[ [ [  裁判前  ] ] ]


 監獄で幽閉中。
 あまりに毒を盛られる食事が多くて、一切手をつけられない。エージェントにどうか自分で用意させてくれと土下座して頼み込みますがふざけるなと一笑。
 しかし本当に食べないので、嫌がらせだと切れたエージェントが「食べれるだろうがっ」と口につけて死にかけるという事件が起きる。それ以来、特例が認められます。
 てなわけで、ロジャーが毎回手作りのお弁当。
 ロジャーは食事の時間に弁当をおいて、その容器が出てくるまで、その間中廊下にこっそり待っています。ロジャーはまだ今回の件に気持ちの整理がつかなくて、出来る限り顔を合わさないようにしていたのですが、
「……時間があるなら、一緒に食べてくれませんか?」
と、ダポンから。
 気配を完全に消していたはずなのにと言葉を失う魔法使いに。

「人と食事するの、好きなんです。
 暇つぶしには好きなことをするくらいしかない」

軽く誘ってきます。
「……私でいいのか」
「誰でもいいんですよ」
あっさり暴言。しかしロジャーはそんなところよりも、自分にまだ許してもらえる余地があるのではないかという仄かな期待に一杯一杯で気づきません。
「だが、…恨んでいる相手だろ……何故そんなことを言う?」
「はぁ? 何故。
 別に、恨む筋合いなんかないでしょう」
「……馬鹿をいえ。
 追い詰めたのは私じゃないか。
 助けるのだって私だけしなかった。
 それに怪我をさせた。恨んでいるから、変身したんだろ。
 ……口だけは助けるといって、何もしなかった」
 訥々と告白する魔法使いの懺悔に、ダポンはその意味が全く理解できずに目を丸くします。
 箸を置いて、うーんと呻きながらその明晰な頭脳で情報解析。
 どうにも魔法使いの考えはわからない。
 ―――いや、このロジャーという男そのものがよくわからない。
「嫌いだから変身したんですよ、別に恨んでいるからじゃないし」
「同じことだろうが」
違うと思うな、とタヌキは心でぼやく。もっとわかり易いようにと言葉を選びに選んで―――

「ですから、心底嫌いなんですよ。
 もう、どうしようもないくらい。
 なので、貴方に嫌がらせをするのは好きなんです。
 ただそれだけですよ」

その一言に一縷の希望が踏みにじられてストレートに凹みつつ、しかし、何処かが切れる。
「……ほほーう。いい根性だ」
「ええ、昔から。
 だって、好きなことくらいをするしか、時間を潰す手が思いつかなかったので」
「今も嫌がらせしたいというつもりか?」
「勿論」
即答。
 堪えきれずロジャーは爆発した感情に任せて床を踏み鳴らす。
「大好きですから。
 仕掛け易い用に是非来て下さいよ。貴方じゃなければ楽しくない」
タヌキの方は完全に無自覚ですが、そろそろ、ロジャーはダポンにとって『自分だけが特別』であることに気づきます。
 それ以来、扉をはさんで一緒に食べる習慣。
 たまに昼飯はネリーさんも来て一緒に食べるのですが、そのときは二人揃って煩すぎて色々注意されます。

