[ [ [ Good night. 4 ] ] ]
「何故、どうして、今夜も駄目なのだっ!?」
そして翌日の夜。
やっぱり彼らは寝室で揉めていた。
お揃いの水色玉模様のパジャマにダポンはロジャーの強制からナイトキャップをつけている。ロジャーは先に寝台の上に転がって、枕を足元に移動させて同居人がやって来るのを待っていた。
―――勿論、例の薬を用意して。
ダポンは読みかけの薬の本を持って、パジャマ姿で入ってきた。
「えー。
だから、昨日の薬の副作用が全然消えてませんから」
言いながらダポンが丸い腕の服の裾を捲くると、『副作用チュー』と筆字で書かれたような跡が現れた。紫色の毛は朝にはなくなっていたが、代わりにこの妖しげな字が出てきた、というらしい。
そんな副作用があってたまるか、という感情がありありと目に出るが、にこりと微笑んで狸はそれを流した。
「ね。わかり易いでしょう。目に見えるようなはっきりとした副作用が出た」
「……副作用が目に見えるわけないだろが」
枕を抱えて寂しそうにぼそりと呟く。大人気ない所作だが、可愛いなんて欠片も思わない。
「その言葉、そっくり先日言い返したかったですよ」
ははははは、と笑って横に寝そべる。本を開くと、枕を持って移動してきたロジャーが上から覗き込む。頭が痛くなりそうなくらいに細かい文字の羅列だが、まるで漫画か絵本を読むような速さでダポンは頁をめくっている。
「……何をしている」
「校正と監修。手間なんですけど、案外良いお金になるんですよねー。
一ヶ月は寝る前に時間が取れそうなので、仕事、請けちゃいました。……目に見えるようなはっきりとした副作用が消えるにはそのくらいかかるでしょう」
「一ヶ月!? 俺を殺す気かっ」
「死んで下さるなら、どうぞ」
ダポンは至極当然といったように淡々と返答した。
もうすでに彼の太くて丸い指は頁を捲り、丸い目は文字を追うの真剣で、どう足掻いても構ってもらえそうにはない。ロジャーはわなわなと唇を震えさせて睨みつけていたが、そう悟ると、忌々しそうに舌打ちした。最後の抵抗だとばかりに、荒々しい所作で寝台に横たわり、布団を被って丸くなってしまった。
消灯の呪文を唱えたのか、部屋の明かりが全て消える。だが、狸の手元の電灯はきちんと残しておいてくれた。
「……おやすみなさい」
ダポンが、極自然にぼそりと呟いた。
………………。
微妙な空白の後、電光石火の速さでがばっと魔法使いは起き上がる。半身を起こしたまま、本を読む同居人の横顔をまじまじと見つめた。つい数秒前まで怒りに支配されていたのに、その全てが吹っ飛んだ。何が起こったか信じられない、と物語る間の抜けた表情。そのまま時間が止まったように動かない。
痛いほどの視線を感じ取って、狸の頬が見る見るうちに赤くなっていく。暗い部屋だったが、ロジャーには何故だかその変わり行く様がはっきりと見えた。
言いたい気持ちは、わかる。今まで一度も挨拶なんてしなかったからだ。だがそんなに驚かれるとこちらとしても立場がないではないか。
意識が散乱して読めなくなったダポンは、ばたん、と本を閉じる。むっと眉間に皺を寄せて魔法使いを睨みつけた。
「もう、たかだか挨拶くらいで、そんな鳩が豆鉄砲くらったような顔しなくても……」
が、薬剤師の言葉は最後まで続かない。
その言葉は強制的に切られた。
彼の口に、魔法使いの唇が覆いかぶさっていたのである。目を白黒しているが、噛付くなんて無粋な真似はしない。……出来ない、という方が正確だが。予想もしなかった不意打ちの行動に、ダポンの身体は毛一本動かせない程にがっちりと硬直していた。柄にもなく。
時計の上では短く、人生の長い時間が経過した。
ようやく満足したロジャーが、顔を離す。
「……今夜はこれで勘弁してやる」
にやりと絵になるくらいにスマートな笑み。
今夜は魔法使いの勝ち。
MAIN
・ BACK
・ NEXT