[ [ [ オラたち、悪いことはしないだ。 1 ] ] ]
ガオンの目の前には座っていたのは、小さな双子のイノシシだった。
ちょこんと腰掛けながら、不安そうな上目遣いで彼を見る。それもそのはずで、二人の傍にはいつも頼りになるゾロリの姿がなかったのである。
昼食を小さな食堂で食べている時、『町で一番大きいレストランに来い』と書かれたイシシとノシシ宛の手紙がウエイトレスから手渡された。ゾロリはその可愛いウエイトレスに夢中で、気軽く「行って来いよ。俺様、今すっごく忙しいし。夕飯までには帰って来るんだぞー」と言ってくれたので二人は早速店に訪れた。
店の名前は書いていなかったが、場所はすぐにわかった。
どの地図でも、誰に聞いても、この街で一番大きいレストランといえばすぐに教えてくれたからである。
始めは監視役のいない自由な気分にはしゃいでいた二人だったが、店の前に来て怖気づいた。あまりにも―――予想外にも―――大きかった。しかもそこは大きいだけではなく、一般人が店の前の通りを歩くのですら憚れるくらに豪華絢爛で、幼い二人ですら自分たちが入るのは場違いだと自覚した。だが帰ってしまうのも勿体無くて、店から斜め離れた曲がり角でこっそり覗いていると、そこに黒尽くめの男がやってきて店内へ案内された。
金で塗装されたエレベーターに乗り、二人は四階へ連れてこられる。一階には多くの客がいたが、その階にはいくつかテーブルがあるが客はたった一人しかなかった。
スラリと伸びた足を組む様がこれ以上になるくらい絵になる男、狼の王子でゾロリの敵、ガオン。双子は思わぬ人物の登場に、不思議そうに顔を見合わせた。
「そんな所で立っていないで、さあ、座ってくれたまえ」
ガオンの手の先には二つの椅子がある。
子供用の椅子で、それに乗るとイシシの目線とガオンの目線が同じくらいになる。
慣れない雰囲気に緊張しているのか彼らは今まで見たことがないくらいに縮こまっていた。不安げにゆれる四つの瞳に、ガオンは頬を緩みそうになるのを必死で抑えた。とても、可愛らしいと思う。
「いきなり呼び出して悪かった。
今日は君たちに用があってきてもらったんだが」
「……ゾロリ先生じゃなくてでか?」
滑らかな口調で話し出そうとする言葉を、イシシが遮った。
ガオンとは幾度か合ったことがあるが、そのたびにゾロリに勝負を挑んで負けて帰るという印象しかない。しかも親父ギャグ対決をかまして何度か氷漬けにされた嫌な記憶だ。とにかく、彼に用があるとしたらゾロリ先生相手だと思う。
確かに手紙はイシシとノシシ宛になっている。が、間違えたのかもしれない。―――そんなことを考え始めると、不安で不安でたまらない。
膝の上の小さな手をもじもじとこすり合わせながら、小さく、彼はまた呟いた。
「オラたちなんだか?」
相手はさして不快そうな顔もせず、優しく微笑んでいった。
「勿論だ。いや、君たちでなければならないんだ」
ガオンの一言に、目に見えて二人が安心する。
「この街に遊園地があるのはしっているか?」
「ゆうえんち?」
ノシシは横を向くと、イシシは「お前知らないだかぁっ!?」と大きな声をあげて椅子から落ちそうになるくらい大仰に驚く。
逆に弟は兄の反応に驚いて椅子から落ちかけた。
「ここの遊園地は有名だぁ!
前の町でも沢山ポスターがあっただ。
『アクエリ 水の都遊園地』。プぁルやジェットコースターや、百メートルもある滑り台」
ばんばんっ、と机を小さな手で叩いて相槌を打つ。その語り口調はまるでどこかの談話師。ノシシはすぐに食いついた。
「百メートルの滑り台っ!?」
「そーだ。
しかも美味しいパフェの館があって、百種類のパフェが食べれるだそうだ」
「パフェっ!
