[ [ [  Have a bad day,  5  ] ] ]


 「こんにちは、ダポンさん」
彼の思考は、上から降ってきた声によって遮られた。
 反射的に首を回すと、いつの間にか、向こう側で話していた魔法使いの一人が後ろに居た。
 今年の新年会のパーティで挨拶した覚えがある。何故声をかけてきたのかわからなかったが、とりあえず身についた習性で深く一礼をした。
「いつもご贔屓頂き、誠に有難う御座います」
ダポンが顔をあげると、男はなにやら非常に爽快な笑顔で見下ろしている。
 ―――小さなタヌキの脳内で、警戒音が鳴り響く。この表情、よからぬことを考えている時のそれだ。
「ええと……、何か御用でしょうか? ロジャーさん」
魔法使いがいつまで経っても口を開かないので、身を引きながら尋ねた。その背中が、後ろの棚に当たる。追い詰められるような、妙な圧迫感を覚えた。
 他の魔法使いたちも、ロジャーの動きが気になったのだろう、会話を止めてこちらを見ている。
 ロジャーは再び笑みを零した。
「いえ、今度入ってくる新しい薬が何なのか、気になったもので。
 それにしてもこの薬はなんですか? 見かけないのですが」
言いながら、ダポンの持っているのと同じ赤い瓶を台車にある箱の中から取り上げる。

 ああ、なんだ、そんなこと。

 薬剤師の中で、気が緩んだ。自分は無意識に過剰防衛になる癖がある、と言い聞かせて早くなった動悸を落ち着かせる。
 それに、自信作に一番に興味を持ってくれたのは、少しだけ嬉しかった。
「火傷用の薬です。先月一般発売したものを、今回特に注文されてまして」
赤い瓶の表面に映る獅子の顔。
 ひっくり返すと、一枚のシールが貼ってあった。薬品名、成分、そして使用方法に効能。火傷した直後または三十分以内ならば、身体への負担は少なくLv3の火傷回復魔法で完治する、とある。
 魔法というのは体系を分析すればするほど様々な魔法が生み出されるため、魔法薬の指示はレベルと魔法の属性を指定するのが一般的だ。火傷回復魔法でポピュラーな呪文というだけでも五六種類ある。そのどれでも大概同じ魔法薬で効くからだ。
 魔法のレベルは、その難易度と消費魔力に応じて設定され、1〜10段階まである。Lv3といえば一般人が使用出来るくらいだろう。
「完治、ですか?
 なかなか珍しいですね、おたくの薬でそこまで書かれるのは」
心底感心した声を作って言うと、言葉を信じた愚かなタヌキの口元が緩んだ。
「ええまあ。
 こんな話をするのは少し恥ずかしいのですが、少し自信があるのです。調合方法を変えたら随分効きがよくて。火傷ならば、怪我を短時間ならば完全に回復できるんでですよ。何度も試して同じ結果で、社員一同驚いたくらいです。
 それに、近頃取れる様になったハールド草のお陰で、身体内部の回復力にも問題ないように出来ましたし。火事に遭ったりすると、本人にも回復力がない場合が多いらしいと聞いたので」
回復魔法は二つに大別できる。術者本人の魔力を分与するパターンと、被術者の回復力そのものを強めるパターン。
 ダポンの言葉から察するにこの薬は前者の力を強めるのだろうが、Lv3というのは転んだ擦り傷を治す程度しか魔力を移動させないはずだ。
 へえ、と奥で話を聞いていた男たちからも感嘆の声が上がる。
 確かにそんな薬は聞いたことはない。凄い新製品ではないか。
 さすがダポン薬局だなぁ。
 ―――と、魔法使いの一人が隣の男に小声で語る。
 ダポンはロジャーの次の反応を待っていた。営業用の笑みを浮かべて。
 その笑みは、人懐こさを感じさせるものなのかもしれない。
 なぜならこのタヌキは、背も小さく、身体は丸っこく、そして魔法が使えないという哀れな存在。そんな者は、無邪気に微笑むだけでそれなりに愛らしさを帯びる。彼はそれを知っていて、この表情を利用する。そして心の中で乗せられた者を盛大に蔑むのだ。

 俺がお前の約束を信じていたのを、哂っていたのだろう? あんなモノを真に受けるなんて救いようのない馬鹿だ、と。



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