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 ダポンはその顔を見て、嗚呼、と暢気に声を上げた。箒から降り立った皮のコートに身を包む男の顔には見覚えがあった。そしてロジャーの馬鹿皇子という言葉。テレビや雑誌で幾度も見かけたことのある、ガオン公国のシンシア女王の一人息子、ガオン皇子に間違いない。何故皇子レベルの人間がゾロリとそんなにも親交が深いのか不思議といえば不思議だが、さらに不思議なことに、彼は皇子にも関わらず一人で、しかも薄茶色の外套に不思議な帽子というまるで流離の旅人と言わんばかりの風体だった。
 ―――何か、わけありなんだろうなー。
 基本的に他人のことは気にしないスタンスのダポンは、全ての疑問をその一言で片付けた。ゾロリの手紙には冗談めかして書いてあったが、この男は幾度もゾロリに求婚をしているらしい。今時求婚って……なんだよそれ……と思わず地の声で突っ込んでしまったくらいだ。
 ただその文面から、彼に対する愛情―――などというものが存在すればの仮定の上での話であるが―――が言葉の端々から伝わっていて、ダポンも手紙を読んでいるうちに温かな気持ちに包まれた。あのゾロリの性格から察するに、ある程度は婚姻を受容れる気持ちはあるのだろう。……ただ今はまだ旅の途中なのだということで。
 ロジャーとガオンはやたら不機嫌そうに黙りこくっている。
「ガオン博士ですか?」
と、切り出したのはダポンだった。てくてくとその傍まで近寄って、顔をあげる。見れば少し顔色が悪い。
「そうだ。
 ―――で、ゾロリは?」
「まだ到着されてないのです。水晶で見たのですが、なんだか三人で楽しんでいるようなので迎えに行くのも悪くて。今夜までには着くかと」
「まさか、この男を迎えにやるつもりか?」
言いながら、チロリン、とロジャーに挑発的な視線を遣る。
 むかっと魔法使いの口がひきつった。
「おやおや、あの程度の飛行で疲れてしまいましたか? 全く、皇子様は虚弱体質には驚かされますよ」
ロジャーは魔法で箒をしまって、やれやれと肩を竦めて大きく息をつく。狼はその態度に黙っていられず、くわっと目を剥いて振り返った。
「なんだとっ!? あの空中回転の嵐が普通だとでも言うつもりかっ。他の魔法使いたちは誰もそんなことをしていなかったのを私は見たぞっ」
「ええ、まあ、魔法が下手な方々には出来ないでしょうね。
 でもそんな程度と比べられましても」
「ふん。
 つまり、お前の飛行方法が飛びぬけて変わっているという点は変わりないのだろう。
 ゾロリとイシシとノシシには危険すぎる。別の者を用意してくれ」
いったん火蓋が切って落とされると、二人は下らない嫌味の応酬を飽きずに延々と繰り返していた。
 家に招き入れるタイミングを失ったダポンは、そのやりとりを少し離れて観察する。どうやらこのような口喧嘩をずっとしてきたようだ。ロジャーさんを延々相手に出来るなんて、懐の広い人だと思う反面同じような馬鹿なのかもしれないと狸は冷徹に分析を加える。
 そよそよと良い風が吹いて、それに乗った蜻蛉がロジャーたちを避けて狸のほうへ寄ってきた。だが、それはダポンの元では休まずに上へ上へと上っていく。それを目で追っていけば果てのない穹蒼が広がっていた。嗚呼、と息を漏らす。
 と、天から舞い降りたような素晴らしい考えがダポンの中にピコリーンと音を立てて思い浮かんだ。
 顔の距離を十センチくらいにつきあわせてメンチ切っているエリートと皇子の間に、無防備にもテクテクと乗り込んだ。
「そうだ、さっき水晶見ていたんですけどね。
 なんかゾロリさん、女性を連れてくるみたいですよ」
「ゾロリがっ!?」
ガオン公国と魔法の国の国家予算に関わる重要な議題と両国の関係について熱く語っていた狼は、ゾロリ、という一言に思いっきりよく食いつく。
 ダポンの肩をぐっと掴んだ。
 むぐっ、とロジャーが後ろで悲鳴を上げているのなんか気にしない。
「まあ魔法の国でもあの人はずいぶん人気が出て、もててもてて大変だったんですよねー。ほら、案外可愛いところがあるじゃないですか。女性にも男性にも引っ張りだこで。
 漸く相手が決まって、良かったですね」
ダポンは心の底から嬉しそうに言ってやると、思ったとおり相手は信じ込んでくれた。軽いな、と心の中で舌を出す。
 ショックに打ちひしがれた皇子は、ふらりと危うげな足元で立ち上がる。そして、ロジャーの方へくるりと首を回した。潤んだ青い瞳が魔法使いを穿った。
「これはどういうことなんだっ、ロジャー君っ。
 私は魔法の国との条約にゾロリに特定の相手を作らないよう配慮しろと書いたはずだぞっ」
「……はぁ? その条約ならば一件が終わった時点で無効ですよ。
 それに、そもそも。女性が一人ついていたくらいでなんなんです。どうせ旅の道連れかまた変な厄介ごとに首をつっこんでいるだけですよ。あのゾロリにそう簡単に相手が見つかるとでも? はっ。馬鹿らしい」
「お前もゾロリの愛らしさに目をつけて手を出そうとした分際でっ!
 このケダモノがぁぁっ」
ばっと大きく手を振るその様、まるで舞台上の役者のようだ。
 わぁーとダポンは内心で拍手をする。この臭い演技が素で似合う人物は相当珍しい。このケダモノが、なんて台詞を現実に聞いたのは生まれて初めてだ。
 普通そんな風に詰め寄られたら引くが、同じく相当珍しい種類に入るロジャーは、受けて立った。わけもわからない言葉に彼の低い限界値があっさりと切れる。特にこのケダモノがという部分が許せない。
「なんで私があの下賎で生意気で無礼極まりない男に欲情しなければならないんですかっ。そこまで地に落ちた審美眼を持っているわけではありませんっ」
えー。
 狸は心の底で盛大な批難をあげる。が、今は面白いので黙っておく。
「欲情だとっ!? まさか、そこまで―――」
「おやおや。まさか手も出していないのにご自分の物と決め付けているのですか。……いいですねえ、お子様な恋愛は。ま、皇子様にはそのレベルがお似合いでしょう」
「そんなこと、あるわけないだろうがっ」
「ではやることを遣っていて、それでなおも逃げられるんですね。はっ、全くたいした皇子様だ。
 あっはっはっはっは。逃げる前に首輪でもなんでもつけておけばいいのですよ」
「首輪と監視くらいきちんとしているっ。だが、私はゾロリを信頼して……信頼しているから…………
 ―――嗚呼、ゾロリ。だから、だから言っていたのだ。
 お前の小さくて柔らかな金色の耳は嫌がって聞いてはくれなかったのかもしれないが。
 お前は野に咲くどんな花よりも愛らしく、天の星が嫉妬するくらいに美しい。ゆえに、神に攫われてしまうのではないか、とその言葉を何故聴いてくれなかった。どうしてこんな悪魔なような男に、無防備にその姿をさらしてしまったんだ―――」
ガオンはやたら良い声でそう嘆願すると、両手を上に挙げたまま、膝の力がぬけたのか芝生に座り込む。
 ロジャーは前髪をかき上げて、高らかに声を張り上げて哄笑している。多分勝利の笑いだ。
 なんだかわからないが今回は魔法使いが勝ったらしい。

