[ [ [ Storyteller 2 ] ] ]
『ダポン、やめるだ!』
突如響いた愛らしい大音声。
はっと四方を見渡すが、声の主の位置は読めない。
後ろは、居ない。
目の前の森にも居ない。
どこだっ、と焦って視線を巡らす。殺意に満ち満ちた目は、燃え盛る炎によってぎらついていた。
―――だが、イノシシたちは。姿を隠しておいた方が百倍有利になるという作戦を立てられるほど、成熟した思考はもっていなかった。
「動けないゾロリ先生をこれ以上痛い目に合わせるのは許さないだよ!」
「痛い目にあわせるならオラたちからやるだっ!」
続いてくる言葉に、ようやく双子がいる位置が判明する。
上だ。
顔を上げれば、暗い森の木に引っかかってぶら下っている二匹の猪。
子供たちはぷんすかと腹を立てているようだが、全く間の抜けた格好で、怖くもなんともない。
……というよりも、既にその現状はかなり危険だと思う。木が折れたらかなりの勢いで地面にぶつかる。逃亡者に声をかける前に、まず降りた木から方が幾倍も良い。
そんなことがわかるなら、そうか、今叫ばないよなぁ……
逃亡者は、拍子抜けしながら、一方でなんとなく納得した。
「ゾロリ先生を守るためなら、オラたち痛い目にあってもちっとも痛くないだ」
「嬉しくて楽しいだっ!」
かっこよく決めたつもりなのだろう、腰に手を当ててふんと大きく鼻から息を吹いている。そういうところは師匠譲りだ。
師匠ならば様になる動きも、手足の短いイノシシたちがやればただの愛くるしい仕草以外の何物でもない。今の発言にツッコミたい気持ちもあったが、それは逃亡者としてどうだろうと思ってダポンは自分を抑えた。
ワンテンポ遅れて、弟の言葉に含まれた大きな間違いに兄が気がつく。
「……ノシシ。
そりゃちょっと言いすぎだ。
―――考えてみるだ。
痛い目に合うことはちっとも嬉しくもないし、楽しくもないだ」
「えー……?
オラ考えてみるだ」
言いながら手を口に当てて、本当に彼なりに一生懸命考えているのだろう、小さなイノシシは難しい顔を作った。
だが考える顔を続けているのは、彼にとっては難しい。
数秒と経たずノシシは元の顔に戻って、真っ直ぐに兄を見据えた。
「イシシ……」
「なんだノシシ」
弟の様子に、何かを感じ取ったのか。
イシシは注意深く聞き返す。
ぱちぱちと弾ける火。それがノシシの顔に不思議な陰影を与えて、イシシは固唾を呑んで次の言葉を待っていた。
「全くイシシの言うとおりだ!」
「わかってもらえただかぁー」
ずるり、と傍で聞いていたダポンは一瞬バランスを崩す。
何だろう、何故だか彼らの話を聞いていると、こうも脱力してしまうのは。育て方が良いのか悪いのか微妙なところだと思う。
呆れ果てる逃亡者の前で、双子は自分たちの世界に入ってなにやら感極まっていた。
まあ子供というのはそういうものだ…………ともダポンは一瞬思いかけたが、やはり普通の子供とはどこか違うと思い直した。よく言えば個性的で、悪く言えば変わった双子。彼らと旅をしている男はいつもこんな気持ちを味わっているのだろうか。
「イシシ……」
「ノシシ……」
二人は宙づりになったままひしっと抱きしめて泣きあった。
うわぁぁぁああああ〜ん。
夜の森に響く、思わず手を伸ばしたくなるような声。
……どうして泣くのか、全く、意味がわからない。
意味はわからない、のだが。
ダポンの頬は緩み、いつも浮かべている笑顔とはまったく別の、本当に、心から穏やかな笑みが浮かんでいた。胸に温かなものを感じて。見られないように俯いて苦笑する。
二人に危害を加えるつもりは初めから一切ないというのに。
魔法も使えない、こんな小さな子供たちを、どうして苛めなければならない。
―――小さな、子供?
