[ [ [ 愛に言葉は要らない……で済むわけが無い。 2 ] ] ]
反射的に、首を回す。
執事だとばかり思っていたゾロリは、それを見た瞬間にぴくんと耳が動いた。
王族の証たる剣を腰に差し、黒のズボンに白いシャツを着た寛いだ姿のガオン。彼はゾロリに気づいたが、そのまま悠然と腕を組んでその場に立っていた。
来い、ということか。
癪に障ったが、イシシとノシシが寝ていることを考えると確かにガオンの選択は正しい。
弟子たちを起こさないように静かに立ちあがって、ゾロリは大股に彼のほうへ向かった。溜めに溜めて練り上げた感情。一言言ってやらねば収まりがつかない。
一方、王子は相手の怒りを大して気にかける様子も無く、泰然自若として待っていた。
きっと自分の態度を反省して落ち込んでいるに違いないと勝手に予想していたキツネにとって、その恋人のあまりに平然とした態度は少しばかり拍子抜けした。これでは落ち込んだり怒ったりしていた自分の方が、まるで子供のようだ。
近づくにつれて、ゾロリの気持ちはぐらついてきた。これでは、怒り出すのも馬鹿らしい。だが、だからといって、今更いつものように話しかけるのも、数時間前のことがあって出来そうにない。
二人の距離が僅か数メートルを残したところで、唐突に、オオカミは口を開く。
「ウナギを、知っているか? ゾロリ」
男の第一声。
意味の判らぬ質問に虚をつかれて、ゾロリは思わず足を止める。
「……あ、おう」
質問の意図がつかめず、口篭りながら曖昧模糊に返すと、相手は一歩進んで間合いをつめてきた。
何を話したらいいのかわからなかったゾロリに、相手から話題を振ってくれることはよかった。……良かったのだが、何か小骨が喉のひっかかるような違和感を覚えなくも無い。
「そうか。
実は今さっき、ウナギが遠方の親戚より届いてな。それで、是非夕飯にと思っているのだが。食べたことは?」
「ある、けど」
「好きか?」
「そりゃ好きだぜ」
淡々とした調子で質問されると、反射的に答えてしまう。
どうしよう、とゾロリは戸惑いながらも口を挟めない。ガオンの方が一枚上手だった。ゾロリに考える余裕を一切与えずに、矢継ぎ早に質問を続ける。
「そうか、それはよかった。
しかしウナギの形というのは本当に奇想天外だと思わないか? 黒くて、ぬめって、一本の太い棒状。まさに神が創りし生き物だ。
あれはいったいどういう種族なのだろうか? どう思う」
「ど、どうだろう……」
そんなの知るか、といつもの彼なら答えていただろうが、何故かそれが出来ない雰囲気がその質問にはある。
「生きたウナギを見たことは?」
「ええと、あるっちゃあるが、お化けの一種だけど」
「そうか。流石だな、私はお化けのウナギは見たことはない。
しかし、普通のウナギでも、蠢く様というのは壮観だぞ。
話に聞いていたがそれ以上だ。やはり自分の目で見ないと何事もわからん。調理されたのばかり見ていたから、あれほど大きいとは思っていなかった。そうだろう?」
だろう、と聞き返されて、なにやらわからないが釣られて首を縦に振ってしまう。
王子はそれに満足して、一人納得する。
「だろう。
そう思うだろう、お前も。
じゃあ、折角だから見に行こう」
流暢な語り口で、予定通りの言葉が口から零れ落ちた。
呆気にとられて動けない相手を促すように、ガオンは親指をたててくいと廊下を指差す。
暗い虚空へ、キツネの大きな目が動く。
確かに、旅を重ねて様々な国を回っているこの王子がそこまで言うならば興味が惹かれないこともない。
今回のことを始め多くの点できっちり話し合うべき必要性を感じていたが、ゾロリの中でそれは二の次三の次と優先順位が落ちていた。目の前に新しい玩具が現れたら今までのことを一切忘れて気が取られてしまう。
きっと発明好きで好奇心旺盛な彼のことだ。ウナギが届いたせいで、さっきまでしていた喧嘩のことも、怒りのこともそっちのけで興味が移ってしまったのかもしれない。
ゾロリの中で生まれた仮定は、数秒後には、そうに違いないと断定に変わっていた。
……目の前のオオカミの瞳は、依然としてあの不穏な光を輝かせているというのに。
自分の良い方へ、都合よく現実を修正してしまう。
―――それが大きな隙だと、ゾロリはいつまで経っても学習できない。
「……お前が、そこまで言うなら。
つきあってやるかー」
口を尖らせて小さく呟き、形だけはしぶしぶと承諾した。
ガオンは、そうかと弾んだ声で返して相好を崩す。
キツネは、またも都合よくそれを解釈してして同じように笑ったのだった。
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