 恥ずかしい、この人たち、素で恥ずかしい。

 ―――とダポンは思った。あまりの寒さで身が凍って動けない。
 その肩に、ひょいっと重みがかかった。
「……で、この状況はなんだ。ダポン?」
待っていたその声が耳元に落ちてくる。ダポンの肩に肘を置いて、手に顔を置きながら冷めた目でゾロリは二人を見ていた。
 ガオンが一瞬で凍って、ロジャーが照れ隠しに咳払いをする。一人動けるダポンは朗らかに答えた。
「お早いおつきでしたね。
 ああ、イシシさんとノシシさんは、あのケーキ気づいてくれましたか」
「凄い勢いで食ってるぜ」
ゾロリが首を少し回せば、ダポンが用意しておいてくれたのだろう、外のテーブルに大きなウエディングケーキがある。昔ダポンが化けて二人が食べようとしたのとそっくりの形だ。
「いやねぇ、ガオン皇子の派手な女性関係についてお話を伺っていたんですよ。
 なんでもこの前はニャランタ国の婚約者つきの双子のお姫様たちから愛されて、酒池肉林の騒ぎだったとか」
「なっ! そ、そんなこと、あ、あるわけないだろうっ。それに、お前さっきゾロリは夜に到着すると……」
「夜までには、と言いましたよ」
「あ、う、いや、そんな話は全然してないぞっ。本当だ、ゾロリっ」
ガオンが慌てふためきながら言い訳をつけようとするが、それが作り話の真実性を増す。ダポンはそれを見越してわざわざ男の目の前で話をふってみたのだ。
 キツネの目が半眼に細められた。
 ほーう、と低い声の呟き。
 誤解された、と青ざめるガオン。とにかく良い言い訳を考えるが、彼はゾロリの前では一・五倍緊張する上に、そもそもの語彙能力にポエマーな性質が入っているため偏りがある。言い分け用の言葉はストックにない。帽子から飛び出た手とあわせて三本の手が、ウロウロと不思議な動きをして変なダンスをしているようだった。
 ―――ぶっ、と噴出したのはゾロリだった。
「あっはっはっは。
 そういう嘘で揶揄ったんだな、ガオンを。
 ガオン、電話で言っていただろう? この狸は顔は可愛いけれど食えない奴だって。そう簡単に引っかかるなよ。どうせ俺様に恋人が出来たとかモテモテで大変だったとか、そういう嘘を言ったんだろう」
「ご名答。
 流石ゾロリさん」
「褒めても駄目だっつーの」
ゾロリは悪戯っぽい笑みを浮かべて顔をして、後ろからダポンの顔をぐいっと引っ張て引き伸ばす。ダポンは口では痛い痛いと言っているが、その顔は笑っている。

 ……嘘?

