※ゾロリ先生の女装もありますが、ガオン王子も女装します。
苦手な方はご注意下さい。
[ [ [ 花嫁大作戦、失敗。 1 ] ] ]
「ゾロリせんせ、おら良いこと思いついただ」
焼き魚を頬張っていたゾロリは、ん?と声を上げてイシシに振り返った。弟子は自分の師匠が興味を上手く引けたことが嬉しくて、にぱぁと微笑んでから「んだ」と言い返した。
丸い月がぽっかりと浮かび、三人を囲む焚き火の煙は其処まで届きそうにすら見える。風のない、穏やかな夜だった。
女装して純真な警官を騙し結婚まで漕ぎ着けそうになったのは、遠い昔のように思えるのだが、つい一週間前のことだ。周辺の警備が厳重になって彼らはこの森で隠れていなければならなかった。普段は、一日中歩いて疲れたら眠る、というパターンを繰り返す。だが進むことが出来ない以上、この七日間は旅人たちに突然与えられた『休日』になった。
ノシシは絵本を必死に描き、イシシは森の冒険に夢中だった。ゾロリは始めのうちは昼寝をしていたが、すぐに飽きて、イシシと一緒に冒険を始めた。途中からノシシも加わって、最終的には皆で森の隅から隅に名前をつけて遊びまわった。
そして今夜は『ゾロリ一行岩』で食事をすることにした。
「ゾロリ先生は、お姫様とお城が欲しいだろ?
でもなっかなかゾロリ先生が満足するようなお城はないだ」
「まぁーな」
言われて様々な記憶がよみがえる。
ゾロリ城やお化けの出るような城、その他色々の城を見てきたが自分が気にいったものは少ない。……勿論それは彼の中の羨ましいという感情の裏返しの面もあるが、やはり一口にお城といってもピンからキリまであるのは事実だ。
イシシはゾロリの言葉に賛同するようにこくこくと頷いた。
「でだ。
オラ思ったんだが、ガオンのお城貰ったらいいだ」
持っていた魚を食べきって、ワンテンポ遅れてイシシの言葉に興味を覚えたノシシが振り返った。『ゾロリ一行岩』は三つの石に囲まれた小さな空間で、火に当たって熱されて石で穏やかに暖かい。
「んー。なんでガオンのお城だか?」
それは当然の疑問。イシシはぴょこんと指を立てて、弟に説明する。
「いやぁ、オラ今日一日中考えてただよ。
今まで見た中で、ガオンのお城すっごく大きくて綺麗だっただぁ。オラのゾロリ先生には、あのくらいの凄いお城が必要だ。
でだな。
ゾロリ先生、女装してゾロエさんになったら、あのイヌタクと結婚しそうになってただ。
だから、ガオンを女装させてお姫様にして、ゾロリ先生が結婚したらすんごいお城が手に入る、と」
「なるほどー。イシシ、それはいい考えた」
「それほどでもないだよ」
ノシシは心底納得して感心したらしく、腕を組んでこくこくと頷く。その目の前で、手放しで褒められて照れたイシシがえへへと頭をかいた。
―――そして、やっとのことで兄弟は気がついた。
敬愛するゾロリ先生の言葉が、先ほどから一つもないことに。
ほぼ同時に振り向くと、なんと地面に顔を突っ伏しているではないか。ぷしゅーと煙が上がっている。どうやら物凄い勢いで地面に頭を打ち付けたらしい。
『ゾロリせんせっ!』
何か起こったかわからない双子は、驚愕で跳び上がる。そして両手を上げながら泡を食ったように周囲を走り回った。
「うわぁぁぁぁっ。ゾロリせんせが倒れただよー」
「倒れただよー」
「大変だぁ」
「大変だ!」
……走り回っていても、特に、事態が好転することはないのだが。
意味はないが、彼らが混乱していることだけはわかる。得てしてこのイノシシの双子は事態を悪化させることはしても、意味のある行動はしない。それが彼らの特長なのだ。
石の周りを十周以上した時、焚き火の音に混じって、低い呻き声が聞こえた。
その聞き慣れた声に、はたと二人は足を止める。
見ればもこもこと狐の尻尾が動き始めているではないか。
がばっ。
先生が、やっとのことで顔を上げてくれた。
据わった目で遠くを見つめ、髭をぴくぴくと動かしてついた土を払う。鼻は擦って赤くはれてしまった。
大事な大事な先生が無事だとわかって、泣きながら双子はぴょーんと抱きついた。それを抱えながら、ゾロリは力なく笑った。地の果てまで落ち込みそうになる自分を叱咤して何とか精神状態を回復させたが、やっぱりまだ立ち直れない部分がある。ガオン。その名前を弟子が選んだことに、ゾロリは少なからず動揺していた。
「……あははは。
イシシ、ノシシ、俺様そんなに変になってたのか? その、ゾロエの時は」
双子はぽろぽろと涙を零してその顔を見上げていたが、質問されると直ぐに興味が移る。イシシは左に、ノシシは右に首を少し傾けて暫く考えた後、言い切った。
『んだ』
双子の唱和した声に、かくんと肩を落とす。
確かに、確かにだ。
あの数日は自分でもちょっとおかしくなっていたような気はしていた。イシシに殴られるまで、イヌタクに必死で助けを求めてしまっていた。あまり深く考えないようにしていたが、ある瞬間は自分がお嫁さんになろうとしていたようなことも、なんとなーく覚えている。女装したからといって、イタズラの王者になる夢をあっさり忘れてしまったのは、自分でも不甲斐ないと思う。
引き攣った顔で誤魔化しの笑い声をあげて、ゾロリは双子をそっと下ろした。不安がるイノシシたちの頭を数回撫でてやった。
「まあ、飯にしようぜ。イシシ、面白い話ありがとよ」
「せんせ……?」
「ほーら。魚がこげちまってるぞ」
『あぁーっ!』
その一言を言えば、興味はもうご飯に移ってしまう。
自分の分は食べ終わっていたので、ゾロリは石に凭れながらぼんやりと炎を見つめた。
……待てよ。
ぴこりーん、と彼の中で何かが閃いた。
確かに、結婚しよう、と思った。お嫁さんになろうと思った。それは―――それは、花嫁衣裳を着て鏡で見た瞬間、のことだ。あのとき自分の顔と花嫁衣裳の美しさに見蕩れて、それで道を踏み外しかけたのだ。
つまり、ウエディングドレスには、そんな不思議な効力があるのかもしれない。
だとすると、イシシの意見は一考に価するのではないだろうか。
ガオンが俺様に惚れて結婚して、おっきいお城を作って貰う。そしてそこに、新しいお姫様を迎えればいい。
ま。どーせ、あいつは王子だから、後継者がいるから別のお姫様をとるだろー? そしたら俺様が他にお姫様を迎えても、文句は言えねぇだろうし。うん。ま、大丈夫だろー。
何を考えているのかはわからないが、いつの間にかいつもの悪い顔で二ヒヒと笑う師匠を見て、弟子たちは顔を見合わせて、ほっと胸を撫で下ろした。
MAIN
・ BACK
・ NEXT