お、オニギリ味のパフェもあるだかかなぁ」
「あるだ。きっとあるだ。オラはメロンパン味のパフェが食べたいだ。
しかもそれだけじゃないっ!」
イシシはハラマキに手を突っ込むと、そこからくしゃくしゃになった一枚の紙を取り出して弟につきつける。
パフェの館の隣にはアイスクリームの館とカキ氷の館。
波のある海のようなプールには、イルカが沢山泳いでいる。
子供の夢を描いたようなそれこそ、アクエリの広告チラシだ。イシシは前の町で貰ったそれを大切に大切にとっておいて一人でこっそり眺めていたのだ。ノシシは目を潤ませながらその紙に見入る。口がへろりと綻んでいた。
「どんな味だろう、オニギリカキ氷……」
「なぁ。楽しそうだろ? 凄いだろ?」
「うんうん。
凄いだ凄いだっ!
すっごく行きたいだっっ!」
ノシシは目一杯の笑顔で賛同の声を上げる。
……が、直ぐに、その顔は翳った。イシシは苦笑いを浮かべて、「ま。凄い所だそうだ」と言って口をつぐんでしまう。チラシを丁寧に折りたたんで腹巻の中に戻してしまった。
二人は思い出したのだ。自分たちにはお金が無いという、ごくごく当たり前のことを。
イシシはよしよしと暗い顔をするノシシの頭を撫でてやる。無理なことをわざわざゾロリに強請るのはやはよくない、それくらいわかっている。だからイシシもそのチラシを今まで隠していたのだろう。
「……オラたち遊園地行かなくても楽しいからいいだ」
ノシシは兄に何とか笑顔を見せながらなんとかそう強がった。
だがその結論に待ったをかける声が、上から入った。
「待て待て。
私の話を聞く前に終わらせるな。
今日君たちを呼んだのは他でもない。明日、そのアクエリに行って一日中遊んでいて欲しいのだ」
『ほんとだかっっ!?』
ガオンの一言に二人は机の上に身を乗り出す。
一旦諦めていただけにその喜びは大きい。
きらりと星の浮かんだ目に、突然のテンションの高さに驚いたガオンの姿が映った。
「やったぁぁ。ゾロリ先生も喜ぶだぁ」
「きっと嬉しがるだぁ」
「メロンパン味のカキ氷だぁ」
「おにぎり味のパフェだぁ」
椅子から下りて絨毯の上でくるくると駆け回る。
「……いや、ゾロリは別だ。
私と奴は―――――――――
―――――――――――――」
イシシとノシシは両手をつないで、え?と同時に振り返った。
その純真な目に穿たれて、一瞬、狼の顔が硬直する。
奇妙な間が部屋に落ちた。
ごくり、とガオンの喉仏が一往復してから、告げた。
「―――――――――――――
―――――――――…………決闘するんだ」
『決闘だかっ!?』
再びテーブルの上に体を乗り出す。
しまった、とガオンが後悔した時には遅かった。
二人は腕を組んで、つーんとそっぽを向いてしまっている。さっきまでのノリノリの雰囲気はもう無い。
「オラたちゾロリ先生を裏切らないだっ」
「そぉーだ。裏切らないだっ」
単純なだけに、このイノシシたちはこうと決めると頭が固いのだ。特にゾロリ絡みは。
彼らの頭には『遊園地』=『ゾロリを裏切る』という設定がもうすでにインプットされてしまったらしい。こうなると懐柔するのは厄介だ。
「そ、そうだ。
好きなものを注文していいぞ」
「カレーだ」
「オラもカレーだ」
「でもガオンの言うことは聞かないだ」
「そぉーだ。聞かないだっ」
ガオンが手を上げると、ウエイターが直ぐに寄ってくる。
「君。
カレーとパフェとケーキを二つ至急用意してくれ。あと私の分に珈琲も頼む」
黒のスーツを着込んだ男は一礼すると足早に去っていった。
ガオンが一国の王子であり、かつ、このレストランの最上階ワンフロア全部を貸しきっている上客とあったので、対応は早い。十分と待たず望みの料理は運ばれてきた。
イシシとノシシは来るや否や、今まで味わったことの無いようなその料理に顔を埋めんばかりで食べ始めた。ゾロリが普段口うるさく言っている所為なのか、食べ方はこの年にしてはかなりきちんとしている。ただ食べる速度が速すぎる、それだけは問題だ。
「美味しいだぁ」
「オイシー」
「そうか。
……で、さっきの件だがな……」
「だども、オラたち……」
カレーを食べながら、ノシシが上目遣いで言い淀んだ。やはりおごって貰った感謝の気持ちからか、前のように強くは言い辛いのだろう。
天才的発明品を作り出すガオンの脳内がフル稼働する。後一押しすればきっと彼らは折れるだろう。ではどんな手段があるだろうか?