 *****

 「さーて、此処で最後だ。
 お前相手だけには怒ったり痛がったりするのには、どういう理由だ? ロジャー」
と深夜いきなり書斎にやってきたゾロリに問い詰められ、始めはお前に関係ないとロジャーはのたまう。
 しかしゾロリの追及の手はあまりに厳しくて、そして、本当はロジャー自身誰かに言いたくて、決心します。再会してからのことを掻い摘んで言う。
 キツネはエージェントの話を黙って聞き、そして、話が終ると唐突に呵呵大笑。
 何が楽しいとロジャーが言い返そうとして、驚く。ゾロリの目は、瞳孔は開き、今にも泣き出しそうなほど潤んでいるのです。
 笑いを止めると、真っ直ぐにロジャーを見据える。
「……冗談だろう?」
気圧されてぞくりと悪寒が走る。
 ―――が、なんとか、必死に首を横に振る魔法使い。
「なあ、冗談だよな?
 そうだよな? なあ、なあ、なあ。
 嘘だと言えよ。早く言えよ。嘘に決まってる。そうだ、よ、嘘だ。そんなこと、あっちゃならねえだろが。これ以上―――」
ロジャーが沈鬱な表情で沈黙していると、ゾロリの笑顔がみるみるうちに崩れます。
 彼の手から、ばさばさと落ちる資料。ダポンの生活全般を独自に調べあげたものです。彼は最後の資料を手に入れるために、ロジャーの元へ来たのです。
 枕営業的なことをしていて、桔梗会とかいう変な会に目を付けられて、かなり頻繁に怪我を負っていて、誘拐や傷害や強盗などの事件に巻き込まれて、魔法薬学会でも正当に評価されなくて、食事の殆どに毒を盛られていつも独りで食べていて―――等等、集まる情報は酷いものばかり。
 しかも、ダポンから離れたところに居る人々は優しくて真摯に心配しているのですが、彼の部下や顧客は少々人間的に終っている系ばかり。ゆえにゾロリも情報を得るために彼らを脅したり色々したのですが。
 そんな中で、ゾロリは、ロジャーはダポンを殺したくないと言い張ったり、情報局内部では多少守ったり色々していることを知ります。彼は、『ロジャーだけに特別に怯える理由』を勝手に『昔馴染みであり、心を許しているからだ』と推測していたのです。
 ところが、彼の口からも同じ様な話。
 どころかもっと酷い話。
 強い疲労感を覚えて、立ち尽くす。涙すら湧きません。
 突然、顔を上に上げて咆哮をあげる。
 込み上げる怒りに、自分自身どうすれば良いのかわからなくなります。
「―――どうして、わからないんだ。お前らは。
 痛いと、わからないんだ。
 偉い魔法使い様は痛みを消せる? 痛みを消してきたのか。本当に? 本当にそんなまやかしを信じていたのか? 馬鹿じゃねえのか。消せるのはお前らだけの分だ。いやお前らの分だって本当は消されてない。誰が代わってやったと思ってんだよ。
 どれだけ他人にばら撒いてきたと思ってんだよっっ!」
高ぶる感情のままに机に手をつくと、テーブルの一部が壊れる。
 ゾロリはそのまま俯いて、ぶるぶると唇を震わせて言葉を失ってしまう。
 ロジャーは、どうすべきか分からず、仕方なく、ゾロリが落とした床に散らばった資料を集める。
 ―――と。ナジョーの『ダポンの昔の頃の話』を筆記した資料。興味深いタイトルが目に付き、拾い上げてぺらぺらとめくる。
 引き攣る秀麗な顔。
 冷や水を飲まされたように、全身が芯から凍る。
「……俺だって、ずっと、会いたかったんですよ……」
「………………わかっているさ」

 *****

 ゾロリが来てから、ロジャーは活発的に動き出します。
 有利な判決が出るように被害の補償をきっちりしたり、他の団体を動かしたり、情報操作をして煽ったり。そして彼が動き出すと、それに応じて他のところからも様々な協力が集まる。
 魔法学校の先生達、国立魔法病院の医師や子供達は勿論のこと。魔法薬学会の方としても、ダポンという研究員を失ってしまうのは惜しいという意見が続々と寄せられます。今まで彼の研究成果を、賛助会員だからとあえて低く評価されているのを、面白く思っていない薬剤師は実は多いのです。
(そもそもダポン周囲の魔法使いは根本的に終ってますが、一般のあまり魔法の得意ではない魔法使いは、普通の人)
 判決内容もほぼロジャーの思いのまま。
 そして、裁判前夜。
 傍聴席からの発言を考え、それを推敲しているところにいたずらの王者がやって来ます。
「……これで、どうだろうな?
 なかなか様になっていると思うのだが」
ゾロリとしては、彼が、裁判という厳格な場にもかかわらず傍聴席から勝手に発言をするという行為を選んだことを訝ります。
 こんなものがなくても裁判の結果は決まっている。どころか、裁判そのものとは全くの無関係です。
「なんでンなこと?」
キツネの最もな問いに、ロジャーは穏やかに微笑む。

「こんな言い方をしない限り、あいつは聞きやしない」
 そして、俺の言葉以外は聞きやしない。

 彼の中でやっとのことで全ての迷いが消えるのです。
 彼が必死にダポンの為に動いていることを知っているゾロリは、苦笑して頑張れよと言って去っていきます。


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