[ [ [ 星に願いを 6 ] ] ]
「では、王子。
明日は午後三時の飛行機を用意しておりますので、お迎えには昼12時にあがりますが、宜しいでしょうか」
「ああ。そうしてくれ」
二人の秘書は一礼すると、エレベーターを降りた。
最上階のスイートルームには、このエレベーターが直接繋がっている。
ゾロリとガオンの二人だけ。
酒と楽しい時間に、二人は気持ちの良い疲労感に浸っていた。
音も無く、まるで昇っているという感覚のないエレベーター。ふと、ガオンは、俯いているゾロリの顔色がさほど良くないことに気がついた。
「……大丈夫か」
「え?
ああー……うん。
その、さぁ……」
ゾロリにしては珍しく口篭っている。ガオンが顔を近づけると、キツネは数歩後ろへ下がった。どうしたのだろう、と、不安になって口を開こうとした瞬間、エレベーターは目的地に到着してしまった。
ガオンの後ろで滑らかに扉が開く。
このホテルは国外でも著名な建築家の建てたもので、絨毯もエレベーターも、優美な曲線が随所に用いられ、まるでそのまま芸術品だ。オオカミは振り返って、クレマチスの模様を模った扉を抜けて部屋に入った。そして、エレベーターの扉の部分に手をかけて待っているが、何故だか、なかなかゾロリは下りようとしない。
何を躊躇しているのか、鼻をかいたり頬をかいたりと不思議な動作をしている。
ガオンはあえて声をかけなかった。こういうときに口を出すとゾロリは絶対に言わなくなってしまう。ただ、待った。キツネの決心が着くのを。彼自身が納得するのを。
そして、時が来た。
ゾロリは顔をあげて、くしゃりと笑う。
―――王子の胸をずきずきと突き刺すような、切ない笑みで。
「あのさぁ、ええっと―――。
―――生まなくても、いいんだぜ?」
見開かれるオオカミの目。
キツネは手を胸において、服をきつく握り締めて笑っていた。そうしていなければ直ぐにでも涙が溢れそうだ。
……だが、泣いてはならない。そして、言わなければならない。二つの困難な条件に耐えるために、必死だった。明るい言葉だけを選び出して、どうか彼の負担にならないようにと思いながら、話を繋げる。
「いや、やっぱり急だっつーか、お前も色々人生設計とかあるんだし王子だし突然だったし……ああの、その、困ってる、だろ。
そういうときに、その、無理にこういうことを決めなくても、っつうか、無理だと生まれる子にも良くないとか、俺様思ったりするんだよな。うん。
だから、その、今なら―――病気とか、そういうことにだって出来るしさ。女王だって納得すると思うしさ。だから―――だから―――」
ガオンは崩れ落ちるようにエレベータの中へ入り込む。
そのまま自然な流れで、ゾロリを抱きしめて壁に押し付けた。
あまりに違和感のない動きで、一歩も動けなかった。
温かな体温。そして、それととともに伝わるガオンの心音。ゾロリ、とその耳に良い低音で囁かれて、びくりと全身が震える。
「……どうしてそんなことを言い出すんだお前は」
エレベーターの扉が後ろでゆっくりと閉じられていく。
「え、いや……あの、だ、だって……。
―――そんなに、嬉しく、ない……だろ、お前?」
目尻にたまっていた涙が、とうとう零れ落ちる。頬を伝わったそれはガオンの服に染み込んだ。
一旦泣き出すと、堰を切ったように次から次へと溢れてしまう。嗚咽を洩らすまいと必死に堪えるゾロリを、ガオンは何も言わずにきつく抱きしめた。
それが、彼の答えだ。
太い腕。広い背中。さらさらとした金髪。そして、彼の香り。その全てがゾロリの中に雪崩込んできて許容量を超えてしまう。
その全てが、大好きだ。
と、ゾロリは思う。この全てを捨ててまた旅に出ようと思っていた自分を哂う。無理なくせにと哂う。
だって、もう手放すことなんて出来ない。
黄色の手が、おずおずと―――だが、確かに―――ガオンの背中に回されて、ゆっくりと時間をかけて抱きしめ返した。
自分の気持ちが伝わったこと確信してから、オオカミは口を開く。
「……馬鹿言え。
嬉しくないわけがない」
その後、泣き出してしまったゾロリを宥めながらエレベーターを開いて部屋に連れてきた。二十四時間体制の温泉付きだと知って、すぐにゾロリは服を脱いで浴室にこもってしまう。泣き顔を見られたことが死ぬほど恥ずかしくて、まともにガオンの顔が見られないのだ。その心情を察してガオンは笑いを噛み殺しつつ、あえてなんでもないような素振りで通した。山よりも高いゾロリのプライドを傷つけると、色々後々大変なのだ。
風呂から上がると、ゾロリは逃げるように寝室へ隠れてしまった。
