[ [ [ 睦言 1 ] ] ]
お前と出会ってから、いいことなんか一つもない。
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大きな町から小さな町へ向かう街道の一本道。
名前は街道と言うものの両側は遠い山の裾野まで続く若草の海のような野原で、咲き誇る真っ白なシロツメクサが風に揺れる。その花の間から見える二本耳。こんな昼下がりの時間帯、街道を通るのは小さなウサギたちだけだ。
しかし、今はそこに粉塵が舞い上がっている。地を揺るがすような轟音。ウサギたちは何事かと遠くから見守る中、悲鳴とも絶叫ともなんとも区別をつけがたい声が聞こえた。
「ゾロリっ! 何故逃げるっ!?」
「うるせぇぇぇ―――っ!
俺様を追うなぁぁ―――っ」
「では逃げるんじゃないっ」
「じゃあ追ってくるんじゃねえぇぇぇ―――!」
ゾロリは一風変わった手作りメカに乗り、その後ろからガオンが側車付オートバイで追いかける。一人乗りのバイクを一瞬で改造して、黄色の車体にトレードマークをつけ、そのうえ面白い悪戯装置をたっぷりつけたゾロリカー。単純に速度だけを考えればバイクの方が速いのだが、ゾロリの繰り出す細やかでシツコイ悪戯の所為で、少し近寄ったかと思えばまた同じくらい遠ざかり、その間はなかなか狭まらない。
逃げるキツネを追いかけるオオカミ。
「……っち」
ガオンは舌打ちした。
この速度を出していては、今のような真っ直ぐの街道ならばよいがその先では必ず事故を起こすだろう。
使いたくはなかったが、と心で言い訳をして覚悟を決めた。帽子の蓋が開き、ひょいっと機械の手が現れてオートバイのボタンを押す。バイクのライトの部分がぱかっと外れた。
「何いぃぃぃっ!?」
怪しげな音に気づいて振り返ったゾロリは、驚愕で目を見開く。
ライトから現れる真っ白な二本の手。しかもその手は、こちらへ一直線に向かってきているではないか。迫り来るマジックハンド。逃げようとハンドルを切ろうとするが、遅い。
手はゾロリの脇に入り込むと、さっと持ち上げた。
ゾロリの足が外れて、操縦者の居なくなった発明品は一人だけ先に進む。発明品に置いて行かれたキツネは、あああ―――っと叫びながら手を伸ばす。が、その悲鳴が終わらぬうちに、ゾロリカーは視界から消え続いて爆発音が聞こえてきた。
バイクをゆっくりと速度落として、ある地点で完全に止まる。
ガオンは颯爽と降りて、首を上げた。そこにはマジックハンドから逃げようともがく一匹のキツネ。博士の視線に気がつくと、ゾロリは目を怒らせて口泡を飛ばす。
「ガオンっ、何をするんだよっ!」
「何かしているのは君の方だろうがっ。
私が―――」
が。
彼は其処まで言った瞬間、思いもかけず言葉に詰まった。
つい一時間前のことだ。ガオンはガードレール下のおでん屋台にゾロリ一行の後姿を見つけて、嬉しくなって駆け寄った。旅人が多く集まる旅人の町の、旅人フェスティバル。世界一の旅人を決めるとかいう催しものがあるとかで、ゾロリも来るではないかと踏んでいたのだ。彼らはお昼におでんを頬張っているところだった。
双子のイノシシたちはガオンに気がつくと嬉しそうに近寄ってきて足にしがみ付く。抱き上げてあげようかとも思ったが、おでんを食べながら近寄って来ていたので、いつもの通り頭を撫でるだけで我慢した。
―――そこまでは、おそらく、いつもの通りだった。
彼が顔を上げると、キツネが何故か狼狽している。
ガオンははてと首を捻った。
「ゾロリせんせ?」
「ゾロリせんせ?」
その足元で、双子も不思議そうに小首をかしげている。
暫くの沈黙があって。
いきなり、ゾロリはくるりと背を返して走り出したではないか!
