[ [ [  Hang in there! witches and wizards,  ] ] ]

 
 ミリーの姿を見つけて、森の奥底に隠れていた狸はひょこひょこと姿を現した。
 エージェントたちはその姿へ気がついて、箒で降りてくる。
 東の上空では凶悪な魔法使いが掃討作戦を展開しているおぞましい音がこちらまで伝わってくる。無機物のみに作用する攻撃魔法だから自分の怒りのまま力のままに遠慮なく撃ち捲くっている。あれに巻き込まれたら無傷ではすまないだろう。
「ったく、相変わらず情報局は使えないぁー」
ぴょこぴょこと出てきた狸の第一声は、それだった。
 箒に乗っていた魔法使いたちの頬が、一瞬で引き攣る。
 慣れたミリーは特に不機嫌にもならなかったが、その一言を聞き逃してやるほどの人格者でもない。ダポンの顔の側に飛びながら近寄って、笑顔で脅迫。
「生贄になりたいなら止めないけどー?」
が、狸は怯えない。
「嫌ですよ。
 で、何があったんですか?」
「あったっていうか……あなたの会社のサイトを見てああなったのよ。
 …………それ以上に説明いるかしら?」
チロリンと流し目で視線をやると、嗚呼と薬剤師が声を上げて手を叩く。
 彼自身も、あれはロジャーの怒りを誘う行為だとはわかっていたらしい。
 ならばやるな、と他のエージェントたちは全員で内心ツッコむ。
 彼らは命を懸けてこの下らない事件の始末をしなければならないのだ。
「仕事中に何を見てんですか。職務怠慢」
「休憩時間よ。
 いいかげん、ロジャーさん揶揄うのは程ほどにしてよ。こっちは大迷惑なんだから」
「えー。私が悪いんですかー。
 ……サイトにちょっと当てはまるよーな表示があっただけで怒り出す方が問題あると思うでしょ、普通?」
「思わないわよ。
 どうせあんな注意書きあってもなくても、サイトで見つけたら、先輩買うんだから。無意味な注意書きを作ってわざわざサイト上で喧嘩売ったんでしょ? 相変わらず根暗な嫌がらせが好きねぇ。
 ……仕事増やしたんだから手伝いくらいしなさいよ」
ひらりと手を伸ばすと、その意志はあったのだろう、ダポンは懐を探って赤、青、黄色の三本の薬を差し出した。
 ミリーは青の薬を近くの同僚に手渡し、赤の薬を自分で開封する。10cc程を手にとって体内吸収の呪文を詠唱する。薬は一瞬光を帯び、直ぐに掌に吸われて消え失せた。たった数秒。腕の良い薬剤師の作った薬でなければこうはいかない。
 攻撃魔法の威力を高める赤の薬。
 魔法使いの捕獲用呪文の速度と威力を上げる青の薬。
 特定の記憶を失わせる黄色の薬。
 ―――ダポンが最も得意とする『証拠隠滅』セット。ミリーも昔何度かお世話になったことがある。
 自分の分が終わると、高度を上げて他の男に渡す。次々に魔法使いたちはダポンの薬を吸収した。初めてそれを使用した者は僅かに声を上げた。こんなにも、鮮明に効果が出る、魔力増強剤は見たことがない。自分の体内で魔力が膨れ上がり熱を帯びるのを魔法使いたちは自覚した。
 ミリーは、ゆっくりと地上へ降りてきた。
 その意志を悟ったダポンは一瞬眉間に皺が寄る。
「ほら、乗りなさいよ?」
予想通りの言葉。しかも彼女は、受け取ったばかりの黄色の薬をダポンにつき返して笑っている。お前も手伝え、と彼女の心の声がダポンの脳内に直接響く。
「ええーっ」
「あたしたちが負けていいのかしら? 先輩に」
「……卑怯者」
悔しそうに呻いてから、狸は渋々と箒の後ろに跨る。
 幼馴染の二人はもう判り切っていたが、他の魔法使いたちにはダポンの必要性が理解できなかった。何故こんな魔法も使えない役立たずを、わざわざ戦場に呼ばなければならないのだろうか。
 その上、ミリーは情報局の一位二位を争う美人で、性格は明るく、しかも強い割には驕ったところがない。後輩たちには憧れの的。嫉妬という黒い感情が嫌でも沸き起こってしまう。

