[ [ [  No pain,no heart.  4  ] ] ]


「試すようなことを言って、悪かったぜ」

ダポンが問い返してから、かなりの間があって。唐突に、キツネはなんだか深く謝ってきた。
 もういつもどおりに戻っていた逃亡犯は、間の抜けた顔をして小首を傾げる。誰にも見えないが。
 謝るくらいならばさっさと来て欲しいものだ。
「じゃ。切りま……」
「お前自身のことはさっぱりわからんが、しようとしていることは、実は、なんとなく分かっているんだ。
 お前がソースを飛ばした理由だ」
ダポンが言い終わる前に、ゾロリの言葉が被さる。それは、思いもよらない発言だった。瞠目して声を出せないうちに、躊躇いなくキツネは言葉を繋げた。

「ネリーちゃんのためだろ。
 彼女のために、悪役を、真っ最中ってことなんだろ」

見事に核心をつかれて、返答が思い浮かばない。身体が動かない。電話を切ることも出来ない。
 がりがりと後ろ頭をかく音が鼓膜に伝わった。
「だぁぁーもぉぉー。面倒から腹を割ってくれや。俺様、シリアスや策略っつうのは苦手なんだよ。
 お前の三文芝居じゃ騙されねえ―――とか、そういうんじゃなくてさ。
 俺様も、イシシやノシシやネリーちゃんの傍にいつもいるから、きっとお前の立場みたくなったら、同じような行動とると思うんだよ。
 だって、そういうもんだろ?
 あいつらに『ゾロリせんせは悪くない!』なんて言われたら地味に凹むし、あいらのためにだって良くねえ。それに俺様の所為で変に嫌な思いをさせたくない。まだ善悪の区別が自分で出来る年齢じゃねぇからさ。
 たんにそれだけから。
 深く考えるなよ。
 ……そう考えたんだ。違うか?」
「……その意見は、子供たちに対して残酷ですよ。
 じゃあ、彼らの所為で悪いことをしたというのですか?
 彼らが原因ですか。
 自分の行為に責任を持てないなんて。傍迷惑な」
吐き出した言葉が、刃物めいた鋭さをもってダポンの精神を傷つける。しかし血が流れるとはわかっていても、一度吐き出し始めてしまえば、言葉は止められない。
 そう、そのはた迷惑な行動原理でまさに動いている。ネリーちゃんに酷いことをしているのだ。自覚はある。自覚はあるけれども―――。
 ゾロリの笑う声が聞こえて、タヌキは思考の渦にのめりこむことなく引き戻された。
「広い目で思いっっっきり穿った見方をすればそうともいえるな。
 だが、己以外の全ての者にそれが分からなければ、卑劣でもなんでもない。あいつらの『所為』にして責任を押し付けるんじゃねえ、あいつらの『為』にただ為すだけだ。
 ―――と。俺様なら考える。だから、俺様もする」
沈黙は、最大の肯定になりうる。
 ダポンからの異議も中断もなかった。
 ゾロリは、一方的に語りかける。
「ま。きっと俺様の方がお前みたいな状態になったらさ、あいつらにメチャメチャ惚れているからすんごい悪者にならなきゃいけねえんだけど。大変だなぁ。あ、そうか、その前に指名手配されてたっけ。
 うん、それでまあ、一言、お前のシナリオにケチをつけに来たわけだ」
そこまで流れるように言い終えてから、返答を待った。
 存外あっさりと、それは戻ってきた。
「成る程。そうですね。確かにそういう愚考で俺は動いてます。まあそういうわけで、ソースを飛ばして悪者気分を味わってみました。
 で、ケチってなんですか?」
ダポンは、落ち着いた声で認めた。
 さっき絶叫したのが、嘘のようだ。
 自分の内心を見事に当てられて言い切られたら、常人ならば心穏やかでは居られない。反論や言い訳を並べ立てる。そうじゃない、と否定する。動揺しつつも声を張り上げ、それが認められなければ怒り出す。
 そう、狂ったように怒るのが普通で、さっきのダポンの行動は決しておかしくない。
 その怒りが一瞬で収めてしまったほうが不気味だ。
 そして、今、ゾロリの言葉をそのまま受容れてしまったことなど、不気味を通り越して恐怖だ。
 素直、なんて、ことじゃない。
 己に価値が一切見出せていない。死を簡単に選べる程―――いや、常に彼の選択肢の中で自分の死が含まれている程に。病んでいるが故に、他人の言葉に言い返すことが出来ない。
 ゾロリはきつく奥歯を噛み締めて、平静を失わないように気をつけた。熱い血潮を持つ彼が、ひたすらに昂ぶるそれを抑えた。
 ここからが、肝心なのだから。
「ああ、ケチだ。
 ラストシーンでお前が死ぬっつーのは、止めてくれないか?」
「えええっ?」
タヌキは意外とばかりに素っ頓狂な声を上げる。
 心底驚いているようだった。
「どうしてです? 『勇者は悪を倒して世界は平和になりました』で決まりじゃないですか。
 日本という小国に伝わる物語なんかでは、悪者のタヌキは、大火傷を負わされて、最後には溺れるところをウサギにボカスカ櫂で殴られて死にますよ」
勧善懲悪は基本じゃないですか。
 と、平然とつなげてくるこの精神が、ゾロリにとっては胸苦しい。この青年にとって、自分の命程どうでも良いものは存在しないのだろう。そんな子供が語る物語にあわせるためだけに、いとも容易く棄てられる。
 だがこの狂った精神に思考をあわせて、キツネは言った。
「なんで引き合いに出すのがんなマニアックな島国の話なんだよ。
 勧善懲悪が悪いんじゃなくてだな。
 死ぬ、ってことが、駄目なんだよ子供には」
「そうですか?」
「架空の人物や見たことも無い空想の生き物ならいいんだがな。ほら、ドラゴンとかは倒すっつーだろ? 
 悪い奴でも、話したことのある人が死んだら凄いショックを受けちまう」
「ああ、成る程」
ぽんと軽やかな音。手を打ってタヌキは納得する。
 ゾロリは胸元の服をきつく握り締めた。自分を必死で殺すために。こんな欺瞞にあっさり乗ってくるこの男が、憎くてしょうがない。死が嫌なんじゃなくて、お前が死ぬのが嫌なのに決まっているだろう。

