[ [ [  Romanticが☆止まらない 2  ] ] ]


 シャットの暗い言葉に不安に駆られながら、ゾロリは若執事を押し切って廊下を疾駆してに王子の居室へ向かった。双子も慌てて後を追った。廊下に控えていた執事や女中たちは走るキツネの姿を見たとき、一斉に歓喜の声を上げた。

 我らの救世主がとうとうやって来た!

 重厚な樫の扉を勢いよく蹴破る。扉の一方が外れていたがそんなのは知ったことではない。
「ガオンっ!」
ゾロリは入るなり愛しき相手を呼号した。
 ガオンの寝室の隣にある、待合室。中央には値段のつけられないような高級ソファと材質の分からない真っ白なテーブル。それを取り囲む調度は大胆かつ贅を尽くした作りでありながらも、全体として品の良い雰囲気を醸しだしていた。
 そこには王子の姿はなかった。
 代わりに、ソファに座っていた二人の男。
 その顔に、ゾロリは見覚えがあった。
 驚きのあまり入ってきた勢いが一気に削がれ、動きが止まる。
 その時、遅れてきた双子が転がるように乱入してきた。

『ダポンだぁー』
「あー。イシシさんとノシシさん」

再会の喜びを分ち合う高らかな声が唱和した。
 イノシシたちは懐かしき顔に無邪気に両手を上げて駆け寄る。嬉しいのはタヌキも同じで、テーブルにあったクッキーの皿を持ち上げながら素早くソファから立つ。
 はい、と笑顔で二人に差し出しと、抱きつこうとしていた子供たちは一瞬でクッキーに注意が移り、両手で何枚も摘み上げた。がばりと一気に頬張る。美味しい美味しいと和やかな声。
「ロジャー、……お前まで」
「相変わらず騒々しいな君は。
 扉を開くことすら出来ないのか?」
遅れてやってきたゾロリが手持ち無沙汰に立っている魔法使いに声をかけると、不機嫌そうに言い返された。
 相変わらず人を怒らせる言い方だ。
 だが、混乱に囚われたキツネはとりあえず相手にしないことに決めて、心を落ち着けるために今までの情報を整理する。
 シャットの話からすると、ダポンが治療を断った薬剤師に間違いない。彼ならば、たとえ一国の王子相手でも「面倒だから断ります」とはっきり言う、そういう男だ。その感情的に逆撫でする一言が契機となってシャットたちは彼を攫ったに違いない。
 だが、ダポンを連れて行ったら、当然、お目付け役兼嫉妬の鬼であるロジャーは許さないわけで。後から恐ろしい早さで箒で追ってきたのだろう。なんだかその様子がまるで見た来たかのように目に浮かぶ。
 王宮でダポンが拉致られているところに、颯爽と登場する魔法使い。
 事情を話して説得しようとするが、彼はダポンに関する話だけは常識も良識も理性も無い。きっと、二人で過ごすはずだった時間を妨害されたとかなんとかという真に理不尽極まりない理由で怒り狂ったのではないだろうか。だがこの城の者たちも、ガオン王子のこととなると目の色が変わる王子馬鹿ばかりだ。条約と両国の良好な関係とその他後ろ暗い因縁を掘り起こして国際問題級の子供の口喧嘩の勃発。なんとなく、そう思う。
 冷戦直前の喧嘩が勃発している後ろで、全てに興味を失ったタヌキはふらふらと城内を回り、思いもかけず図書室を見つけた。そこで出会う、王宮所有の薬学の研究に関する本。薬剤師の興味を十二分に満たす一品。それが面白くなって、「帰るならロジャーさん一人でどうぞ」とか言われて、ショックを受けた魔法使いは一緒に滞在すると高らかに宣言した―――。
 なぜか、ゾロリはその全てが一本の映画の様に予想できた。
 そしてその予想を裏付けるかのように、テーブルには今までダポンが読んでいたのだろう、分厚い図鑑が数冊積み上げられている。

 まったく、こいつらはいつまで経っても……。
 ……待てよ。
 薬もあって、魔法も出来るのに、ガオンの治療をどうしてしないんだ?
 お城の人々は目の前で困っているのに。
 ガオンのママさんは女王でお仕事大変なのに、息子が病気になったらきっと心配して嘆いているはずだ。
 そんな人たちに、どうして三ヶ月待てばいいなんていうんだよっ!

