[ [ [ Hang in there! witches and wizards, ] ] ]
「……あれ?」
水晶を動かしていた男は、おもむろに声を上げた。
彼も。
今まで買ったことのある男たちも。
そして、今初めてサイトを見た者たちも。
初めてあることに気づいたのだ。
淡々とした説明文の下に、一文があることに。
『情報局員でライオン族で融通の利かない頭文字Rの方は販売禁止』
そんな、全国向けのネット上で特定一人に喧嘩を売るな、迷惑だから。
……と、誰ともなく思った。
ロジャーを中心に食堂の気温が二三度低下した。
同僚たちは気まずそうに顔を見合わせて、そして、運良く外側に居た者からこそこそと戦略的撤退を始める。魔法使いでも選ばれた者しか情報局には来れない。ゆえに、この状況の危険度は肌で察して理解できる。
恐怖の元凶はいまだに水晶の作り出した画面を睨みつけていて、そのまま動かない。
賑やかだった食堂の空気が一変して、その異変は遠くに座っていてミリーも気がついた。彼女はトレイを返却するときに少し遠回りをしてロジャーたちの座る人だかりへ首を伸ばした。
ひょいと画面を覗き込む。
ダポン薬局の通販の頁―――そして、例の一文。
素直な彼女は、その性格どおり、思ったままを述べた。
「うわー。
先輩、めちゃくちゃダポンさんに嫌われてますね。何したんですか」
ぱきん。
澄んだ音がして水晶が真っ二つに割れる。
ロジャーが魔法を唱えた様子はない。ということは、呪文詠唱なしにこの硬い石を砕いたことになる。ミリーは驚かなかったが―――それは、小学校の頃から見ていたからだ―――他の同僚たちは驚愕のあまり声が出ない。
それは言ってはならない一言。
時が止まったような世界の中、エリート魔法使いは自分のするべき行動を開始した。
珈琲カップを食べかけの弁当箱に詰め、その蓋をしめる。中から聞こえる、カップの人生の終わる破壊音。だがロジャーは何事もないような顔をして、当然の様にその弁当箱自体を『折りたたんだ』。……決して、そういうための箱ではない、のだが。彼の恐ろしいところは、その有り得ない怪力を呪文詠唱なしにやってのけてしまうところだ。
大きなホールの食堂なのに、不気味な程の無音状態。
ミリーが冷たい目で見つめる前で、右手に収まるサイズになったそれポケットに詰め込む。それから、ロジャーは静かに立ち上がった。
空中に箒を呼び出し、軽やかにその上に両足で立つ。
実は館内は箒走行は禁止なのだが、一体誰がその正論をこの男にいえようか?
全員の目が点となる中、ロジャーは一陣の風となって消え去った。
『…………はぁぁあ〜』
全員一斉に、息を吐く。
魔法大戦開始直前のような緊迫感に、まともに息すらできなかった。
心臓の弱い数人はその場で蹲ってしまった。
「ふう」
一人元気なミリーは、一仕事をやり終えたような爽快感を感じながら額を拭う。その爽やかな表情に、自分の水晶が壊れて悲鳴を上げていた男が非難の声を上げた。
「な、なんでミリーさん、あんなことを言うんですっ。
俺の水晶割れちゃったではないですかぁぁぁ。
高かったのにーっ! 最新式だったのにぃぃぃ―――」
「後で先輩に言えばもっと良い水晶貰えるわよ。お金は湯水ように使えるくらいあるんだから。
それに」
彼女はすっと窓の先を指差した。
周囲の注目は、その指先に注目する。
情報局の広い食堂は半分がガラス張りで、魔法の国の遠くの景色が一望できるようになっている。青空の下、森が広がり、その先に街があり、さらに遠くには山が見える。厚い硝子に区切られて音が聞こえない景色は、まるで作り物のように現実感がない。
だが。
その山の付近で爆発が起きるのが見えて、全員の顔が引き攣った。
「どうせ壊されるなら、郊外の方がいいじゃない」
皆が揃って深い深い溜息をつく。
事件が起きた、ということは仕事の発生の合図だ。
しかもどうやら、魔法の国一の魔法使いを相手にしなければならないらしい。暴走しているアレは正直どんな化け物よりも手ごわい。
「まあ、お昼ご飯が終わったら、食後の運動に頑張りましょうね」
白い長袖を纏い、愛らしい帽子をつけた魔法使いはトレイを持ち上げて、ばっちんとウインクをした。
垂れ目に特徴的な長い睫。姉御肌と愛らしさを危ういバランスで持つ彼女がこんな真似をすれば、いやでも男たちのテンションが上がる。
よぉーし、頑張るぞーと声が食堂のあちらこちらで声が起きた。
だが一方で、彼女は女性職員からも絶大な人気があるのだ。特にミリーがロジャーを張り手をして叱ったという噂がその人気に拍車をかけた。
「ミリー、私たちも手伝うわ」
「頑張りましょう、先輩ー」
わらわらと彼女の周りに人だかりが出来る。
「はぁ。ロジャーさん相手なんて、大変だなぁ〜」
「……あの人の攻撃能力と射撃能力、半端じゃないものね。この前の能力調査結果の数値聞いた? 人じゃないわよー」
「大丈夫、隙を攻めれば先輩だってなんとかなるわよ」
不安がる後輩たちを安心させるためにミリーは苦笑し、そして、腹に息をためる。
拳を天上に突き上げて、声を張り上げた。
「よーし。じゃ、みんな行きましょう!」
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