[ [ [ Hang in there! witches and wizards, ] ] ]
「……っく」
ミリーは喉の奥で呻く。ダポンも、ごくりと生唾を飲み込んだ。
焼け爛れた地面の上に、一球一球を上手くよける小さな人影。
遠目でも、マントに少しも敗れた様子はない。
無傷、ということだ。
やはり、予想していた通り、侮ることは出来ない化け物が相手なのだ。
ミリーが攻撃を止めたのに気づいて、五人がロジャーへ向かうが、その半径数メートルに入ることすら出来ないで打ち落とされる。
ロジャーの箒が、ある地点でぴたりと止まった。
腕を組み、首を上げる。
余裕綽々といったその笑み。―――かかって来い、ということだ。
「ダポンっ、行くわっ」
「わかってますっ!」
顔に似合わず好戦的な二人は、その挑発を流せない。
桃色の箒が墜落するよりも早く地面へ下りてくる。迫り来る攻撃魔法を回転でかわし、狂的な飛行をミリーは繰り広げる。ダポンは捕まりながら次の攻撃の用意をした。
ロジャーは左手を軽く動かした。
彼の目の前に緑色透明の壁が現れる。
ダポンは真空入りの魔法薬の瓶の封印を二つ同時に解き放つ。風で場は乱れても、今回は不意打ちではなかったので、二人ともしっかりと飛び続けていた。だが地面の土埃が舞い上がり視界は格段に悪くなる。
落下する直前、ミリーはダポンから魔法刀を受け取っていた。
クリーム色の柄にピンク色花模様をあしらったそれは、彼女愛用品。通常でも一軒家程度は一刀出来る切味だが、ロジャーに見つかる前にダポンに手渡して威力を倍増させるよう指示しておいた。彼は魔法薬の調合だけではなく、実は魔具の調整と改良も得意なのだ。ようやくその改良が終わった。
ミリーの手に触れた瞬間、眩い光とともに刃が現れる。
ロジャーの防壁は一薙ぎで粉砕される。
それはロジャーも予想済み。軽く箒を揺らして全身で避ける。ダポンの手が加わった魔具のレベルは予測不可能だ。彼にかわされたミリーの一撃はそのまま大地を引き裂いて山を打ち崩す。
ミリーは重さを感じさせないほどの速度で斬撃を繰り出すが、相手は実に軽やかな動きでそれをかわす。
「やりますねー」
完全傍観者の声が、ロジャーの後ろから聞こえた。
……後ろ?
戦いに没頭していた二人は、その違和感に瞬時に気がついた。
ダポンは、どうしたことだろう、ミリーの箒からロジャーの箒に移っているではないか。そして、ロジャーの足をぐいっと両腕で掴んでいる。バランスを失う魔法使いに、ミリーは容赦なく斬りかかる。
時機を伺って回りで控えていたエージェントたちも、一気に集まった。団子状態に揉まれても箒から落ちないのは、流石情報局一のエリートだ。
「っぐ」
ロジャーの声から漏れる呻き声。
だが、彼の抵抗は長くは続かず。
最終的には、青の薬を服用した魔法使いの一群によって、ロジャーは地面に捕縛されたのだった。男の抵抗が始まる前に、彼の上に馬乗りになった狸は手馴れた速さで黄色の薬を口に押し込み、ミリーは一拍の間も空けずに魔法をかける。
ツーとカーのコンビプレイ。
そこまでして、漸くロジャーは意識を失ったのだった。
*****
一人の魔法使いを囲んで、ふらふらと危うい飛行をして全員が集まってきた。
辿りついた者から、地面に倒れこむ。
もう、魔力も体力も残っていない。
膝は震え、肩で息をつく魔法使いたち。全身から汗が噴出すが、それを拭う力はない。大の字で寝そべって、空を見た。見事な大空だった。
魔法の箒で情報局に戻る、その単純な動作すら躊躇うほどの疲労感。しかし同時に、なにやら清清しい気持ちが彼らの心を占めていた。
息が途切れて声が出ないが、首を回し、互いに目と目で会話してその感動を分ち合う。
やった……!
俺たち、あのロジャーを退治できた……っ。
やったな……やったんだよ!
言葉なんていらない。
みんなの気持ちは一つ―――
「……あーあ。やっと終わった。
ったく、いい加減にして下さいよぉ。情報局が問題自家生産してどーすんですか」
思いっきり水を注す言葉が横から入る。
声を上げたのは、小さな狸。
しかも彼はあれだけの激戦の後だというのに、汗一つかいていないでそこで立っているではないか。いつもの通りの他者への無関心な顔をして、やれやれと肩を竦めて倒れこむ魔法使いたちを見下している。
まるで、自分は巻き込まれたといわんばかりに。
え……な、なんでそんなに動けるの……あなた。
と、若いエージェントは内心ツッコむ。自分たちだってこれだけ疲弊しているというのに、タフなんてものじゃない。魔法は使えないというあの設定は本当なのか。
「あーら。面白いこと言うじゃない」
その声は、魔法使いたちの上から聞こえた。
太陽の光を背負って、降りてくる一人の魔法使い―――ミリー。
動けない人々は、ミリーが動けるというその事実に再度声にならない悲鳴を上げる。
実は、周囲の状況を確認するために上空を飛んでいたのだ。彼女はダポンの傍で降り立つと、丸い頬をつまむ。脅すようにふにふにと其処を揉み始めた。今は痛くない、が、力を込められたら絶対痛い。
「この口は面白いわねー。
――――――――――――…………殴るわよ」
だが、脅されて引くような殊勝な性格の薬剤師ではない。そんなんではロジャーと同居は出来ない。
黒い笑いを浮かべて、ダポンは口を開く。
「はぁん?
では、ミリーちゃんが、お姉さんの『正体』を知ってしまって良いとおっしゃるおつもりで?」
「正体ってなんのことかしらぁ? この辺り一帯を崩壊させたくなるくらいに暴走したくなるような不穏な言葉をはかないでくれる、ダポンさん」
「やれやれ」
数分前までは恐るべきコンビネーションを見せていた二人は、いまや丁寧語で罵り合いを始めている。新たな紛争のネタが生まれ始めている。
疲れきっていた魔法使いたちは逃出すことも出来ず、かといってそれを止める気力も湧かない。なんでこの二人は元気なんだ、なんて当然な疑問も浮かばない。
彼らの脳内で、この豆狸の評価は完全に変わっていた。
魔法の使えない落ちぶれ薬剤師から、強烈悪逆な薬剤師兵器へ。
それを言っても本人は喜ばないだろうが、とにかく彼らは一つのことをはっきりと自覚した。ロジャー、ミリー、そして、ダポンという三人が今魔法の国にいて、しかも情報局にいるのだ。この国を揺るがすような大事件が起こるとしたら、犯人は彼ら以外に存在しえるだろうか?
……魔法の国の平穏は、俺たちの手にかかっているんだなぁー。
空を見上げる遠い目。
その目尻にじわりと浮かぶ涙。
有り得ない量の火薬をつんだ時限爆弾を抱えていることを自覚した人々は、その透き通った青空よりも空しい気持ちを味わっていたのである。
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