[ [ [ A bad boy and a bad girl 4 ] ] ]
柱時計が十時の鐘を鳴らしたとき、ロジャーとダポンは並んでソファに座っていた。だが、お互いの顔は見えない。真っ暗なのだ。ロジャーがオリジナルの魔法で作った暗幕。テレビの大画面だけは見えるが、その他は全て闇で隠し、映画館のような空間を作出していた。
二人の目の前のテレビでは、今、ちょうど、愛らしい女優が壮絶な顔で逃げ惑っている。女優の後ろには『何か』がいるのかもしれないが、それは映像的に見えない。それが恐怖心を煽らせる―――と監督は考えたのだろうが、失敗だった。女優は顔は良いが演技はお世辞でも良いとは言えない部類の大根未満だ。
昨年流行った映画が放映するとかで二人とも楽しみにしていたのだが、始まって一時間も経たぬうちに飽き飽きしていた。なのにまだ座っていたのは、ただの惰性である。次のCMになったら席を立つか、とダポンはぼんやりと思いながら画面の女優を目で追っていた。
まったく、髪の長い幽霊が来ようが、箪笥に死体があろうがあるまいが、支払いのあてのない請求書の方が何倍も怖いではないか。
じゃあなんでホラー映画なんか見ようとするのだとツッコまれそうなことを思い浮かべて欠伸を噛み殺す。女優が長髪を振り乱して変な踊りを踊っていた。元気があったら笑っただろうが、惰性の果ての疲労に全身が冒されていて、笑う力も起きない。
と、いきなり。
首筋に、何かが触れる感触があった。
うわぁ、まさかコレで怖がらせるつもりなのか、この人……。
ダポンは呆れた視線で暗闇の中で首を回す。
次の瞬間。
彼は女優以上の名演技で断末魔に近い悲鳴が上げていた。
眠りかけていたロジャーは直ぐに身を起こした。
二人だけだったはずの空間に、何故か三人目の気配がある。そして、愛しの君が発する悲鳴。決してこの映画が怖いからではない、絶対に。そんな繊細な神経は断じて無い(断言)。
指を鳴らして暗幕を消し去り電気をつける。
エリート魔法使いの目の前に、驚愕の光景が現れた。
「あ、先輩、夜分遅くに済みません」
茶色のくせっ毛に、長いまつげと愛らしい瞳。茶色の鼻が話すたびぴくぴくと揺れる。情報局で美人コンテストを開けば入賞確実と噂され、かつては恋人(三日間)でもあった―――
「み、ミリー君?」
ミリーが、そこにいた。
しかもダポンの首を両手で絞めて上に持ち上げている。足をバタつかせている狸は半分死にかけているではないか。
「人の家に来て、チャイムも鳴らさずにいきなりリビングに上がりこむとはなんだ。君はっ」
ロジャーが慌てて制止すると、あら、とミリーは素っ頓狂な声を上げて手を広げる。ぼすんとダポンはソファに落ちた。
「ゴメンなさい。
無意識で感情が抑えきれなくて」
突っ込みどころはそこではないし、返答のそれもどっか違うだろ、とダポンは肩で息をつきながら思う。死ぬかと思った。げほげほと咳き込んで涙を拭う。
怒りを込めて睨みつければ、不倶戴天の好敵手の憎たらしい顔がそこにある。下から見上げると陰影がきつくて異常に怖い。ダポンは怒りは湧かなかった。彼女が相手ならば首を絞められるくらい日常茶飯事だ。だって自分も首を絞めるくらいのことはやってのけている。
しかし、それと同時に、彼は気がついた。扉には目に入れても痛くない愛くるしい生徒が立っていることに。
「ネリーちゃん?」
ダポンが掠れた声で呟くと、はっと少女が顔をあげる。
「ほら、ネリー、入っておいで。
ダポン先生が今日の話は絶対作り話だって教えてくれるから。
皆が昏睡して校舎が火事なったなんて、嘘ですよねー。
私が眠っている友達を起こして華々しく救助したって話とは全然一切無関係ですよねぇぇぇぇぇぇー、ダポンさん」
ミリーは言いながらしゃがんで、後ろから同窓生をぎしりと抱きしめる。そして、その美しい顔をタヌキの頬にぐいぐいと近づけた。口調は丁寧だが、目にはナイフのような殺気が宿っているはタヌキにしか分からない。
しかし、彼は少しも動じない。その数行の言葉ですばやく状況を理解して舌打ちをした。
今日、ネリーたちの授業で時間が余ったのでついつい昔語りをした。生徒たちがドン引きしたのに気づいて、すぐに作り話だと付け加えたのだが。
―――やっぱ、信じてもらえなかったかぁ……。
ロジャーが横に居る場でこの話はまずい。たとえ大昔の悪行であったとしても怒り出すだろう。無駄にしつこい男だ。
