[ [ [ 睦言 2 ] ] ]
ガオンは街道に打っ倒れていた。
心臓は完全停止。瞳孔は開き、呼吸はない。
―――が。そんな眼前の大惨事に気づかないゾロリは、まだ自分の世界に籠もって泣き声を上げ続けている。
「お前に会ってから、俺様、どんどんおかしくなっちまうっ!
今だってなんだか心臓が苦しいしっ。
親父ギャグのキレも悪くなったしっ!
……こんなの、俺様じゃない…っはぅ、俺様じゃ…………ぅぅぅ……」
ゾロリは言ってからさめざめと泣き始めた。
さっきまでが夏の嵐だとしたら、今は春の雨。しっとりと、静かな、だが、永遠に続くとも思えるような重苦しい世界。
何故涙が出るのか本人にもわからない。腕で何度も何度も擦っても、次から次へと溢れ出てくる。
一陣の風が吹いた。
ゾロリの肩に、何かが触れた。
首を少し回すと、ガオンの大きな指がそこにあった。
どきん、と飛び跳ねる心臓。
続いて、男の筋肉質な胸が背中に触れる。ガオンが後ろから泣きじゃくるキツネを愛しげに抱いたのだ。
その温度を意識すると、血管が破裂しそうなくらいの勢いで血が全身を駆け巡った。それを知られたくなくて、ぎゅっとゾロリは自分をきつく抱きしめた。
つい一分前まで彼岸の淵まで行ってきたオオカミは、甘い笑顔を浮かべて低い低い声で囁く。
「ゾロリ。
……私だって、お前に会う度に変わってしまっている。
どうしてくれるんだ」
言っても起き上がらないので、その耳をついとつまんで、其処へ言葉を落とした。聞こえない、なんていわせない。キツネの敏感な部位がびくびくと震えていて、ガオンは心中そっとほくそ笑んだ。
「私はこれでも、今までは世界で知られた王子だったんだぞ。
秀才で美形で、何をやらせても人並み以上に出来た。世界の王子様バトルのタイトルをほしままにしていたし、旅に出ても外交処理や公務はきちんとこなしていたんだ。
それが、お前に会ってからどうだ。
気づけばオヤジギャグの勉強ばかりしているし、変な三人組を気にして追いかけてしまっている。この前だって、母上の開いたパーティーに遅れてしまった。
外交のテーブルでみなの緊張を紛らわせるために『ようかんはよう噛んで下さいな』と言ったら変な目で見られてしまったではないか」
うぅぅぅと呻きながら、漸くゾロリが顔を上げてくれた。目は真っ赤に腫上がり、鼻水をぐずぐずと啜っている。
ガオンが耳を離すと、ゾロリは半身を返して見上げてきた。
「……お前も?」
疑り深く、尋ねる。
「そうだ」
ガオンは即座に断言して、深く頷いた。
博士の帽子から飛び出た手が、泣き終えたゾロリに開きかけの薔薇を差し出す。旅の途中で薔薇を見ると寂しくなるのに、今はその一輪がとてつもなく嬉しい。
キツネはそれを受け取ると、へへへと苦笑する。
「俺様が失くしていった物、お前が、持ってくれているのか?」
「ああ。
―――だが、俺のも、持っていてくれるんだろう?」
「俺様は気障になったりしたくねえんだけどな……。
ま、預かっていてやるよ。
お前のためなら、少しくらい……―――許してやらぁ」
「……ゾロリ」
ゾロリはガオンの腰に腕を回して抱き寄せる。
ガオンも同じようにして、二人は極自然に抱き合った。相手の存在を確かめるように全身を弄る手。温かな相手の体温が、ぽっかりと空いた胸の隙間を埋めていく。
ゾロリは鼻でガオンの頬を擽り、ガオンはゾロリの耳を甘噛みする。
気のゆくまで相手の感触を味わった後、ゾロリは呟いた。
「ヤカンは好かん」
ガオンもそっと言い返す。
「カンガルーも考えーる」
くつくつと喉でゾロリは笑うと、抱きしめる手を緩めてガオンの身体を推し戻した。向き合う姿勢になって、上目遣いで見上げる。
「ふふ、咄嗟に『かん』を合わせるとはなかなかやるじゃねえか。どこで覚えたんだよそんな技術」
「お前こそ、はの一文字で単語を繋ぐなんて、単純だがセンスいい」
めぼしい梅干が欲しぃよー
椎茸をしいたげるな
机に付く絵をつくれぇ!
栄養がえぇよー
互いの口から紡ぎ出されるオヤジギャグ。
何が起こったか不安がっていたウサギたちは、穏やかな様子にそろそろと近寄ってきた。
シロツメクサが風に揺れる。
数分後、街道には一台のサイドカー付きオートバイが走っていた。
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