぽかりと口を開けていた。……つまり、ロジャーの軽やかな魔法で破壊されたというわけなのだが。
ここまで殴り込みのように一直線でやって来た魔法使いは、部屋に入って数歩のところでようやく歩みを止めた。
ロジャーは、前触れなく話し始めた。
「蟲にのみ効く痺れ魔法Lv8を使用する。それを広範囲に分布させるような魔法薬を作って欲しい。効果範囲は直径10km、誤差は±0.01%。
明日、殺人蜂の巣を駆除するのに使うから急いでくれ」
「断ります」
「使うのは私ではないから、それなりに丁寧に作れ」
「嫌です」
獅子が腕を緩めると、すとんとタヌキは床に降りる。
彼は今までの会話の流れを一切考慮することなく、廊下へ戻ろうと扉のあった空間へ足を向けた。それを予想しきっていたロジャーは、身体ごと使って彼の行く手を阻む。
そんな小さな攻防が数秒続いて。
ロジャーさん、と薬剤師はさも不思議そうな顔をして尋ねた。
「耳、きちんと聞こえてますか?」
「お前だろうがっ、それはっ!」
苛つきが絶頂に達した魔法使いは額に血管を浮かべつつ即答した。
肉食獣科の彼が白眼で見下ろせば相当の迫力を持つ。さらに、魔法使いの戦士としてこの国の五本指に入る男だ。
だが相手も、そん所そこらそこらの豆タヌキではない。ワイヤーロープを束ねたよりも図太い神経をその小さな見に宿したある種のツワモノなのだ。
怯えたわけではないが、ダポンは数歩下がって距離をとり、顎に手を当てて考える。視線を見渡せば、情報局で一番大きい研究室の部署だ。二十人程度の下っ端研究員が魔法を作るための部屋。薬を補充に幾度も訪れたことがある。実はキーナンバーもきっちりしっているのだが、それは今は関係がない。
ロジャーが突然学校に来たときから、情報局がらみの以来だとは見当はついていた。
あーあ。今日は無理なんだから、あの時のあの場で断っておくべきだったけど……言う暇、なかったもんなぁ。
魔法の学校で放課後の特別授業が終わり、教室の扉を開いた。そうしたら、気配を殺したロジャーが聳え立っていた。もはやホラーのようなその顔に怯えた生徒たちの一人が絶叫し、幾人かが釣られ、最終的には教室中に恐怖の波が広がって阿鼻叫喚。それを慰めるよりも先に魔法使いの手に攫われて、窓から連れて行かれた。子供はまあ、一緒に別の先生が居たから良いと思う。
そしていつもの様に小脇に抱えられて、舌を噛むような早さでここまで連れてこられて。この部屋に入って初めてロジャーは口を開いた。
殺人蜂の巣は定期的に発生する。その対処の薬は、いつもは低品質で野暮ったい薬を情報局の薬剤師が自家生産してるはずだ。それを自分が作れということは、他の事件か突発的に発生して情報局の手が回らなくなったということか。
周囲の研究員たちは、いったんは驚いたものの今では各自の仕事に没頭していた。何だか微妙にみんな殺気立っているような空気がある。そして確かに、ロジャーからもなんとなく忙しそうな雰囲気が読み取れる。
―――だが、そんなもの、部外者の自分にとっては関係のないことだ。殺人蜂が暴れようと住んでいる地区にも魔法学校の子供たちにも関係がない。それに今日は、譲ることの出来ない事情がある。
「魔法薬なんかなくたって、殺人蜂の巣の一つや二つなんとかなりますよ。多分。
なーに、名前みたいに刺されても直ぐには死にませんし。
激痛で三日三晩身悶えるくらいでしょ。死んだらある意味伝説になれるからいいじゃないですか☆
じゃ。帰ります」
彼はいい捨て台詞を言ったつもりだった。
「異議は認めん」
が、きっぱりと上から断言されながら元の位置に押し戻される。
男の強固な態度に、ダポンは悟った。
はっきり言わないと、自分の意見が全く通らないことを。
覚悟を決めると同時に拳を握り締めて、先ほどよりも強い語調で叫んだ。
MAIN
・ BACK
・ NEXT