[ [ [ 星に願いを 4 ] ] ]
『おめでとうございまぁぁ〜す』
ぱんぱん、と軽い爆発音共にぱらぱら散る紙ふぶき。
重厚な扉をホテルのボーイ二人が押し開いた先、昨晩飲んだメンバーが全員顔を揃えて二人の到着を待っていた。
隈もあり、テンションも仕事中からは想像のつかぬ高さだ。おそらく殆ど寝ていないのだろう。軽食と、沢山の酒。ホテル側が気をきかして、わざわざ凝った飾り付けと花のオブジェを用意してくれたので、小規模なパーティ会場のような状態になっていた。
「……なんだよ、こ、これっ!」
ゾロリがあたふたとガオンの裾をつかむ。
―――空々しい、と思いつつもその態度は嫌ではなかったので、オオカミはちらりと秘書に視線を送った。
それだけで、王子付きの秘書は全てを察する。
静かながらも素早い動作で入れない二人の横に来て、美しい所作で一礼。
「この度は誠におめでとう御座います。
ささやかながら我々でガオン王子とゾロリ様の御懐妊の祝いの席を設けさせていただきました。
本国でもシンシア王女がご用意なさっておりますので、そちらの準備の都合により、多少帰国遅らせて良いとのことです。
では、お席をご案内致します。
―――ゾロリ様、どうぞ」
伸ばされた手は、ゾロリに向かっている。
この秘書は王宮でも常にガオンの傍に控えているので、ゾロリも知った顔だった。
ぱちぱちと大きな目を瞬かせて、なかなかそれを取ろうとしない。一番はガオンだと思っているのだろう。秘書は安心させる笑みを浮かべると、さらに続けた。
「このたびの主役は、ゾロリ様ですよ」
「……なんか照れるなぁ」
「この程度で照れられては困ります」
ようやく、丸く小さな手が置かれる。王子を第二秘書がエスコートして、二人は盛大な拍手を受けながら巨大なテーブルの一番奥の席に連れられた。そこだけはピンクのナプキンが用意されており、しかも花の量が格段に多い。
さらにゾロリの席にだけは、熱々のステーキが用意されていた。昨日かなり飲んだガオン一行は食事なんて以ての外だが、今朝ついたばかりのゾロリはそうはいかない。あまりの美味しそうな香りに、キツネの腹がぐぅぅと正直に音を上げる。この切れ者王子の秘書を務めるだけあって、抜かりがない。
各々席に着くと、直ぐにグラスにワインが注がれる。
全体的に浮ついており、少々騒がしいが、それは嫌な雰囲気ではない。
ゾロリは目の前の肉に釘付けで、息荒くして大人しかった。
全員のグラスにワインがいきわたったのを見届けて、ゾロリをエスコートした第一秘書が席を立った。
「皆様、昨夜までは、外交遠征が無事に終わり、仕事が溜りに溜っていると不安になっておりましたね」
音吐朗々としたその切り出しに、どわっと笑いが起こる。
「しかし、神は我々を見捨てなかった。どころか、素晴らしい使者をお遣わしになられました。
このゾロリ様が齎した幸福。
それは筆舌に尽くしがたい最高の知らせ。
その知らせを、こうやって、仕事をせずに、皆で祝うことが出来るのです。
では、我々の旅の最後を締めくくる嬉しい知らせにのために―――
乾杯の音頭は、ガオン王子が取っていただきましょう」
パチパチパチパチ―――
拍手が再びホールを埋め尽くす。
…………が、どうしたことか。
返事がない。
奇妙な間に、一同の注目が王子に集まった。
こともあろうか、あの王子として生まれるためにこの世に誕生したのではないか的王子なガオンが、こんな席にも関わらず完全に自分の考えに嵌ってしまっているのだ。しかも周囲の声が聞こえないくらい真剣に。
焦ったのは第一秘書。
そして、その隣にいたゾロリだ。
「ガオンどうしたんだよ」
不安な顔をしてガオンの耳元でささやくと、王子は一瞬びくりと肩を震わせて、顔を上げる。周囲を見回して、事態を察したのだろう。さっとグラスを持ち上げた。
「おおっと、申し訳ない。まさかこちらに来るとは!
この福音に、私自身の動揺が収まらないのです。焦ってオカシナことを申してしまいそうですが、どうか皆様笑ってご容赦いただければ幸いです。
この度はこのような素晴らしい席を用意してくれたことに大変感謝しています。
皆には話していなかったかもしれないのですが―――」
にこやかな表面上の笑みをさっと作り上げ、適当に切り出すと、存外にもすらすらと言葉が繋がる。伊達に数十年王子をやってきたわけではない。彼の流暢でかつウイットに富んだ語りに、ここそこで心地よい談笑が上がった。
「ゾロリ姫のことなら誰もがご存知ですよ」
「王子が前々からメロメロでしたものねぇ。
それに何度もお見かけしたことがあるし。本当に綺麗なお姫様ですよぉ〜。遠い国ですが、大丈夫ですか?」
―――姫?
一瞬フリーズしたガオンの横で、ゾロリがあははははと恥ずかしげに手をぱたぱたと振っている。声を上げた外交官は笑っていた。
「……ひ、ヒメって……お前……」
ガオンの手にあるワイングラスが波立つ。そのただならぬ様子に、ゾロリは眉間に皺を寄せてこっそりと囁く。
「――なんだよ今更っ。
嘘に決まってんだろ。
ちょっ、この場で言ったらお前の秘密もバラすからなっ」
そうだよな、やっぱり姫じゃないよな。―――いやそうじゃなくて。
喉元まででかかった言葉を生唾とともに呑み込む。
焦るな、と心に言い聞かせた。
目の前にいるあの堅物の外交官がゾロリと手を組んでいないという確証はないのだから。
「おおっと、長くなってしまいました。
では、乾杯!」
『乾杯』
声とともに皆が一気にシャンパンを飲み干した。
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