[ [ [  あ、あのさ。今から謝ったら止めてくれる? 3  ] ] ]


 「……よかった。ゾロリさんもお元気になられて」
「いやぁ、まあぁ。
 そんなこのくらい、イタズラの王者のこのゾロリ様にとってはよくあることですよぉ。それより、美しい看護婦さん、お名前は?」
「あ、え、リュートと言います。
 今年卒業したばかりなんですけど、ゾロリさんみたいな明るい患者さんとお仕事できて嬉しいですわ」
目が覚めたときは、もう、午後の日差しが弱くなっていた。多分、三時くらいか、と旅で鍛えた感覚が告げる。ゾロリが目を覚ましたとき、偶然にも見回りに来た看護婦と目が合った。彼女は患者が起きたとわかるとすぐに新しい寝巻きと点滴一セットを持ってきてくれた。
 点滴を用意している看護婦が後ろを向いている間に、ゾロリは刹那で着替える。着替えはいつもの変身で慣れている、マントをひらめく一瞬で頭から足の先まで変われなければ、イタズラの王者にはなれないのだ。その様子に彼女は驚き、そして笑ってくれた。そして冒頭の和やかな会話へと繋がるわけである。
「ええと……あの、点滴、良ろしいでしょうか?」
おそらく注射の話を聞いたのだろう、遠慮がちに声をかける。身体は元気になっていた。筋肉が衰えていたので多少ふらつく感はあるが、もう大丈夫だ。
 ふん、とゾロリは鼻で息を吹いて胸を叩いた。
「なーに。
 点滴の一本や二本、三本四本あってもこのゾロリ、ちっとも問題ありませんよ。貴方が私の恋心に刺した針のほうがもっと大きな問題です」
「え?
 あ、はい。じゃあ、右腕を……ありがとうございます。ぐっと握り締めてください。ちょっとだけちくっとしますからね」
リュートは優しくゾロリの手首を押さえて、反対の手で肘の辺りを摩る。その丁寧な仕草に、ゾロリはいつもの癖が出た。

 ああん。こんな優しく握ってくれるような、お姫様がいたらな〜。俺様毎日注射されてもいいなぁ〜。

 とろりと表情が溶ける。
 患者がリラックスしたのを肌で感じたリュートは、覚悟を決めた。
「えい」

 えい?

 疑問が浮かび上がると同時に、激痛が、脳天から尻尾の先まで通り過ぎた。喩えるならば電流。だが電流と違って、痛みの余波が何度も何度も襲ってくる。彼女が蜻蛉針の持つ部分を揺らして、近くにあった神経を刺激しているためだ。
「あれ? あ、違った。
 すみません」
リュートは不穏な言葉を言いながら慌てて抜く。だが、小休止が入るかとおもいきや、そのままの流暢な動作で近くの場所を再び刺した。
 抜いた瞬間に緊張が緩んだゾロリに、その刺激は予想外で想定外。


「ぎゃぁぁぁぁ―――っ!」


 恐ろしい声が病院を震わせた。


 *****


 新人看護婦と点滴と寝台で丸くなる狐。
 ―――何が起きたのか、優秀な博士の脳は一瞬で推理し、そしてそれは事実と寸分も狂いがなかった。
「あ、あの、ゾロリさん?」
狼狽するリュートの目の前で、もう未来のお姫様候補とかそういう考えは一切なくなってしまった狐が大泣きしている。枕をかかえ、ばたばたと振られる尻尾。

「やだー注射やだー。
 嫌いー痛いーっ! 
 俺様注射だけは絶対やだぁぁぁぁぁ―――」

 ガオンは額に手を置いて、大きく大きく溜息をついた。
 合掌。



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