[ [ [ 狐只今半泣中。 ] ] ]

「袴……返せよぉぉ……早く返せっつってんだろ……っ」
「ふんっ。いい眺めだな」
「っひく……なんで…、こういうことすんだよ……いきなり」
「―――こんな山の中とはいえ、ここは紅葉で有名な山だからなぁ。
まさか紅葉を見にきたつもりが、こんな淫乱なキツネが誘っているところに出くわしたら皆さぞかし驚くだろう」
他人が来る可能性をそっと示唆してやれば、恋人は面白いように顔色を失う。ゾロリはきゅっと内股を閉じて再び先ほどと同じような不明瞭な非難の声を上げた。イシシとノシシには、キノコ狩りに行くから夕方まで戻ってこないト連絡している。助けはどれだけ待っても来ないだろう。
人一人殺してきたような冷たい目をして、ガオンは口を開いた。
「そろそろ素直に吐いたらどうだ?」
何度目かになるその問いかけに、ゾロリはまた同様に何度目かになる返答を返す。
「浮気なんか俺様してねえっつっただろっっ!
なんでいきなりそんなこと聞くんだっ」
「煩いっ! まだ言うかっ。
お前、俺が見てないからといって何もわかってないと思っているのだろう? ……甘いな、お前の行動は全て把握しているんだ。
この街に入ってからお前のした会話は一つ残らず録音している」
「それだけ見張ってんなら俺様が何もしてないってわかるだろがっ」
目じりに溜まった涙をぼろりと雫を地面に落としながら、半裸の大変情けない格好のままきっと睨みつける。……睨みつけるが、迫力がないことは本人も十分自覚している。ただ素直におとなしく弁明する気にはなれないのだ。多少後ろめたいことがあるならわかるが、今回ばかりは完全に無実である。
手荒く扱われたことに対する腹立ちと、信じてもらえない悲しみとが綯い交ぜになって感情が高ぶる。
その反抗的な表情に、オオカミはぶちっと切れた。
「どうしても俺を怒らせたいのかっ、ゾロリっ!
この街について十分もしないうちに、ジェニーという女にあれだけ愛の言葉を語っていただろうがっっ!」
彼の言葉を引き金に、ガオン博士特製の盗聴レコーダーが録音されていたそれを流し始める。
Janie,Don't you take your love to town
Janie,Don't you take your love to town
If I've got to beg,I'll just don't walk away .....
その声は間違いなくゾロリだった。丁寧に彼の言語で訳すれば、確かにそれは愛の言葉だ。それもへたれ男がいとしい彼女にかけて流す熱烈な。
……二時間前、朝の一杯を堪能しながら空を見上げているうちに、ちょっと感傷的になったゾロリが歌ったときのものだ。
キツネの顔色が変わった。それは勿論、浮気がばれたせいではない。
あまりにも下手だったからだ。
歌ったときは気分良く高らかに声を張っていたが、正直、録音したそれを聞くと自分が思っていたよりも上手くは無い。ストレートに言ってしまえば、下手だ。ふんふんと鼻で調子をとっていたのが酔っ払いの親父を連想させる。
そういえば、ウエイトレスがちょっとこちらを見ていたのを思い出す。俺様の歌声に聞き惚れたか、と思っていたがそれは間違いだったといま判明する。……きっと面白かったのだ。
ガオンはバイリンガルだから、ゾロリの歌を聴いて独り言と勘違いをしたのだろう。勘違いにしては無理がありすぎるようなきもするが、ゾロリに関するガオン脳は普段の一万分の一も働かないので仕方がない。それに加えて彼の歌は歌とは思えない程のものであることも事実だ。
目の前でオオカミは鬱々と心情を吐露しているが、ゾロリは先ほどとは違った意味で顔が赤くなった。
あんなに気持ちよく唄っていた歌が、こんな酷いものだったなんて……。穴があったら入って埋まりたい。タイムマシンを開発してうたっていた自分を殴りつけたい。
「…………ガオン、それ、歌なんだ」
ぼそりと俯いた恋人が低い声で言った。
え? とガオンが振り向くと、黄色い可愛らしい耳がくしゃりと倒れる。
涙が本格的に止まらなくなった。次々に零れ落ちる雫が地面に吸い込まれる。
恋人の豹変ぶりにガオンの怒りは一瞬で霧散した。
「歌って…………お前、歌を歌っていたのかっ!?」
それは純粋に疑問だったが、今のゾロリを爆発させるには十分の起爆剤となる。
「どうせ俺様音痴だもん。
音痴なんだもんっ。歌唄っても言葉に聞こえるくらい音痴なんだろっ。知ってるやーいっ。わかってるやぁーいっっ!
うわぁぁあぁああ―――ん、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
今まで堪えていた感情は火薬となり、すぐに声を上げて大泣きし始めてしまった。ガオンは狼狽するが、そんなこともお構いなしにゾロリはわんわん泣く。真っ直ぐに歩けないゾロリを支えながら、二人は寄り添って街に戻った。
その後、恋人の機嫌を直すために一週間毎日ガオンはゾロリに土下座して謝り倒し続けたのはいうまでもない。
※ Jon Bon Jovi "Janie, don't take your love to town"です。
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