ふと、その言葉だけが意識に足跡を残す。
ダポンはゾロリを再び見下ろした。先程とは別の感情を抱きながら。
もしこの男が居なくなったら、死んでしまったとしたら、この二人はどうなるのだろうか? 今は情報局の人々に保護されるが、その後は? 魔法の国の孤児院に入れられてしまうのか? 魔法を使えないのに、この国の最下層民として、自分のような人生を強いられるというのか?
改めて上を見上げると、双子はまだ泣いていた。
あの涙が自分が与えたものだと思うと、取り乱したくなる程の激痛が走る。この痛みには覚えがある。ハリネズミの少女が、魔法の森を封印したのは己の所為だと責めているのを知ったとき、同じ様な苦痛に襲われた。
だから、この、陳腐でありきたりな物語を作り上げることを決めたのに。
―――他の子供をこの物語の所為で苦しめてしまうなんて、出来るものか。
「お前たちには呆れたぜ」
と、声を上げた。
泣いていることに必死になっていた双子は、自分たちの置かれた状況を思い出して慌てて下へ振り返る。ダポンがゾロリの元に跪くと、師匠の危機を感じて二人は口々に批難する。今の今まで怯えて泣きあっていたというのに。その一生懸命な様子がこの上もなく愛しい。
ゾロリの身体を触ると、有難いことに怪我をしていてくれた。これならば、怪我を負わせる必要も殺す必要もない。
「お前たちの馬鹿さ加減に呆れたお陰で、俺は本来の仕事を思い出したよ」
嘘をつけ。
と、胸の中で誰かが哂う。
でも、双子には気づかれないだろう。その自信はある。
「本来の、仕事?」
嗚呼、そんな澄んだ目で問い返さないでくれ。そんなものありやしないんだから。
そうさ、と軽く返事をして流して、二人にまるで今気づいたかのようにゾロリの怪我のことを述べた。予定通り、驚きの声を上げる二人。これを言えば、もう、彼らの頭はゾロリの怪我だけで一杯一杯だ。
腰元のポーチから二つの薬を取り出した。開発中のものだが、構わないだろう。自分で傷を見て量を調節出来るのならばそんなに問題はない薬だ。一般発売が難しいので開発中としていたが、自分で使うにはこれ以上ない良い製品だと思っている。だからつい、今の今まで持ち歩いてしまっていた。
骨折の薬自体は大して珍しくもない。
この手の怪我の魔法治療薬に大きく横たわる問題は、治す成分と痛みを止める成分とが全く相反するという点だ。一つの薬にまとめると、互いに効果を打ち消しあって結局不完全なものになる。だが一方で、別々に保存して使用直前に調合すると相反する作用故に魔法との調和が難しい。
だからダポンは根本的に考え方を変えた。
魔法薬は痛みを抑える成分だけにしぼり、怪我を治す成分を排除して魔法の効果をあげる成分に切り替えた。魔法レベルの弱い一般人ならば成分に不安があるが、普通に医者が使用するならば十分効くはずだ。
「そこのお二人さん。
国立魔法病院に行きな。そしてこの薬を使って、魔法をかけてもらうんだ。そうすれば直ぐに良くなる」
ぴたりとイノシシは泣き止んで、こちらを向いている。
「ホントだか?」
「せんせは、大丈夫だか?」
ぐすぐすと洟を鳴らして目を潤ませる。
そんな、死ぬわけでもないのに。
笑いが零れそうになるのを自制して、『悪者』の仮面をなんとか被り続けて立ち上がった。
「お前との戦いは、怪我が治るまで休戦ということになるな」
そう言い捨てて背を返す。
次に会うときは、殺してくれ。
あの二人のために。
子供たちに、悪は滅びるのだと言う物語を教えるために。
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