[ [ [ Romanticが☆止まらない 3 ] ] ]
埋め尽くされた薔薇の花。
ゾロリは一瞬本物かと思ったが、触れて、造花だとわかった。それにしても見事な偽物の薔薇。カーテン越しの昼の光で何も見えないという程に暗くは無いが、花の色が見える程は明るくない。
しかし、何故薔薇……?
疑問を抱きつつ一輪持ち上げて、それからざっと部屋中を見渡した。
隣の豪奢な待合室と比べて、ここはシンプルに作られている。天蓋つきの寝台と、二棹の衣装棚、そしてサイドテーブルが一台と、家具も多くは無い。再奥にはバルコニーと部屋を区切る硝子の扉。この部屋は、ゾロリは良く知っていた。
あの気障な男には似合わない質素だが落ち着いた雰囲気の年代ものの家具も、アンバランスだが何故かすわりの良い置物も、天蓋の内側に描かれた不思議な模様も、何もかも。この部屋に敷き詰められている絨毯は、毛が長く、触り心地の良い。それに裸足で触れると、ぞくりと粟立つということすらも。
故に、彼は造花の薔薇以外にも、いくつか見慣れない装飾品が増えていることに気がついた。小さな人形、ハート型の写真立て、天使の羽を模った壁飾り。まるで女の子の部屋にありそうな小物が部屋のところどころに見え隠れしている。
寝台の上には、毛布の塊。そこから苦しそうな呻き声が聞こえてきていた。
「あのなんとなく籠もっている変な塊がガオン王子ですよ」
誰もがわかることを、ダポンが懇切丁寧に説明する。頭は解放されたらしい。だが後ろには魔法使いが腕を組んで聳え立っている。
恐る恐る、ゾロリは近づいた。
その時、始めて気づいた。
苦しんでいるのではなく、泣いていることに。
「ガオン……?」
声をかけると、ぴたりと嗚咽が止まる。
しかし、突如として。布団の塊は猛ダッシュでキツネから逃げる。かさかさかさかさ、と何かを思わせる素早い動き。まさか動けると思っていなかったゾロリは、一瞬呆気に取られて立ち尽す。
一瞬遅れて、寝台をはさんだ反対側へ移動している塊を慌てて追った。
逃げられれば追いかけたくなるのが本能だ。
どがぁっ!
部屋を上手く半周程したところで、前が見えない布団の固まりは当然ながら壁にぶち当たる。追いついたキツネはそこで、布団の下の王子の腕をしっかりと掴んだ。
「おいっ、大丈夫かっ!?」
握り締めて、わかった。
あの筋肉質な彼の腕だ。
会いたくて会いたくてしょうがない、オオカミの手だ。
理解するとゾロリの顔は見る見るうちに紅潮する。牙を噛み締めようとするが、力が入らない。がちがちと震えるそこから、嗚咽が洩れるのにそう時間はかからなかった。
そう、ガオンが病気だと聞いた瞬間から、彼の精神はとっくに平静を失われていたのだ。
「……ガオン……っ、どうしたんだよ。
俺様、凄く……凄く心配してんだからなっ。
心臓が、今だって、壊れそうなくらいなんだからなっ!
見せたくないなら、顔見せなくてもいい。話したくないならそれでも構わねーよっ。でも……でもせめて、逃げるなっ」
苦しそうな声を聞いて、塊は逃出そうとしていた動きを止める。
はぐ、はぐっと独特な呼吸音。泣き出す寸前のそれだ。
ゾロリは必死で涙を堪えながらその塊に両腕を回し、きつく抱きしめた。
布一枚隔ててもわかる、世界で一番愛しい者の身体。
いい香りが鼻を擽って、思わず、ガオンだ、と小さく呟いて目を閉じた。
二人の周りを取り囲む香りの無い薔薇。まるで時が止まったように、二人は微動だにせず相手の体温を感じていた。
「さっさと治療したいなー」
「黙ってろ」
とかなんとか、戸口の二人がぼやいているとも知らず完全に二人の世界に籠もりながら。
暫くの時間そうしていたが、もぞもぞと塊が動き始めたのでゾロリは慌てて身体を離した。衝動的に抱いたから、力加減を考えていなかった。悪ぃと反射的に謝る。だがキツネの心配は無用で、相手は、たんに話したかっただけだ。
「ゾロリ、何故来たんだ」
低音の、しかしどこか力の無い声。
思いも寄らぬ質問に、ゾロリは大きな目を何度も瞬く。
「ど、どうして?」
「放っておいてくれれば良かった……。
君に―――君にだけは、会いたくなかった。今は」
「無理だな。俺様がお前に会いたい」
へへへ、と目を赤くしてキツネは笑う。
彼は天性の天邪鬼。
だが、オオカミは珍しく反論しなかった。
「そうか。ならば、結婚してくれないか、今すぐに」
―――。
二人の間に、冷たい沈黙が落ちた。
ゾロリは目を瞠ったまま、完全に硬直している。
