[ [ [  星に願いを 2  ] ] ]


 普段ならば、部下が入ってくる前に王子は起きている。
 普段ならば、起きているどころか、シャワーを浴び、身なりを整え、朝の珈琲片手に資料に目を通している。
 そして普段ならば、起きたばかりの部下に笑顔で挨拶をした後、纏めておいた質問表をさっと手渡してこういうのだ。
「今日も、頼む。一緒に頑張ろう」
 そんな気障な動作が似合いすぎる王子の、これが遠征中の日課だった。老若男女問わず落とすという美形パワーに、外交官全員がメロメロになってしまっているのは実にガオンだけが気づいていない。誰が王子の部屋に一番に入るのかは厳正な籤で決められていた。―――それもまた、ガオン公国の外交団の遠征中の日課なのだ。
 だが明日は帰国だけ。
 きっと飲むだろうと予想していたので、一団は余裕をとって午後一時に経つ予定を組んでいた。だから、ガオンも、今日ばかりは目覚ましのコールをフロントに頼むことはしなかった。
 なのに、彼は、起こされたのだ。
 バタン、と荒々しく扉が開かれるのをどこか遠くのことように思いながら、ガオンは半目を開いた。どれだけ飲んでも、どれだけ疲れていても、他人の前で熟睡しないよう鍛えられている。
 ぼんやりと薄目を開けたその先で、さらに寝室の扉が開かれた。同時に入る、朝の光。逆光になって、姿がよく見えない。どうやら向こうの部屋は明るい。それだけは分かった。
「ガオンっ」
と、人影が叫んだ。
 人影は一直線に寝台に飛び乗り、起きたばかりの王子の上で四つんばいになる。
 その声には覚えがあった。
「…………ぞろり……」
朝からハッスルでゼッコーチョーの恋人。
 そのテンションの高さはいつもついていけないが、今はいつもに輪をかけてついていくのが難しい。不機嫌さを隠さずガオンは半眼で見やる。が、一方キツネは満面の笑みだった。
「なあっ。やった。とうとう出来たんだ!
 とうとう―――嗚呼、凄いだろっ!?
 本当は待ってるつもりだったんだけどさ、シンシア女王がお前んとこまで行ってもいいって言ったから、思わず来ちまったっ!」
男の気持ちを理解せず、可愛い声で弾丸トーク。

 また発明か……。

 と、ガオンは目を擦りながら呻いた。
 ぺたりと倒れた耳が不機嫌さを物語っていたのだが、嬉しそうに尻尾をぱたつかせるゾロリはそれが気づかない。
 母上もほいほいと許可を出さないでもらいたいものだ。公務と私事を混同させたくないからきちんと別れてきたというのに。……と、心の中で表面上の言い訳を呟く。自分が怒るのは正当だ、と思い込むためだ。
 仕事で発明が出来ずにフラストレーションの溜っていた王子には、ゾロリの自慢はとにかく腹立たしい内容だった。
「…………そうか。
 お前は良かっただろうが、私はまだ仕事中だ。
 公私混同は迷惑だ」
ガオンの言葉はあまり意味を為していなかったが、彼の心情はゾロリにありありと伝わった。
 興奮に冷や水をかけられて、うっと息を詰まらせる。
 暫く緊迫した時間が過ぎて、それから、ぺたりとゾロリの耳がしな垂れた。
 反省したのだろう、よちよちと寝台の端に移動すると、正座をして人差し指同士をつんつん付き合わせる。えーと、あのーと口篭っているところをみると、どうしても話したいらしい。
 もう眠気が吹き飛んでいたので半身を起こして恋人の方へ向く。ただし、怒っている表情は崩さない。
 寝起きは悪い方ではないが、昨日の酒がまだ少し頭に残っているのか、なんだか全身がだるかった。出来ればもう少し休みたい……のだが。
 ゾロリは上目遣いでじぃーっとその場でお許しを待っている。
 話しを聞かないという選択肢は不可能らしい。仕方なくて、ガオンは額に手を当てると大きく溜息をついた。
 そこで、おずおずとゾロリが小さな声で言い訳を始めた。
「あ、そ、その。
 すまねぇ。……やっぱ、子供が出来たら、その、一番にお前に言いたくてさ…………」





 ………………はい?





 いくつかのことがガオンに起きた。
 目が覚めた。
 半分残っていた夢の中から醒めた。
 意識が冷めた。
 しかし冷めたばかりの脳は今の言葉の意味がわからないという結論を弾き出した。
 反射的に移動して、ゾロリの肩を抱いていた。
 その間、僅かコンマ二秒。
 ゾロリから見れば、寝起きで不機嫌そのものといった彼が瞬間移動した様に見えたのだが、まあそれはどうでもいい(コンマ二秒なので)。息がかかるほどの至近距離で、口泡を飛ばす。
「な、な、な、な、な、何て言った!?」
恋人の急激な変わり様に吃驚して、ゾロリは大きな目をぱちぱちと瞬かせる。
 荒い息遣い。秀麗な顔。長い睫。細い金髪。―――それが、直ぐ傍にある。
 ごくり、とキツネの細い喉が上下した。
「いや、だから、子供が出来たから」
やはり、そのトンでも発言は聞き間違いではないらしい。
 二度目の発言だったが、ガオンの驚愕は甚だしく、数秒意識が吹っ飛ぶ。フリーズ。
 ゾロリは真っ白になっているガオンを押しのけて少し距離をとると、それから、恥ずかしくなったのかコホンコホンと不自然な咳払いをした。
 そして、ガオンの表情を伺う。
 上目遣いで、愛らしい顔だ。こういうときの仕草は、通常の愛くるしさをさらに三十倍にしてガオンの硝子のハート(下半身直結)を攻撃する。鼻血が出そうになるのを堪えた。

 いや、可愛いのは可愛いが……本当に可愛いすぎるが……だって流石に……それは無理だろう……

「……ええと、どうやって?」
と、知らずうちに言葉が出た。
 さっとゾロリの顔色が変わる。
 怒らせた、とオオカミが後悔した時にはもう遅い。
「お、お前っ! 流石にそれはないだろっ!?
 なんだよっ、遣ること遣ってないとかそー言いたいのかっ!
 なんでぃ、無責任男っ。最低だ馬鹿ヤローっ。俺様のことずっと弄んでたな」
ゾロリは手近にあった柔らかな枕を振り上げると、ぼすんぼすんと泣きながら恋人を叩きつける。なんだかまずい意見を言ったらしいと―――上っ面だけを理解したガオンは慌てふためいた。
「違っ、そ、そうではなくでだな。
 落ち着けっ。ま、枕で叩くなっ。
 ―――子供を生むのは、じょ、女性だけだろう」
「当たり前だぁぁぁぁぁぁっ」
「だって君は―――」

「どーせ口調だって男っぽいし、態度だってずうずうしいし、全然可愛くないけど、性別的には生まれ付いてから女ですよぉぉぉーだっ!」




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