[ [ [ 愛に言葉は要らない……で済むわけが無い。 1 ] ] ]
ガオンの住まう巨大で芸術的な城に一行が到着したのは、12時を回ってすぐの頃だった。
少し悶着があったものの、腹を空かしてしょげる双子が見てられなくて、ガオンは直ちに厨房に豪華な昼食を用意させた。数分と待たせず食卓の用意は整えられた。
五人分を軽く平らげた後、双子は案内された部屋の大きなソファで遊ぶうちにいつのまにか眠ってしまった。太陽の匂いがすると錯覚する程柔らかな日差しに満ち溢れたその特別な客間。全面特殊硝子で覆われており、いくつか天井付近の開かれた窓から心地の良い風が入り込む。イノシシの子供たちの毛を擽って、風は軽やかに外へ出て行った。
食の進まなかったゾロリは、弟子たちに凭れかかられたまま、外の景色を面白くなさそうな顔で漠然と眺めていた。時折眉間には皺が寄ったかと思えば、ぎりぎりと歯噛みし、さらに低く呻き、頭を抱え、そして戻る―――と一人百面相を繰り返す。
ノシシを安心させるために撫でる手も、今日はどこか荒々しい。
身を沈める深紅のソファは、思索に耽るにもってこいの場所。
穏やかな景色とは裏腹に、キツネの腹の中では憤怒の炎が荒れ狂うように渦巻いていたのだった。
……確かに、僅かに、少しだけ俺様も悪かった。
ちょっと誤解を生むようなメールを送った。
でも、送ったただけだろっ!
それを勝手に勘違いして、あそこまで暴走するかよフツーっ!
「結婚するぜ」って一文のメールを受け取って、三分後には婚約会見の準備を始めて、次の日には各報道関係者に連絡を付けて、その次の日には既に俺様の到着待ち―――なんて誰が思うかよっっ!
遡ること三日前。
偶然に偶然が重なってとある砂漠の集落の村の族長の娘と後一歩で結婚する運びとなり、浮かれたゾロリがガオン宛に結婚報告をした。そして、その翌日にはさらに偶然が上から覆いかぶさって、結局その結婚はご破算になった。まあここらへんはいつものことで―――彼と結婚が絡むと上手くいったためしはない―――気持ちが腐ったゾロリはその足でガオンの城へ訪れた。
……が、城に辿りつく前に大興奮のガオン王子に攫われて王族専用高級車に押し込められ,
いきなり婚約会見をすることを告げられた。
驚くゾロリに、それに輪をかけて驚くガオン。
二人の間にあった誤解は直ぐに解けたのだが、互いに言葉を失って気まずい状態のまま別れた。ガオンは仕事があるとかで昼食の席にも顔を出さず、後ろめたい気持ちが幾分かあったゾロリは気がかりで美味しい料理にも関わらず食が喉を通らなかった。
そう、確かに、始めのうちは反省もしたし、落ち込みもした。
しかし。徐々に、ふつふつと、怒りの種が腹の底から湧き起こり、ソファで考えているうちにその種は萌芽して成長し、いまや完璧に腹が立っていた。
ていうか二日後に婚約会見とか早すぎるしっ。
暴走したガオンが悪いっ。なんで俺様がこんなに落ち込まなきゃならねえんだよっ!
ぜってぇー、あいつが悪いっ、俺様悪くないっ!
シャットから聞いたここ数日のガオン公国の馬鹿騒ぎを思い浮べるだけで、全身がわなわなと震え始める。
馬鹿だ。絶対馬鹿だ。普通そんな大事なことを、メール一通で決めるだろうか。否。相手に電話で確かめるとかするものだ。
そういえば今までも、ガオンにはちょっと自分を思い通りにさせたがる―――迷惑な―――独断的で束縛的な面があったように思う。いや、あった。断言できる。
同い年のくせに、子供扱いしやがってっ。俺様のこと、自分の玩具か発明品のように思ってやがるっ!
てめえの思い通りにならないとすぐ怒り出すんだっ!
思考がその結論に行き当たると、呼び水のように様々な怒りの記憶が蘇ってくる。
彼の変な独占欲が発動して酷い目にあわされたことは、星の数。ガオンの無茶につき合わされて死亡ぎりぎり一歩手前みたいな経験も一度や二度ではない。その後は謝り倒すくせに―――素直に土下座して泣き落としをするくせに―――結局何度も同じ轍を踏むのだ。
ってつまり反省してねぇってことじゃねえかっっ!
ひぃぃ〜ふぅぅぅ〜と不気味な音を立てながら、牙の隙間から憤怒の込められた息が洩れる。丸い手は双子を撫でることを止めて、掴むもののない空中でわきわきと握ったり開いたりを繰り返していた。なんと、振り返ってみれば、幸せな記憶よりも腹の立つ記憶の方が多いではないか。
くわっと見開かれた血走った眼。歪む口元。一度見れば一生夢に出て魘されそうな程おぞましい形相だ。
幸福な双子はそれに気づかず、夢の中。ふふふと愛らしい笑みを浮かべている。
バックに炎を背負いながら、脳内で凶悪な復讐方法が浮かんでは消える。
そんな一人相撲を止めたのは、扉が開く音だった。
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