 使えない、足手まといがっ。

 数人は感情が表に出て、面白くなさそうに眉根を歪めた。
 だが狸はしれっとした顔をして、ミリーの箒を両手でしっかり握り締めている。
「……手伝うからには、ちゃんとやって下さいよ」
と、ぼそり。
「やるわよ。
 ああぁ、久々に腕が鳴るわ。
 こういう緊張感―――……堪らないのよね」
その声を聞いて、ダポンは内心盛大に息をついた。
 外面用の高音の声と違う、本能に忠実になった瞬間のみに現れる声。
 戦闘欲求だけが身体を動かす、本物の戦士。
 にたり、と口角が上がる。
 それが合図だった。
 箒がおぞましい速さで飛ぶ。ダポンは目を見開いて速度に身体を慣れさせるのに精一杯だ。無駄に口を開けば舌を噛む。後ろから遅れてエージェントたちが着いてくるが、どうせ追いつけまい。
 ピンク色の箒が一番に来ることはロジャーも想定していた。
 だが、その後ろに、自分の目的たる人物の姿を見つけたことは、予想外だった。
「ダポンっ」
憎憎しげに睨み付ける。
 声と共に膨れ上がるオーラの一部が、ミリーに向かって飛んでくる。炎の塊の速度はロジャーの怒りと比例して早い。
「防御をっ」
「了解しましたっ」
ミリーは迫り来る攻撃に全く躊躇することなく真っ直ぐ突っ込んだ。
 ダポンが取り出した粉塵状の魔法薬は、封を切った瞬間に二人にまとわり付き、その周囲一メートルに入った魔法を無効化する。それは非常に効果的な薬だが、それを使用している間はミリー自身も攻撃が出来ない。彼女が攻撃するのは防御を完璧にして十分に近づいてから、一気に撃ちこんでくるのだろう。
 ロジャーはそこまで読んで二人を引きつけていた。
 ―――絶対外さない位置に連れ込んで、叩きのめすために。
 男の唇が小さく動くのを見て、ダポンははっと気づく。あの詠唱時間、普通の魔法ではない。
「Lv8以上の攻撃魔法準備を確認。
 箒の速度を上げてもかまいませんかっ!?」
「頼むわっ!」
ダポンは左手の裾から魔具を取り出し、一瞬で必要な薬を器具に注ぎいれる。その先を箒のもち手部分に刺すと、その瞬間からぐんと速度があがる。
 ミリーは逃げることだけを集中した。
 ロジャーがLv8以上を使う、ならば安全距離はかなり遠い。
 悪魔のような男の横を箒が通り過ぎ去り、ロジャーの髪が僅かに揺れた。
 ―――次の瞬間。

 ごがぁぁぁぁぁっ!

 二人の居た場所の下の地面が、上空数十メートルまで打ち上げられる。
 あのままの速度で飛んでいては、多量の土砂に吹っ飛ばされていたに違いない。
 軽く舌打ちして、ロジャーは首を回す。
 予想通り、ミリーたちは半回転してこちらへ向かってきている。Lv8の魔法を見ても怯むような二人ではないことはわかりきっている。
「殺されたいか?」
容赦せん。
 見開かれた赤目が、ぎらりと光る。
 ロジャーは箒を滑らせた。箒の上に立っているとは思えないほどの安定した状態。真っ直ぐに伸ばされる右手。

「来ますよっ」
「任せて!」

 注意しあう二人。
 ロジャーは、魔法攻撃ではなく召還魔法を用いた。炎を弾は先ほどと同じようだが、これは歴とした『物理攻撃』だ。ダポンの薬では防げない。
 だがダポンももうとっくに無効化の薬を消していた。一度見た薬を、ロジャーが対策を練らないはずがないのだ。
 ミリーは両手を真っ直ぐにさし伸ばす。手から次々に光球が現れてロジャーの炎を打ち消していく。箒が不安定になるのは後ろの狸がバランスを取る。
 今の散弾的攻撃を防ぐのは問題ではない。
 それよりも、向かってきているロジャーとすれ違う、その一瞬が危険だ。ミリーは今の攻撃を防ぐのに手一杯でどうしても遅れる。ロジャーとミリーの攻撃魔法の繰り出す時間差は、コンマレベルの差がある。―――そう、超えられない絶対の差がある。
 ダポンは即座に状況を分析して、新たな薬を手に取る。

 粉塵の煙が切れた瞬間、赤紫色の光が見えた。

 ダポンは咄嗟に封を切っていた。

 真空を生み出す強烈な魔法薬。
 強烈な風に二人乗りしていた箒のバランスが崩れる。だが迫ってきていた破壊者にも非常に効果的だった。間近まで迫っていたロジャーの箒が、一気に失速して地面へ墜落する。
 ミリーは地面に向かって容赦ない攻撃を撃ち尽くす。この高さで落ちたくらいでどうこうなるロジャーなら、始めから敵ではない。ドラゴンを想定して戦っていてもまだぬるい。
 彼女の魔法で、土煙が二人の所まで上る。
 だが、ミリーは攻撃の手を緩めない。しつこく、何度も、徹底的に地面を焼き尽くす。

 強い風が吹いた。

 味方のエージェントたちが視界を良くする為に送ってくれたものだ。
 晴れる視界。
 眼下に広がる焼け爛れた大地。
 ―――其処に現れた有り得ない光景に、二人は思わず息を呑んだ。


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