[ [ [  Romanticが☆止まらない 3  ] ] ]


 ―――うん。全くだ。二人揃って馬鹿だ。

 と、ダポンは頬を引き攣らせながら思わず内心ツッコみを入れた。治療しに来たという当初の目的をさっぱりゾロリは忘れてしまっているらしい。ロマンティックが止まらない病患者に合わせて自分までロマンティックになってどうする。
 ある種真っ当な評価を抱きながら、横に居るロジャーを見上げた。治療のために連れて来た馬鹿キツネはさておいて、二人でさっさと残りの治療を始めようと思ったのだ。ロジャーの強制的な魔法を使えば、ゾロリの意志など関係なく操ることが出来るはずだ。
 ……が、その期待は一瞬で打ち砕かれる。
 魔法使いはきつく握り締めた拳を胸の前において、目をちょっと潤ませつつ、真剣な表情で事態の成り行きを見守っていたのである。やおら澄んだ瞳に、ダポンは眩暈を覚えずにはいられない。
 実は、例の条件に当てはまる人間について、薬剤師には一人心当たりがいた。
 ゾロリくらい妄想癖なオメデタな思考回路の持ち主。
 ―――ロジャーは完全に二人の『愛』に心打たれていた。

 使えないなー。

 鋭く舌打ちをして、ダポンは心を決める。彼らに構っていたら時間の無駄だとようやく理解出来た。
 魔法使いから離れて、部屋の隅の薔薇をどけてしゃがみ込む。
 病気に罹った器用な王子は何を思ったかせっせとこの造花を作ったらしい。手先が器用というレベルを超えている気もしないでもないが、病人とは得てして不思議な行動をするものだ。
 三つの薬瓶を懐から取り出し封を切った。この城に連行されてからすぐに調合用の薬は用意しておいた。一番大きな瓶を振って攪拌し、そこへ他の薬を次々に注ぎ込む。始めは乳白色だった薬は一つの薬が入ると緑色透明へ、そしてもう一つの薬が入るとまた元の乳白色へと一瞬で変化する。薬剤師の振る速度は一定だったが、三つの薬が混ざったそれは次第にゆったりと回転するようになった。粘性が出てきたのだ。十分以上同じように振っていると、瓶の壁面で薬は固形に変わっていた。
 薄暗いので色は確認できないが、固さからみるに申し分ない。
 第一段階は終了したな、とダポンは息をつく。本来ならば、自分の役目はここで終わり…………のはずなのだが。
 首を回せば、どうやら暴力的な対立から精神的な対立へ事態は進んだらしい。
 馬鹿二人は向かい合って口での諍いを始めている。

「嘘だ、君は嫌いなんだ。でも、優しいからあわせてくれているんだっ」
「それは、お前だろっ。
 一人身のキツネの俺様なんかを好きだなんて言って喜ばせて。
 王子様で立派なお城もあるのにっ。あるのにっ。どうせ俺様なんか……遊びとかそんなもんなんだろっ。
 ……優しいことだけ言いやがって……っ。……どれだけ、期待することが空しくて苦しくて辛いか……っ」
「君だろう、優しいのはっ。
 オオカミの私が好きだなんて、あるわけがない。鬱陶しいのだろうっ」
「嘘吐けっ。お前だっ。
 俺様が好きで好きで好きで想っているのなんか、嫌なんだろっ。
 お前に嫌われたくないって、……っひく……ないって思って……っぐ……思ってるから……頑張って会わねぇようにしてんじゃねえかっ」
「何を言うかっ。
 私の方が君を愛している。何倍も何倍も愛しているんだっ」
「俺様の方が何百倍も愛しているに決まってらぁっ。
 いつだってどこに居たってお前を忘れられないっ。
 旅しているとき、どれだけ寂しい時があるか知らねえくせにーっ」

 うおーんと鳴き出すガオンと。
 うわーんと泣き出すゾロリ。
 それを見ていたロジャーがホロリと一筋の涙を零す。
 縺れ合う感情の独奏は、いつの間にか二重奏に変わっていた。
 初めて聞いた相手の心の声。
 それを理解するのには相応の時間が必要だった。本当は諍いじゃなかったことに、二人はゆっくりと理解する。熱すぎるくらいの、告白。それを聞いてしまえば、相手の気持ちを知ってしまえば、二人の間に壁のないことがわかってしまえば―――どうして彼らは次の行動をとるのに躊躇する必要があるだろう?
 涙を止めて、見詰め合う。
 ガオンは、震える右手をゾロリの右頬に触れる。
 ゾロリも同じように、左手でガオンの左頬を触れた。
「ゾロリ……」
「……ガオン」
薔薇に囲まれた空間で紡がれる、一つの愛の物語。
 極自然に、二人は顔を近づけていった。
 唇が重なりあう。はらはらとゾロリは再び涙を零す。嬉しいという感情が心を押し潰すくらいに膨れ上がったからだ。彼はとにかく涙脆い。

「そんなことする前に、とっとと薬入れてくださいよ。ゾロリさん」

気配を殺していたタヌキが、最高のシチュエーションをぶち壊す最低のタイミングで声を上げた。
 ロマンティックワールドへ一直線だった二人は、思い切り水を注されて硬直。
 はっと、二人の目が見開かれた。
 ゾロリは慌てて顔を離して、小さな薬剤師の方へ振り向いた。
「う、あ、ああああ。
 ええと、そ、その薬は……」
「これです。よく噛んでからガオン王子の口の中に入れてください。空気に触れさせないよう、口同士は密着させて舌で押し込むようにお願いします。入れたらロジャーさんが魔法をかけてくれますので」
慌てふためきながらゾロリはビー玉ほどのサイズのそれを口に放り込む。
 なんともいえない微妙な味がしたが、噛んでいるうちに柔らかくなり、まるで布を噛んでいるような変な食感がした。
 ゾロリは人差し指を立てて、ちょいちょいとガオンを招きよせる。
 恐る恐るガオンが近づいてきたので、その顔にがばりと襲い掛かった。
 勢いあまって二人は絨毯に倒れこむ。
 ゾロリは王子の顔を掴むと、口を無理矢理舌でこじ開けて薬とともに自分の舌を入れる。二人の尻尾が彼らの感情を表すように激しく揺れ動く。

 苦しくったって、知ったことか。俺様は、怒っているんだっっ!

 中途半端に止められた所為で、二人が燃え上がるのは早かった。
「ロジャーさーん。魔法をっ!」
「はっ」
完全に見入っていたエリートは、慌てて手を伸ばして呪文を口ずさむ。自分の役割をすっかり忘れていた。

 ―――{modore doredore modeore dore}―――

 彼の繰り出した緑色の光は、ゾロリごと当たった。
 温かくて、気持ちが良かった。




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