 ガオンとロジャーは気まずそうに顔をあわせた。
 二人とも、まんまと狸の悪戯に乗ってしまったことが恥ずかしかった。先ほどの態度は、大人気ないといえば大人気ない。ましてや、エリートと皇子というそれなりの職につく身分の者がする態度ではなかった。
 最後に思い切り引き伸ばしてから、同時に左右の指を離した。ぱちん、と良い音がする。痛いなぁとダポンは両頬を摩ってから、首を回してちょっとだけ不満そうに口を尖らせた。
「だって、まあ、ほら。
 どれだけ相手を信じているのか、ってちょっと試しただけですよぉ。ホンの悪戯心ですってば」
「ふぅん。そういう言い訳をするわけだ、お前は」
ゾロリはにたりと不穏な笑みを浮かべる。
 と、いきなり彼は声を張り上げた。

「なあロジャー、知ってるかぁ。
 ここに来るまでの道のりで聞いたんだけどよぉ、ダポンってずいぶんモテるんだなぁ。可愛い女の子たちにも、すっごくカッコイイ男たちも、口々にダポンが可愛いっつってたぜー。何人かは深い関係にあるとかないとかいってたっけなー」

 彼の尻尾がびくんと立あがって、そのまま硬直した。すぅ―――っと、ダポンの血の気が一気に引いた。
 今まで笑顔で作られていた表情が、完全に強張る。
 ゾロリを見上げている顔の口元が、わなわなと震えている。半目で笑うキツネの唇が大きく横へ引き攣った。
「どれだけ相手を信じているのかを試す、ホンの悪戯心なんだろう?」
それは、そう、自分がさっき言ったばかりの言葉。
 ダポンの目は、数々の恐怖が走馬灯のごとく駆け巡って、既に潤んでいる。
「そ、そ、そ、その復讐方法は、い、い、い、い、悪戯のレベルを超えていると思うんですけど……」
震える声で会話を繰り返す狸の耳に、何か冷たいものが触れる。ひぃ、と声をあげて首を戻すと、思いも寄らぬほど近い距離にロジャーの秀麗な顔があった。赤紫色の目が小刻みに震える狸を完全に篭絡する。
 ゾロリは立ち上がってダポンから離れると、ガオンに来るように手だけで合図をした。視界の奥では魔法使いに羽交い絞めにされて悲鳴と泣き声をあげる小狸が見えるが、助けるのはもうちょっと先だ。少し反省させてからだ。
 肩を落とした狼は近寄ってきて、数歩手前で止まった。顔をあわせ難いのか、帽子を目深に被ってしまっている。
「……すまん。
 その、お前が信じられないというわけではないのだが……」
「いーんだよ。
 ……その、俺様は、さ。少し嫉妬してくれた方が嬉しいし」
思いも寄らぬ言葉に、ガオンは顔を上げた。
 言い終わって恥ずかしくなってきたキツネは、照れ隠しに鼻の頭をちょいちょと引っかいている。顔は火を噴くくらいに真っ赤で熱い。恋人の真似をして自分の素直な思いを口にしてみたのだが、やっぱり柄に合わない。
 その愛らしい仕草を見た皇子は、理性の留め金が吹っ飛んだ。
 気がつけば勢いよく地面を蹴り、その細い身体をきつく抱きしめ、そのまま大地の芝生に傾れ込んでいた。厚く柔らかな草が衝撃を和らげて痛くはなかったが、こういう愛情表現はゾロリは人前でするのは好まない。特にイシシとノシシの前では。
 ゾロリは顔を真っ赤に染めながらじたばたともがくが、残念なことに力は何倍もガオンの方が強いのだ。息を荒くして見つめる男に、もうどれ程の正気が残っているだろうか。

「お、おい、離れろって」
「もう一度、言ってくれ。顔を見せて、言ってくれ」
「何も言ってない。言ってないのっ。
 ええい、手・を・は・な・せ〜」
「いーや、嫉妬してくれたら嬉しいといっていた。俺の耳と記憶に間違いはない。絶対言った」
「今日ー、耳、お休みぃぃぃ―――っ!」


 *****

 空に上った蜻蛉がふわりふわりと落ちてきた。ノシシはケーキを食べるのを止めて、その生き物に思わず目を奪われた。今まで食欲ばかりが先行していたが、そういえば尊敬する先生とダポンはどうしたのだろうか。
 ちょこっと後ろを向くと、なんだか四人は賑やかに取っ組み合いをしているようだ。
「あっ。ノシシ、このお人形お菓子だぁ」
「えっ!? イシシ、ずるいだ。オラも欲しいだぁ」
「ほら半分コ」
「わーい!
 半分コだぁ、半分コだぁー」
二人のイノシシの嬉しそうな声が唱和する。
 キツネと狼は結局キツネが負けたのとほぼ時を同じくして、魔法の国コンビは大人の会話的平和な解決をみせた。四人が子供たちの元へ来たときにはすっかりケーキはなくなっており、二人はお昼寝を始めていたのだった。









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