 考えているうちに、胸の中でふつふつと沸き起こる熱いマグマ。
 ガオンのママの優しい顔を思い出した瞬間、怒りは一気に爆発した。
 どっかーん
 ―――と、ありきたりの効果音を背負って。
「ダポンっ、お前真面目な薬剤師になるって反省したんじゃなかったのかよ!? どうしてガオンの治療を断ったっ!」
頭から何かを噴火させて吼えたてるゾロリ。
 ぴんっと立った尻尾がその激情を物語る。
 ……が、仕事サボり気味な薬剤師は二三度ぱちくり瞬くと、大きく息を吐くだけだった。
「……病気の概要と、治療方法。
 聞いてますか? ゾロリさん」
返ってきたのは、予想もしなかった言葉。
「え?」
きょとんとした表情に、ダポンは再び溜息をつく。
 説明くらい来るまでにしておけ役立たずどもが。
 ―――なんてこの愛らしいタヌキが毒づいているなんて、多分誰にもわからない。
 ダポンはちょいちょいと裾を引かれて、首を回すと双子が目を潤ませていた。クッキーがなくなってしまったのだ。直ぐに懐からお菓子を取り出して二人に与える。
「私が説明してやろう。
 ガオン王子の罹った病気は不止乙女心病―――」
「俗称ではRomanticが☆止まらない病っていうんですけどね」
横から口を挟まれると、ロジャーの眉間に一本皺がよる。
 が、ダポンは言うだけ言って会話に加わるつもりは一切ないようだ。
 しゃがんで双子にお菓子をあげながら、何か語りかけた。小さな声で、ひそひそと。それをすると、ノシシはダポンの耳をちょいと摘んでこっそりと耳打ちする。イシシも同じように反対側から耳打ちする。タヌキはわぁと歓声を上げた。
 実は。
 さっきから、この魔法使いと薬剤師の間には精神的に静かな攻防が繰り広げられている。ロジャーがイシシとノシシを恐ろしい形相で睨みつけるが、それから庇うようにダポンが双子を遠ざける。それがさらにロジャーの怒りを煽ると知って。
 ダポンはチョコレートの塊を頬張る双子からちょいととりあげる。
 「あー」とイシシが声をあげて、ノシシが笑う。そこから三人の無邪気な戯れが始まった。

 私と居たときは話も聞かず本を読んでいたくせにっ!

 横目で見ている魔法使いの額に幾筋の血管が浮かぶ。有り得ないくらいに情けない怒りだが、彼は本気だ。本気で悔しかった。
「で、その病気ってなんなんだよ?」
いつまで経っても教えてくれなさそうなので、とうとうゾロリは口を挟む。
 その声に正気を取り戻したロジャーは、コホンと咳払いをした。見れば腹が立つのだから見ないほうが良い。説明を再開した。
「……まあ、俗称はな。
 魔法の国の古来からある風土病の一つで、原因は落葉高木樹のマスドラの花の花粉だ。十数年に一度、マスドラ花が一斉に花をつける。その時たまに感染者が出る非常に珍しい病気だ。今年はその年ではないんだがな。まあいい。
 症状は軽いものだ。
 現実を離れした情緒的で甘美な空想的に浸りやすい人格になってしまう、とそれだけのこと。潜伏期間は不明、発症期間は三ヶ月。余程の重度な患者ではない限り、日常生活を送るのに支障はない。
 一応伝染性の病気で、飛沫・口径の直接接触で感染する。だが、魔法薬の都合上薬を飲ませるのは男性医師からの口移しでなければならない」
「なんだよそれ……っ!?
 治そうとしたら、その医者も伝染しちまうじゃねえかっ!?」
ゾロリが驚きの声を上げると、イシシとノシシを頭の上に乗せたダポンが首を回す。
 その思いもかけぬ動作にコロコロとイノシシたちは落ちてしまうが、絨毯の上に落ちた二人は、その時目に入った面白い調度品を見つけた。すぐに起き上がって歓声を上げつつ部屋の四隅を走り始める。
 双子から見捨てられて、ダポンも漸く二人の会話に参加してきた。
「いや、そういうわけではないんです。まあそうでなくとも、三ヶ月安静にしておくという手もありますしね。
 この薬は男性の唾液で溶かさないと効かないんですが、一旦溶かしてしまうと、その後に空気に触れてしまうと効果がなくなるのですよ。
 そして、この病気には不思議な特徴がありまして。
 絶対感染しない種類の人が居るんです。
 まず、そもそもロマンティック性が一切持ち合わせていない人。私もそちら側でね、やろうと思えばやれるんですが……」
がし。
 ……と、電光石火で移動したロジャーがダポンの頭を握り締める。
 成る程、とゾロリは心の中で呟いて嫌そうな顔をした。
 作ってもこのエリートが止めていたのだ、治療することを。子供と戯れるだけでも本気で妨害してくるこの男の眼前で、接吻に類似する治療行為なんて認められるはずがない。その上、この不良薬剤師は、身を犠牲にしてまで患者を救うような奴ではない。
 タヌキの言葉を奪ってロジャーは説明を続けた。
「それと、完全無欠のロマンチスト、だけだ。
 それを考えると、お城とお姫様を手に入れるとか変な妄想に取り付かれて万年一人寝のキツネが思い浮かんでな。

 あんな妄想に執着して旅をするなんて、紛うこと無き立派な空想癖だ。

 むしろ病気だ」
真っ直ぐな目で、彼はきっぱり言い切った。
 流石にその一言は聞き逃せない。
「ちょっと待てぇぇぇっ!
 病気っつうか、ロマンチストだとぉぉぉぉっ!?
 空想じゃねえよっ! 俺様、本当にお城とお姫様を手にいれ―――」
「寝言はいい。
 とにかく、魔法の国でもこの馬鹿らしい条件に当てはまるのはダポンくらいしかいない。ゆえに、魔法の国ではこの病気の治療は一切出来ないことになっている。
 治療をするならお前を連れて来いと私が言ったんだ。
 そして、来た。
 薬は既に完成している。
 覚悟が出来たならば、さっさと始めるぞ」
だが相手の反論は聞かず。
 くるりと魔法使いは背を返し、黒いマントがひらめく。手にはダポンの頭を掴んだまま。おそらく魔法かなにかで痛くないのだろうが、薬剤師はずるずるとされるが儘に引き摺られる。
 ロジャーは扉の前で立ち止まった。
 来い、と顎で合図する。
 寝室へと続くその扉。
 すなわち、ガオンが居るそこへ―――




MAIN  ・ BACK  ・ NEXT