[ [ [  Have a bad day,  7  ] ] ]


 「へえ、これ面白いじゃねえか。ロジャー」
一人の魔法使いが、声を弾ませて吐き捨てた。
 その言葉を聞きながら、ダポンはゆっくりと目を開く。意識が戻る。
 目に映った床は、まるで何もなかったように白い。そして自分の手も足も、前と同じだ。
 心臓は早鐘のように打ちつけているというのに。まるで、自分だけがオカシイみたいだ。
 だが先ほどと違って、左側にはいくつも割れた瓶が転がっていた。そして、複数の足がぐるりと己を取り囲んでいる。

 ―――面白い、か。うん、そうだ。きっと面白い。

 手をぼんやりと見ながら、彼は自分に何度も言い聞かせる。心臓はその言葉に従って直ぐに穏やかに打ちはじめていた。
「すげぇな、あんなに黒かったのに数秒で」
「本当にLv3かぁ? お前、10と使ったんじゃねえの」
「いやあの詠唱は3だなー。
 なんだよー。結構イイもんあるんじゃん。傷薬しかしらなかったぜ俺。
 あ、なんだコレ? 変身時間持続薬……って一ヶ月用っ!?」
「わー。骨折対応とかあるんだ……って水虫対応はどう見ても自分用じゃねえの、これ。誰が注文したんだ」
魔法使いたちはロジャーを押しのけて台車を探る。今回の指定薬は珍しいものが多かった。彼らの好奇心を十分に満たした。
 割れた瓶の薬を踏みつけた男は、嫌な顔をして、一瞬でそれを消し去った。どれだけ凄い技術を込めて作った魔法薬も、時としてこんな下らない理由で消える。それは十分に理解しているはずなのに、ずきりと何かが痛む。
 「それは、良かったです。エージェントの方々に効き目をご満足頂ければ、これ以上の幸いはありません」
何事もなかったように、薬剤師は顔を上げて微笑んだ。
 面白いのだから、笑うのは当然だ。
「しかし、申し訳御座いませんが、補充が終わるまでは薬に触れないで頂けますか?」
と、立ちながら言った。ぱんぱんと服を払う。
 盛り上がっていた魔法使いたちは水を注されて面白くない顔をして口を閉じる。
「火傷薬一本も、か?
 たんに使い勝手を試しただけだろう。金を払わないわけではない」
反論したのはロジャーだった。目を鋭くして尋ねる。
「そうなんですが、戸棚に薬が入るまでは未履行扱いになる契約なんですよ。指定薬は余分に持ってきていないので、取りに戻らなければならなくて―――」
ダポンは苦笑する。
 彼を取り囲む足が、じりじりと迫ってきた。
 そうなって、ようやくタヌキは己の過ちを悟った。
 難しいなぁ、魔法使いの気持ちを理解するのは。と、暢気に心中ぼやく。わからないから、いつも彼らに合わせてやっているのに。それでも謎な反応ばかりする。
 魔法使いの一人が、自分に向けて手を伸ばす。

「うっせえよ。たかだか火で焼かれたくらいで、変な声あげて。
 お前の使ってやっているんだ。黙ってもってくりゃいいだろが」

 火が迫ってきても、もう悲鳴はあげたりはしない。
 笑っているだけだ。
 面白いのだから、笑うのは当然だ。


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