 あの魔法使いの少女がお前のために叫んでいるのは、お前が好きだからだ。それ以外の、またはそれ以上の理由はない。言い包めることも変えさせることも出来ない、問答無用の理由だ。
 そんなこと、誰の目にも明らかだというのに。

「それだと……困るなぁ……」
逃亡犯は相手の感情など露も知らず、暢気にそんな声を上げている。
 ストーリー自体に欠点があるなんて思いもしなかった。今更最後だけなんとかしなくては。
 子供たちが安堵する、面白い物語を。
「一時中断にしとくか? 数年後にリターンとか上映っつうことで……俺様も指名手配犯だから一緒に旅してもいいぜ」
「いえ。それでは、ネリーちゃんが数年も嫌な思いをしてしまう。
 それならば、今すぐにでも間違った結末でもかまいません」
せっかちだなぁと軽く飛ばして。
「安心しろ。
 実は俺様考えているんだ。ネリーちゃんにも、イシシにもノシシにも大受け間違いなしの素敵な物語の終わり。それを伝授してやろうか?」
「へえっ。どんなのですか?」
ゾロリの劇がかった口調で紡ぎ出された言葉に、ダポンは興味深そうに聞き返す。
 やっとのこと掴んだ哀れで惨めな観客の心を高ぶらせるため、イタズラの王者は勿体つけた長い間を置いた。
 そして、相手の好奇心が最高潮に達した瞬間、口を開く。

「お前が、捕まるんだ。
 ―――だが、いいか、決して魔法使いに負けたから捕まるんじゃない。
 ネリーちゃんのおかげで、悪いことをしたと反省したと……悔い改める気になったと……そういって捕まるんだ」

その答えに、タヌキはぱちくりと目を瞬かせる。死亡。逮捕。と脳内で描かれた未来の映像を比較して、彼は思ったままを述べた。
「あまりパッとしない感じがしますけど」
そう言うと思っていたよ。
 ゾロリは口角を引き攣らせて、待ってましたとばかりに切り出した。最後の、究極の一撃。
「そうか?
 お前のストーリーじゃ、彼女はただの被害者で終ってただろう?
 だが、この結末さえ持ってくれば、主人公になれる。つまり、悪い奴をやっつけた英雄だ。
 どっちがネリーちゃんにとって楽しいことか、わかるよなぁ」
少女が全てのことの男ならば、この言葉に反論するはずが無い。彼女が楽しい方が良いに決まっている。
「それは考えてなかった。
 良い結末だ、うん」
晴れ晴れとした語調でダポンは返した。
 そう、これを聞いただけで、彼の決心はあっさりついてしまう。あれだけ決めていた死という結末を放棄して、嘲笑を浴びながら無様に生きる道をいとも簡単に選ぶ。そこに躊躇は無い。死にたくないという、ある種当然の、生物的本能が行動理由ではないからだ。
 その豹変が卑しく浅ましいものだと理解している。けれども、彼にとって自尊心などあの少女の笑みに比べれば些細なこと。
「では、ネリーちゃんの真摯な熱意に感動して反省したので。
 どうか来て頂けますか?」
「しゃあねえ、ちょっと待ってろよ」


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