[ [ [ 花嫁大作戦、失敗。 4 ] ] ]
ガオンは、タイトなドレスのウエディングドレスに真っ白なベールを被って待っていた。長いブロンドが胸元にかかる。手には青い花を集めて作った小さなブーケ。明日の片付けに卒倒しかけている執事に用意させたものだ。
長い髪を指に絡ませてくるくると回す。先ほどまでとは違って、ゾロリはなかなか戻ってこなかった。椅子に座って、大鏡の前でじっと待っていた。さすが天才王子だけあって、初めてしたが化粧はなかなかの出来栄えだ。
一人で座っている間、ずっと今回のゾロリの行動の意味と目的とを考えていた。
一体、何を考えているのだろうか。
まさか、女装して警官と結婚しかけた話をして、女装勝負をしに来た、というわけではあるまい。そうであるならばゾロリが時折見せるあの笑みは理解出来ない。否、それ以前の大前提として、もう幾度も身体を重ねる相手にそういう行為はしないだろう。
考えれば考えるほど、ガオンは混乱する。ゾロリが零した手がかりを探ってみても何も出てこない。
ゾロリの思考パターンは大方読めるつもりでいたのだが―――
ガサリ、と後方から音がした。
遅いぞ、と文句の一つでも言ってやろうと思いながら振り向く。
「……ガオン」
ゾロリの口から漏れた自分の名前。それに、答えることすら出来ない。狼は完全に硬直してしまっていた。
青のジャケットを着込み、ふんわりとした丸く短いズボン、そして白いタイツ。腰元には一本の剣。遠い昔絵本で見たことがあるような、ステレオタイプ的な王子様ルックで彼は現れたのだ。
かっこ良くは、ある。
王子はにこりと笑うと、颯爽と向かってきて、花嫁の座る椅子の前で傅いた。一応怪盗のくせに、こんなときだけは絵になる動きをする。
「花嫁、お待たせ致しました。
さあ、結婚致しましょう」
白い手袋に包まれた手をとり、ゾロリは軽く接吻をする。
そして、首を上げる。
ゾロリは確信していた。
きっと、そこにはガオンが俺様に惚れきってメロメロになってしかも『結婚してもいいかもー』と呟くような無防備な顔があることを。なぜなら体験談だ。
―――が。
彼の前には、大きく見開かれた目があった。
完全にキレた目。
白眼で、まじまじとゾロリの顔を見つめている。
全身が総毛立って、狐は反射的に身体を逃がそうとする。が、すでに彼の手は凄まじい強さで握りしめられていた。
「結婚? …………したいな」
花嫁―――否、ガオン王子は低い声で言った。
もはや、理性を完全に喪失していた。
嘘だろう、なんでウエディングドレス大作戦がきかないんだよーっ!
ガオンはのりのりで女装をしていたし、今の格好もメイクも悪くない。そして自分の王子様ルックもかなりイイ線をいっていると思う。そして彼はウエディングドレス姿で鏡の前で座っていた。計画には何も失敗点は見えない。じゃあ、どうしてこの結果になってしまったのだろうか?
考えても考えてもわからない。ゾロリは自分の計画が根本的に大きな間違を孕んでいたことには思い至らなかったのだ。
「あ、う、ああ。そ、そうだなー。
いつかしたいよな、可愛いお姫様を相手に結婚っ。
ガンバろうな。なっ☆」
「何のつもりだ? ゾロリ」
ガオンは左手でウイッグを外して床に捨て、狐を引っ張りあげた。為す術もなく胸に倒れこむゾロリ。そのまま膝に跨らせて、細い腰に腕を回す。
逃さん、という強い意志が腕からびんびんと伝わってくる。背に冷たいものを覚えていたものの、何だかこんな格好で慌てふためくのは恥ずかしくて、ゾロリは抵抗をせずに眉毛を八の字にしながら低く呻いた。
「……な、なんだよぉぉ……」
「俺が結婚したいのは誰か、まだわからないというつもりか?」
ガオンは人差し指でゾロリの喉元を触り、そのままつつつ……と顎の先まで移動する。顎の先端までくると、二本の指を交互に動かして軽くくすぐった。過敏なゾロリはそれだけで身体の奥にある欲望が刺激されてしまう。
かぼちゃパンツの王子様が膝に跨り、花嫁に弄ばれる。
それはどこか非常に倒錯的な絵柄だ。
身体が密着して、初めて狐は気がついた。もはや狼のそこが臨戦態勢になっていることに。ぶるり、と尻尾の先から耳の先まで震えが走る。
「だ、な、え、あ……。
が、ガオンだって、結婚したいんだろ、お姫様と」
「アレだけ喘がせてやって、何もわからないというつもりだったのか。
俺が愛していると囁いたとき、お前は何だと思っていた」
喘ぐ、という身も蓋もない言葉に狐は過剰反応を見せる。一瞬で茹で蛸のように顔を赤らめた。
何だと思っていた、だなんて。
……だって、俺様とガオンは、ライバルだもん。
ぺたり、と項垂れるゾロリの耳。
「んなの、興奮剤みてーなもんじゃねえか」
その一言は、狼の最後の理性を崩壊するに十分な破壊力がある。
「ほう。
つまり、お前は遊びで俺だけが本気だった、ということか。
成る程。
よぉぉぉぉぉーくわかった。
理解した。
だから私の城まできてわざわざ他の男の話をして、女装で誘って、しかも他の女と結婚したいだろうと尋ねたんだなお前は」
え? なに、俺様もしかして、地雷を踏んだ?
そんな別なことを考えている隙に、ゾロリは床に押し倒される。背に回された腕のお陰で痛くはなかったが。脳内の少ない警戒本能が漸く―――とにかく遅すぎるが―――非常事態だと告げる。
ガオンは覆いかぶさって動けないようにしてから、接吻の嵐を降らせた。空いた左手はゾロリの身体の此処彼処にイタズラを始める。
きつく抑えられて、ゾロリは身を逃すことは出来ない。先の快楽を予想させる動きに、閉ざされた記憶が溢れ出てきた。しかも初めて着た絹のタイツは、上から撫でられると蕩ける様な官能的な刺激を与える。ガオンの足が僅かに動くたびに、ゾロリはどんどん追い詰められていった。
最後に、狼は深く深く唇を貪った。
もはやこれだけで、ゾロリの息は完全に上がってしまう。
口を離すと一本の糸が二人を繋ぐ。
ようやく解放されたゾロリは、全身の力は抜け切って、もう逃出すことは出来なくなっていた。
……俺様が、何したってんだよぉ……。
心の中のどこか冷静な部分が非難の声をあげるが、そんなもの、風前の灯のようなものだ。身体は完全に興奮状態になってしまっている。
だが、最後の抵抗とばかりに抗議した。
「い、嫌だぞっ。
俺様、絶対床はイヤダぁ。痛いの嫌だぁぁぁあ」
半泣き状態の王子様の顔を見て、やっとのことで、狼は満足を覚えた。
「安心しろ、私は紳士だからな」
言って、立ち上がれない恋人を両手で抱えあげる。
ゾロリのしなやかな肢体は持ち上げるとずいぶん軽い。それを言ってやると彼は怒るだろうが。
さてどうやって楽しもう、と心で笑いながら部屋を後にした。
*****
ウエディングドレスの姿の王子様にイヤと言う程責められて。
ゾロリの心に深い傷が残されたことは語るまでもない。
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