ダポンはソファから立ちあがると、まだ部屋に入ってこない少女の下へと向かった。
ひざまずき、目線を合わせる。
「ネリーちゃん。
あれは、本当に作り話なんです。みんなを吃驚させるために言ってみただけです。良く出来た作り話ですからあんまり心配なさらないで下さい」
にこり、と笑って生徒を安心させようとする。子供相手限定に、彼は本当に心から優しいのだ。
ネリーは少し何かを言いかけて、ごくりと唾とともにそれを飲み込む。
感情と思考を整理してから、再び口を開いた。
「じゃあ、二階の端から燃えた跡があるのはなんでなんですか?」
「はっはっは。
そんなのあるわけないですよ。あの焦げ跡は、ええと、違う違うあれは焦げ跡じゃなくて、あ、あ、あ、あれは魔法実践訓練の失敗で色がついておちなくなったとかならなかったとか…………あ、いえいえ、学校の七不思議のひとつだった気がします。はい。
ですから」
「じゃあ、お姉ちゃんが他の子を助けたってのは、どんな話?」
ダポンの言葉をさえぎって質問を畳み掛けた。
予想外のそれは、カウンターパンチ並みにダポンの思考を混乱させる。
「ええと、それは、校舎が燃え……たのじゃなくて、皆が眠ってしまって、なんか、逃げなければならない緊急の事態が起きて……そうそう、これも確か学校の七不思議のハナミさんが襲ってきたとかきてないとかそんな感じのことが起きたんです。
えええ、まあ」
数時間前のミリーと全く同じような表情をして、しどろもどろで言い訳をしようとしている。その口調、その冷や汗、そのきょときょと動く視線。
やばい。こいつ、語るに落ちるタイプだ。
ミリーが青ざめた時には既に遅い。妹は思いっきり姉を睨みつけている。納得させるつもりで連れてきたのに、どうやら別の方向の確信を得てしまったようだ。
「馬鹿狸っ! なんだか変な誤解を妹にさせないでくれますかーっ」
「うっ、えっ、あう。
って、でも、だいたいあれはミリーさんがそもそも攻撃魔法が下手なくせに大きいのを撃つのが問題だったんじゃないですかっ」
「それを言うなら、あんたが眠らせたのが悪いんでしょっ」
「ミリーさんが人を花火の的にしたからっ。熱かったんですよっ」
「何よっ! トリップさせたのはあんたでしょうがっ!」
二人は言い合っているうちにヒートアップしてくる。昔の喧嘩仲間に会ったせいで、双方そもそもあまり高くない精神年齢が、より低くなってしまったのだ。……だが、周囲の状況を忘れてしまったのは最大の誤算だ。
「まさか、あの校舎炎上事件について何か知っているのか?」
不穏な空気を立ち上らせたエリートが、ぼそりと呟いた。
元悪ガキ二人は、同時に振り返る。
元生徒会長は教師陣と同じで、ずっと、あの事件の犯人はこの悪ガキどもではないかと疑っていた。……そう、今の今まで。はっきりと明確に確実な証言を得た。もう疑ってはいない。信じている。
魔法のオーラで、軽くたなびく黒い髪。胃の腑まで凍りそうな男の強い怒りが伝わってきて、慌てて彼らは姿勢を正した。こういう時、二人の結束力は固い。
「あ、あの、先輩? いや、まさかぁ、そんなこと」
「そ、そ、そそそそーですよっ! ねー、だってあれは事故ですからー」
"―― kakin gachin kochigachin ――"
呪文詠唱はとっくに終わっていた。
灼熱の炎が二人の目と鼻の先に迫る。ミリーは魔法障壁を立ち上げ、ダポンは魔法防火前掛けでネリーを庇う。
だが、流石元生徒会長。
炎が消えた瞬間になって、初めて、二人は気づいた。彼らの両足に、太い蛇のような生き物がまきついている。火は囮。足をばたつかせるが、勿論そんな程度でロジャーの魔力から逃れられるはずもない。この蛇そのものが彼の魔力の化体なのだ。恐怖心を煽るようにチロチロと舌を伸ばし、身体を這ってゆっくりと上ってきている。
「ロジャーさんっ」
「先輩っ」
彼らは同時に顔を上げた。
二人の視線とかち合う、赤紫色の瞳。
「…………真実を話すまで、逃さん」
怒りを露にする低い声。
同時に、蛇は巨大化するや否や悪餓鬼どもの全身にきつく巻きついた。
翌日、四人は揃って魔法小学校に出向き、校長先生と教頭先生とその他諸々の教師陣の前で二人は深々と土下座して謝罪させられたのである。
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