目を丸くするオオカミの前で、豪速球並の速度で小さくなっていく。突然の疾走。置いけぼりを食ってしまったイノシシたちは驚きのあまりぴょーんと跳び上がっていた。ということは、どうやら作戦ではないらしい。
「ゾロリっ!?
―――イシシ、ノシシ、ここで待っていろ。おやじ、この子たちに好きなだけおでんを食べさせてあげてくれ。すぐ戻ってくるからなっ」
ガオンはマントを翻してその後を追った。
二人は旅人たちをかき分けて走り回り、フェスティバルを混乱の渦に落とし込み、ついでにフェスティバルのメインの銅像に落書きし―――最終的にはゾロリカーとサイドカー付バイクの競争になったのである。
つまるところ。
確かにオオカミ自身、何故追ったのかわけがわからないのだ。
顎に手を置き、気持ちを整理するために大きく息を吐く。
捕らえられたゾロリはジタバタと足を回して必死にもがいているが、自分の発明品だ、そう簡単には逃しはしない。なぜならそのマジックハンドの内側には、よっちゃん烏賊の吸盤に似せた新機能がついている。ゾロリもようやくそれに気がついた。逃出すよりも放させたほうが早いと理解すると、ガオンを睨みつけた。
「放せよっ。放せっつってんだろっ!
聞こえてんのか気障気障の真似っ子オオカミぃっ」
「理由を聞かせたら考えてやっても良いぞ。
何故私を見て走り出した?」
太陽の日差しを受けて光るブルグレーの瞳。
ゾロリはなにやら一瞬動きが止まったが、一拍おいて、ぷいっと顔を背けてしまった。
「……ど、どうでもいいだろ……」
「イシシとノシシを置いていって、どうでも良いわけがないだろう」
ガオンが不機嫌そうに言ってやると、ようやく、ゾロリも抵抗を止めた。
しゅん、と耳が項垂れている。
やはり双子を置いていったことはそれなりに気にしていたようだ。
逃げるんじゃないぞ、と脅して。ガオンの帽子から現れた手がバイクの左ハンドルのスイッチを押す。ぼとりとゾロリが降って来た。
怒り出すかと思えば、だだその場に座り込んで俯いている。
草原を渡る風が、戸惑うガオンの前髪を擽って去っていった。
……こんな風に落ち込んでしまった彼を見たのは、初めてだ。
なんて声をかければよいのかわからず、少し距離をとって立ち竦んでいた。
「……お前が、来たから」
ぼそり、とゾロリが呻くように言った。
意味のわからないガオンは、まだ動けない。
キツネは言ってから後悔したようで、うわぁぁんと声を上げながら体育座りをして顔を隠してしまう。
「しゃぁねえだろっ!
だって、お前がいきなり来たから悪いんじゃねえかっ! いきなりきたから、俺様が逃げなきゃならなくなっちまったんだ。
いきなりじゃなければ、ちゃんと、会わないようにしたのにっ。
そう出来たのに」
私と、会いたくないのか?
予想外の言葉にオオカミは動揺が隠せない。引き攣る頬。一気に引く血の気。足元がぐらぐらする、錯覚。
燦燦と輝く兎の遊ぶ和やかな世界から、自分だけ一人取り残されたような気がした。
膝から力が抜けるような気がして、バイクにもたれかかる。
生唾を飲んでから、乾いた声で尋ねた。
「悪いのは私と言うつもりか?」
私が、嫌いか。
―――と、辛そうな声で繋げた。
ひぃっ、ひぅっ、とキツネの口から漏れる嗚咽。
言っているうちに感情が高ぶって、涙が溢れてき止らない。こんなヤツの目の前で泣くなんて恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがないのに、自分が止められない。
ぐぅ、はぅ、と大泣きしているうちに息が少し収まってきた。
「そ、だよっ。
……ぃだよ。
俺様、お前のことが、嫌いなんだよっ」
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