[ [ [ 星に願いを 5 ] ] ]
迎え酒が一番二日酔いに効くガオンにとって、それは恵みでもあった。二日酔いよりも頭を悩ませている問題は目下解決していないが。
部下達は次々にやってきては祝福の言葉を述べる。
彼らの顔にはイタズラしてやろうとかそういう雰囲気はない。最も信頼の置ける秘書ですら……いや、秘書こそが……一番嬉しそうにガオンに祝辞を述べてくれた。第一秘書はガオンとゾロリの付き合いの当初の頃から知っている。……にもかかわらず。
すぐに種明かしが来るだろうと身構えていた王子にとって、この事態は混乱に拍車をかけた。豪華な遅い朝食を済ませたゾロリはガオンの部下達に暢気な声で対応していた。
ずうずうしいが憎めない雰囲気。
ゾロリは何故だか、どんな相手とも相性が良い。決して品の良い態度、言葉遣いでないにもかかわらず、初対面の相手の中でも自然に溶け込んでしまう。ゾロリの様子にはなんら変わったことはない。普通だ。ごくごく普通なのだ。
ただ一つ、部下達はまるで当然のようにゾロリ姫と呼んでいるということを除けば。
ええええぇぇぇ―――っ!?
出来ることならば頭を抱えてうずくまりたかったが、そうもいかない。彼は王子で、主賓なのだ。
悩みすぎて固い表情のガオンは、間を持たせるためにかなり早いペースで酒をあおっていた。
……一体何人がゾロリの手先なのだ。
そう考え始めると、ついつい誰もを疑いそうになる。青い目が細められ、鋭い眼光で部下達を見回す。しかし彼らは、酒と良い知らせに浮かれていて、仕組んでいるようには見えないのだ。
小さく息をついて、再び酒を呷る。疑うなんて、全く馬鹿らしい。信頼の置ける部下だし、皆もそう簡単にゾロリに協力するはずがない。じゃあ、この事態はなんだ? ―――と、疑問は最初に戻る。
ガオンが人々の目を潜ってそんな奇妙な行動を繰り返しているときのことだった。
「王子。
シンシア女王からお電話が」
第二秘書が銀色の盆を持って二人の後ろへやってきた。そこには、小さなテレビ。周囲の席の部下達は、どれどれとぐっと身を乗り出す。興味津々だ。
「母上っ」
「女王っ!」
ゾロリとガオンの声が図らずしも唱和する。
小さな画面に映っている美しい女性は嫣然と微笑む、と、いきなりその端から大きな茶色の塊が現れ画面を覆いつくした。
『ゾロリせんせぇ』
独特な甲高い声。
その大きな音に、主役二人の周囲だけではなく、会場中の視線が集まった。
秘書は手早くテレビと同時受信可能なカメラを二人の前にセットし、さらに、いつの間に用意してあったのか後ろの大画面と繋ぐ。ぱっとそこに映ったとき、ちょうど、イシシとノシシはテレビカメラに向かって最高の笑みを零したときだった。部屋の明かりは暗くなり、画面の中の小さな二人はぱたぱたと女王へ向かう。椅子に腰掛ける彼女の膝によじ登って、二人揃ってちょいと上手く座りこんだ。
彼女は二人の脇の下に手を通して優しく抱きしめながら言った。
「ゾロリ姫、ガオン。
この度は本当に……おめでとう。こんな言葉しか思い浮かばないくらい。とても、とても嬉しいわ」
……女王。
ゾロリの小さな唇が声もたてずに動く。
―――亡き母のことを思い出しているのか、兎角シンシア女王に対して感傷的になりすぎるきらいがあることをガオンは思い出した。王子は椅子を引いて立ち上がり、深々と礼をする。その時、足元がふらついていることにようやく気がついた。
やばいな、飲みすぎたか。
内心舌打ちしながら顔を上げて、真っ直ぐにこの国の最高権力者を見つめた。
「勿体無きお言葉、誠に光栄であります。
……私と、ゾロリの間に、まさかこのような事態が起こるとは思ってもおりませんでした。本当に。心の底から驚いております。
わざわざこちらにゾロリを寄越して頂き大変嬉しく思います」
どうやら、彼女も敵らしい。
ガオンは顎を引いて、にやりと口の端を引き攣らせた。
秘書は自分と同じように何かに騙されている可能性もあるし、外交官達はわかってないという可能性もある。だが、女王だけは、違う。彼女は完全に全てをわかっているはずだ。
牽制のための言葉。聡い彼女ならば心から喜んでいる言葉ではないとわかっているだろう。シンシア女王は息子の含みのあるいいように口に手を当てて笑って流す。
「まあ。
貴方ったら」
「ガオンっ。本当におめでとだ!」
「おめでとうだぁ。
せんせ、せんせ。男の子だか、男の子だか?」
「ノシシ、気が早すぎるぞ」
ゾロリはぱたぱたと手を振りながらきつく言い返す。子供には分からぬ羞恥心を感じて、頬は真っ赤だ。会場から失笑が洩れる。ノシシはえぇーと首をかしげて、その頭をゆっくりとシンシア女王が撫でた。
「私も同じことを聞こうかとしてしまいましたのよ。
ごめんなさい、つい浮かれてしまって。
そちらはどうかしら?」
「あは。ええーっと。よ、よくしてもらってます。
な、ガオン?」
ええ、とガオンはいつもの王子らしい朗らかな声で頷いて。
鋭い目を女王に向けた。
「……こんなことにわざわざ、と思うほど」
低い声で放った言葉に、場の空気が変わった。
と、言うよりも、時間が止まった、という方が正確なのかもしれない。
誰もが、動けない。
集まる視線。
驚きに見開かれる瞳。
状況のわからないイシシとノシシだけが首をきょときょと回しているが、その上のシンシア女王は表情は穏やかだが目は完全に笑っていない。
それは、どう考えてもイタズラがばれたとか仕掛けに気づかれて驚いているとか、そういう類のものではない。
まさかそんなことを言うなんて、という、軽蔑に近い驚愕だ。
なんだ、だってこれは、ええと、ゾロリのイタズラじゃないのか母上ぇぇぇ―――!?
ガオンは絶叫する。心の中で。声に出すのはあまりの空気の重さに躊躇われた。
長い人生ここまでどじを踏んだ経験は初めてのことだ。
噴出す冷や汗をそのままに、慌てて口を開く。
「いえ。ですから、本当に、自分でも気持ちの整理がつかない間にいろいろなことが起きてしまって。
私が聞いたのは今朝なんだぞ、ゾロリ。
少しくらい落ち着かせてくれ」
「あ、ああ。
いや、だって、電話で先に言うよりさ、ほら、直接がいいって女王が言ったから……」
息子がヘマを踏んだのもわかったが、それを必死に取繕うとしているのもわかった。シンシアはいつもの顔に戻した。まだ目は笑ってないが。
「そういうものでしょう。
ガオン」
「え、ええ。
そうですね。確かに直接の方が……喜びが大きくなりますね。なるほど、深いお考えです」
乾いた笑いを浮べる王子に、ようやく場の雰囲気も和んだ。
まだ納得していない幾人か―――その代表は勿論シンシア女王だ―――は視線を王子から外さなかったが、ゾロリに向かってガオンが優しそうに声をかけるのを見て、下の動作に戻った。
その後はダンスやビンゴなどが催され、しかも次々にガオンの友人が集まり、夕方近くまで楽しい雰囲気で幕を閉じた。
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