言い返す方法が思い浮かばなかっただけではない。その問いは、ガオンとむつまじくしている時、常にゾロリの奥底に潜んでいた不安を見事に突きあてたものだったからだ。
その沈黙を聞いて、塊は低い笑い声を漏らす。
笑いながら、キツネから距離をとるように身体をずらす。部屋の壁に背が当たった。
自分でも情けなくなるくらいの寂しそうな顔をしているのをガオンは自覚したが、今は布がその全てを隠してくれる。どうにもならない苦しい世界を見えなくして、さらに、情けない己を恋人から隠してくれる。なんて、素晴らしいんだ。永遠に、この中で生きていたい。……もう、何も見たくない。知りたくない。
オオカミはそう心で繰り返しながら布を強く抱きしめて引き寄せた。
「いいんだ……ゾロリ……。
私は、判ったんだ。
判ったんだよ」
「ち、違うんだっ。お、俺様は、その、ゾロリ城を建てたいし、まだ……。
まだ旅を続けていたいからで―――」
「嫌いなんだろう。無理をするな。つき合わせて悪かった」
「違ぇよっ!」
ゾロリは肩と思しき位置をきつくつかみ、だんっと壁に押し当てた。
薄い高級な布に、爪が引っかかる。
ゾロリは一瞬躊躇したが、直ぐに決心を固めると、布を両手で握り締めて思い切り引張る。
絹を引き裂く音。
ガオンを守る鎧はいとも簡単に崩れ落ちる。
下から現れたのは、愛すべき王子の顔。はっと驚嘆したまま固まっている。
目は赤く、どす黒い隈が浮かび、自慢の金髪は乱れ、耳は垂れていた。
こんな彼を、ゾロリは想像したことがなかった。自信に満ち溢れ、気障で、澄ました態度しか見たことが無かったから。
半病人の顔に言葉を失ったキツネの顔を見て、先に正気に戻ったオオカミは、薄く笑う。
それが、見る見るうちに歪んだ。
「……どうしてっ」
掠れた声で、心から叫ぶ。
「どっ……して、私は、キツネじゃないんだっ!? お前と同じじゃないんだ。
お姫様じゃないんだっ。王子なんだっ。
何一つ君の理想じゃないっ!
どこもかしこも、君には釣り合わないっ!
なのにっ、なのに……
……なのにっ、こんなにも、君の傍に居たくてたまらないっ。
傲慢な願いだとわかっているくせに、己が抑えられないっ!」
彼は何を思ったのか、自分の耳を掴む。強い力で引張っているのだろう、ガオンの耳はぴんと伸びた上に嫌な音が聞こえてくる。
ゾロリはその手を掴んだ。手を離させそうと必死に引張る。
だが、オオカミの力にキツネが敵うわけもない。
「やめろっ!」
「せめて、せめてどこかキツネのようにするっ! するからっ。
こんなもの外して、黄色の耳をつけて、毛の色を変えて―――
……なんでも、なんでもするっ…………。
するんだ……―――っ」
「んなことしなくていいに決まってんだろっ!」
ガオンの耳の一部が、爪で傷つけられて血を流す。
最後の手段とばかりに、ゾロリは腕に噛み付いた。
ガオンは上半身を振って落とそうとするが、抱きついたキツネは絶対に離れようとはしない。意地でも。
二人はそれなりに根性があり、粘り強い。まるで子供のように、全身の力を振り絞って、必死で取っ組み合った。
―――彼らの戦いは十分程続き。
結局は、僅かに頑固さで上を行くキツネの勝利で終わった。
手の動きが収まって、ゾロリは口を外す。思い切り噛んで血が出ていた。
引張るのはやめたが、まだガオンは手をはずそうとはしない。ただ俯き加減に、悔しそうに嗚咽を漏らしていた。
分からず屋の王子を真っ直ぐに見据えて、言う。
「やめろ。手を放せ」
「どうして止めるっ!? 憐れむなっ。こんなものがあるから悪いんだ。私は。そうだろっ? だから君の傍に居ることが出来ないんだろう?
……捨てるくらいならば、憐れまないでくれっ」
言い終えてから、またぐずぐずと洟を啜る。泣き顔は見られたくないが、涙を意思では止められない。
直情型のゾロリは、その一言を聞き逃してやるほどの余裕はない。
彼は大きく手を後ろに引き。
次の瞬間、王子の顔を思い切り叩いていた。
痛みよりも殴られたことへの驚きに、ガオンは反射的に顔を上げる。そこには大粒の涙をぼろぼろと零しているキツネの顔があった。
「俺様が、やめろっつてんだろっ!?
キツネでもねえ、可愛くも無え、お姫様でもないお前が。いつも気になって気になってしょうがないんだよっ。
そんなの全部お前の所為だろぉぉっ!
なんでキツネになるとか言うんだ馬鹿っ。この馬鹿。馬鹿ぁぁぁ」
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