[ [ [  節分  ] ] ]



 二月三日。
 その日は、大陸の東の国に節分という儀式がある。
「で、何する日だぁ」
絵本を立ち読みしていたノシシが、ゾロリに甲高い声でそう尋ねた。一応周囲へのアピールのために唇に人差し指を当てて声を抑えるようジェスチャーしてから、膝を折ってノシシの持っていた絵本を開く。それは節分とそのままずばりなタイトルがつけられた子供用の教育絵本だった。
「んー。
 つまりだなぁ、ここにあるだろう。
 鬼はー外、福はー内っていいながら、皆で鬼役の奴に豆をぶつけて追い払うんだ」
ぺらりと頁をめくる。
 次の頁には、数人の子供が笑って枡に入った豆を笑顔で食べている様子が描かれていた。
「で、終わったら、こうやって年の数だけ豆を食うんだ。今年も健康でいますように、って意味でな。
 この豆が旨いんだぜ」
ノシシは旨いという言葉に過敏に反応して、嬉しそうに微笑んでいる。涎が垂れそうになっていたので、慌ててゾロリは本を閉じて立ち上がった。
「まあ、そういうことをする日なんだよ」
「でもどうして豆だぁ?
 鬼さん追い払うならもっと強そうなモノがいいと思うだども」
「うーん、そういわれてみれば……ガオンにでも聞いてみっか。
 ……。
 よしっ! じゃあ今年は盛大に豆まきやろうっ。
 そうと決まったら用意しねえとな。
 行くぞ、イシシ、ノシシっ」
『あいだっ』

 *****

 そんな会話を繰り広げたのは、確か丁度二十四時間前だったような気がする。ノシシはあの過去の楽しい風景と、今の惨状を比べて涙が出そうになった。こうなるんだったならば、節分など言わなければ良かった。
「……ノシシ、後ろも良く見ろよ」
「うん……。う、う、後ろはゾロリ先生いないだよ」
「よし。まだこっちも来てないだ」
ゾロリは鬼の服を作って、イシシとノシシに着せた。そして豆を投げてきたのだが―――

 全然、全く、少しも、当たらなかった。

 双子のイノシシたちは盛大に当たらない豆を揶揄い、お尻ぺんぺんなどとして尊敬する師匠を挑発した。
 それがまずかった。ゾロリの負けず嫌い魂に炎をつけてしまったのである。ものの一時間と掛からず豆まきメカを作ったゾロリは、BB弾の発射速度のおよそ五倍の速さで飛んでくる大豆を連打でイノシシ兄弟に当ててきた。涙が出ないくらいに痛い。そのメカは鬼の格好をしているだけで自動的に豆を発射する。二人は命からがらそこから逃げてきたのである。
 今は暗い部屋に逃げ込んで、扉の影でじっくり外の様子を伺っていた。汗のにじんだ身体は、急に冷えてきた。
 なんとか、ゾロリ先生に止めるよう言いたかったが、機械が怖くて近寄れない。ここでこの服を着替えればよいという発想が出ないのが、純粋な子供の純粋さによる悲劇である。
「お前たち、何をしているんだ」
と、いきなり。
 後ろから声がかかって二人は同時に振り返った。
 誰もいない家だから大丈夫だと思っていたのに―――
 イシシは一瞬肝を冷やすが、その声の主が近くに来るにつれて恐怖は消え去った。代わりに込み上げてくる、安心感。
『ガぁオぉンーっ』
ノシシが先に走り出し、続いてイシシも走りだす。
 ひしっとそのブーツにしがみつく。
 嗚呼、天の助けとはまさにこのことだ。
 豆に対する恐怖心で固まっていた心が男の大きな存在に解かされて、えぐえぐと二人は泣き始めてしまった。わけのわからないガオンはとにかくしゃがんで、二人を抱きしめてその頭を撫でてやった。この双子を助けてあげるのは自分の役目。彼はゾロリとつきあっているうちに自然にそう思っていた。
「イシシ、ノシシ、何があった?」
「っはぅ……えぐっ……
 ゾロリせんせ……が、豆、ぶつけて……くるだぁ…………」
「痛いだぁ、っは、ひっく、痛いだよぉぉ―――
 うわーんっ」
鬼の格好。
 そして、ゾロリから届いた節分しようというメール。
 事態を大まかに察したガオン博士は、二人を宥めて落ち着かせると、すぐに脳内に出来上がっていた設計図のメカの製作に取り掛かった。こんないたいけな双子を痛めつけるなどという非道な行為は、たとえゾロリであっても許しはしない。青い目が禍々しく光ったのを、双子の兄弟は知るよしもなかった。

 豆まきロボ vs 豆怖くない鬼ロボの決戦―――

 どちらが勝利したのかは語るまでもない。


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