ガオンも風呂に入り、バスローブをゆるくつけて戻ってくる。昨日から今日にかけて、目の回るようなとんだ一日だった。湯に浸かりながら朝からの出来事を思い返すと、なんだか気が遠くなってくる。
寝室に入ると、キングサイズの寝台の上に布団の塊があった。頭隠して尻隠さずの文字通り、そこからひょろりと黄色の尻尾がはみ出している。
「……キスをしても、いいか?」
入ってくるなり、ガオンはそう尋ねた。
塊がもぞもぞと動いたかとおもうと、ちょこんと頭が出てくる。眉は顰められているが、本気で拒絶している顔ではない。寝台の横からゆっくりと乗り、ガオンは細い肩を布団の上に押しつけて覆い被さるように唇を重ねた。
久しぶりに触れた感触に湧き起こる興奮。ゾロリの柔らかな胸の感触。舌を相手の体内に這わせて中を舐め取ると、ゾロリもその動きにあわせてきた。
熱く激しい口吻。
貪っても貪っても足りない飢餓感に襲われて、まるで獣のようにガオンはゾロリの口内を蹂躙する。この味。決して他のものでは代用することの出来ない味。ゾロリの味だ。
あんな長い時間、良く堪えられたものだと、今更ながら思う。
―――と、肩を押される感覚があった。
始めは無視をしていたが、ゾロリの強い力に負けてガオンは体を起こす。
「もう少し、したいのだが、駄目、か?」
上目遣いで甘えてみると、ゾロリはちろりと視線を動かした。
「……お前、興奮している」
指摘されてオオカミの顔色が変わる。
実のところ、肌蹴たゾロリの艶姿を見たときから、軽く其処は形を変えていたのだ。接吻をしている最中にどんどん興奮してしまったのだ。それを気づかれまいと必死に腰を離していたのだが。
ゾロリの目は冷たい。
軽蔑されたかと不安がる王子の前で、突然、思いも寄らぬ行動を始めた。なんとゾロリはバスローブを全て脱いで、ガオンのそれも脱がせ始めようとしたのだ。
「お、おい……っ」
「…………するのは、怖いから、嫌だけど。久しぶりだから、その。
せめて、口で、やってやるよ」
―――?
今、なんつった?
と。
ガオンの脳内が真っ白になった隙を突いて、ゾロリは彼の股間に顔を埋めた。躊躇ない動きだった。
今まで、一度もこんなことをしてくれなかったどころかガオンがちょっとおねだりした途端烈火の如く怒りだしてフザケンナぁぁと絶叫して―――と脳内でぐるぐると回る様々な記憶。
ゾロリはプライドが山よりも高い。ガオン公国一の山 ガオンマウンテンも目じゃないほどのに高い。多分魔法の国にあるという世界で一番高い山 マジックマウンテンよりも高いに違いない、と現実逃避がてら一瞬王子はそんなことを思う。
もうかなりやることをやっているというのに、今ですら、情事は『あくまで』『しかたなく』付き合って『やってる』という態度を少しも崩さない。
積極的に彼が動いてくれるなんて―――有り得ない。
有り得ないことが現に起きてしまった!
目を白黒させていた王子は、しかし、直ぐに、その快楽に負けた。
疑問を解く前に、それ自体がオオカミの脳内から消え失せてしまった。
音を僅かに立てて、しかも指で軽く扱く。先端に舌を這わせたと思えばそれをぱくりと包んで舌先で弄られる。
一旦受容れてしまえばその後は早くて、ガオンは一気に絶頂へと駆け上る。
「……すまっ……ゾロ……」
限界が近いことを、途切れ途切れの言葉へ伝える。
ゾロリはそれを聞いて、益々ペースをあげる。
リズミカルな手とそれにあわせた舌の動きは、もはやいろんな意味で天才的だ。
低く呻いた後、ガオンは精を放ち、勢い余ったそれはゾロリの体に僅かにかかった。
ゾロリはそのまま、ガオンを挑発的に見つめた。
どきん、と王子の心臓が飛び跳ねる。
その表情は反則だ。
もし数秒そのままだったら、待ち時間必要ないくらいもう一発いける。そのくらいくる顔だ。
―――しかし、ゾロリはそれ以上するつもりはないのか、サイドテーブルにあったティッシュをとって手早く後処理をした。心地よい疲労感に浸っていたガオンは、それをどこか遠いものの様に眺めていた。
塵を捨てて、ゾロリは戻ってくるなりガオンの股間に手を這わせた。
「……もう一回、いっとくか?」
急所を握り締めて転がしながら、ゾロリは薄く笑いながら尋ねる。優位に立った者が見せる笑みだが、ガオンは嫌な気はしなかった。なんだかこんな女性に弄ばれるのも悪くない。
「いや、もういい。
実は、結構疲れているんだ。昨日まで激務でな。
だから―――抱きしめて、寝かせてくれないか?」
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