目を瞑って今までのこの可愛らしいイノシシたちの行動を思い出した。次ぁに駆け巡るイシシとノシシ情報。大量のSPと隠し撮り映像その他諸々の口に出してはいえないような手段を使って集めた膨大な情報が脳内で処理されていく。ゾロリの傍でいつもウロチョロしており、単純で、涙もろい。そして何より好きなのは美味しい物。
―――やはり食べ物だ。
ぴこりーんと頭の中で電球が点った―――ような気がする。もっともそんな大仰なことはしなくても誰もが思いつくアイデアだが。確かオニギリとメロンパンが好きだったはずだ、とガオンは情報さらに追加した。
十万個ならば、流石の彼らも心も揺らぐに違いない。
つまるところ、彼の持つ資金力を余すところなく使った買収。純真な子供の願いを叶えてやろう、と言い訳をしながら汚い大人の手段を採用する。いくぜ、と小さくガッツポーズを決め、心を奮わせて、こほんと無駄な咳払いをして二人の注目を集めた。
丁度お代わりがケーキを食べ終わって、二人は同時に顔を上げる。
なんだろう、と目が物語る。
ガオンは一大決心をして、バーンと両手を開いて二人の目の前にかざした。
「メロンパンとおにぎり、十個ならどうだっ!?」
………………。
奇妙な間が部屋の中に訪れた。
大きな四つの目が、ぱちくりと不思議そうに瞬かれる。その澄んだ目に自分の顔が映って、思わずガオンはうろたえる。
しまった。言い間違えた。
後悔先に立たず、というありきたりの警句が脳をよぎる。
……今更どうしようもないのだが。
ああ、なんとか言わなければ。取り繕わなければ。桁を間違えた、十万だと伝えないと。何故黙っている? まさか。もしかして。十個なんかで買収しようとしたと怒ったか? 怒っているのか? 俺は嫌われてしまうのかっ!?
心は焦るが言葉は思い浮かばない。
が、混乱しまくっている彼が口を開くよりも前に。
「……十個だか。おにぎり、十個だか?」
ノシシが、ぼそりと呟いた。
イシシもそれに続く。
「メロンパンを十個もいいだか?」
「え?」
と、硬直するガオンの目の前で、見る見るうちに二人の相好が崩れた。いつものあの曇りのない笑顔を浮かべ、目をきらきらと輝かせている。あの暗い雰囲気は一体何処へいってしまったのだろうか。
「何でもするだぁ!」
「何でもするだぁー」
イノシシたちの可愛い喜びの声がレストラン中に響いたことは、書くまでもない。
*****
次の日。
「いや、俺も美味しいもので釣ろうという根性はあまり褒められたものではないということはわかっているんだが、お前、十万個ならともかく十個ってそりゃあまりにも…………」
「黙れぇぇぇぇぇっ!」
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